14話 「向き合うこと」

「……シュヴァルツ、貴方ここで何してるの? 時間を決めてなかったとはいえ、早すぎないかしら?」


「いや、昨日琴宮嬢が言っていた麦畑のほうの家が気になって、いてもたってもいられなくなって……、どうやら当たりだったようだな。やっぱり召喚されたのはアイリ嬢の家だったか」


 アイリが思い切り開けた扉が顔面に直撃したのか、エクエスの顔は顔の中心のみが赤くなっており、見ただけでも非常に痛そうな状態になっている。だが、エクエスは特に何も言わずに話し続けているので、これは触れられたくないんだな、と察して何も言わないことにした。


 ところでエクエスは平然と愛莉と話しているが、実は今の状況的にエクエスから愛莉以外が見えていないからである。アイリは扉を開けてから固まってしまっていて、誠は部屋の奥にいるので、エクエスは今まだ愛莉が一人でこの家にいたと思い込んでいるのである。そのことに話していて気付いた愛莉は、少し考えた後、意地が悪そうに笑みを浮かべた。


「ところでシュヴァルツ。貴方今誰が開けた扉にぶつかったと思ってるの?」


「へ? 琴宮嬢じゃないのか?」


「家の中を見てみればわかるわ」


 言うと同時に愛莉が仕草で家の中に入るようにエクエスに促せば、エクエスは愛莉の行動に素直に従って半開きになっている扉を開けて中に入ろうとする。エクエスが扉を開けると、そこには未だ固まっているアイリの姿があるはずだった。


「……琴宮嬢、あの男性がどうしたんだ?」


「は?」


 エクエスの言う男性とは誠のことである。家の中を見ればわかると言われて開けたら知らない男性がダイニングテーブルに座っていたら、たとえエクエスじゃなくても困惑を表に出してしまうだろう。エクエスの戸惑いの声を受けて愛莉も家の中を見れば、視界に映っているのはダイニングテーブルに座って気まずそうにしている誠だけで、つい先程まで扉の前で不自然に固まっていたアイリの姿がどこにも無い。


「……なんでいないのよ!? 誠! あの子はどこに行ったの!」


「え!? ち、地下に駆けてった」


 愛莉の声に驚いた誠が言い終わるよりも前に愛莉は玄関から走りだし、そのまま地下に続く階段を勢いよく下って行く。実際に地下の内装を愛莉が見るのは初めてのはずなのだが、愛莉は内装に目も暮れず、地下の扉を勢いよく開けた。


「どうして逃げるの? 貴女、さっき自分から会いに行こうとしていたのでしょう?」


 地下の部屋に人が隠れられる場所は多くない。おそらくアイリは机の下に隠れているのだろうが、愛莉は特に部屋の中に入るでもなく、部屋の入り口に陣取って動こうとはしなかった。


 近付けばまた逃げられる可能性が上がると考えたのか、愛莉はその場でアイリに向かって問いかける。


「シュヴァルツに聞いて、真実を確かめに行こうとしたのでしょう? なのになんであっちから会いに来たら逃げるの?」


「だ、だって……。ま、まだ心の準備が、出来ていなくて」


 アイリの答えに、愛莉は思わずそれは深いため息を吐いた。理由は簡単だ。呆れからくるものだった。おそらく一人で会いに行こうとしていた先ほども、エクエスのいる場所の近くまで行って結局会わずに帰って来ただろう。結局アイリは怖がっているだけなのだ。そんな逃げ腰のアイリの態度が、愛莉にとっては気に食わないらしい。


「ずっとそうやって逃げるつもり?」


 図星をつかれたアイリは、愛莉の言葉に怒りを露わにして机の下から飛び出してきた。だが何も反論することなくただ黙って愛莉を睨みつけていた。


「なに? またさっきみたく私に喚き散らす? ……怖がって真実を聞くのを先延ばしにしているだけじゃない。それで貴女は満足?」


「私に、どうしろって言うんですか? 本当はエクエスは何もしていなかったかもしれない。けど、私の記憶の方が本当で、エクエスが嘘をついていたら? そうなったら、私はもう何を信じたらいいのかわからない」


 弱気なアイリの本音を聞いた愛莉は、我慢の限界とでも言うかのように、怒りの籠った足取りで地下の部屋に入っていく。アイリの側まで来た愛莉は、アイリの右肩を自身の左手で思い切り掴んだ。思わず掴んだ左手に力が入ったのか、アイリが痛みに顔を歪ませるが、そんなものはお構いなしに愛莉は口を開く。


「それは一度でも誰かを信じたことのある人の言葉よ。貴女は一度も信じたこともないくせに、ただ逃げて怯えてるだけ。貴女は自分のことしか信じてないもの」


「そ、そんなこと……」


「そうでしょ? さっきだって私の言葉を信じたからシュヴァルツに会いに行こうとしたんじゃない。私の言葉が本当かどうかわからなかったから、唯一信じられる自分の目で確かめるために、シュヴァルツに会いに行こうとしたのでしょう? しかも実際会いに行ったらシュヴァルツに会わずに帰ってくるかもしれないなんて、それは確かめてると言える?」


 言い過ぎとも取れる愛莉の言葉に顔を歪め、アイリはそのまま顔を俯かせて黙り込んだ。罵声とは言わずとも強い言葉を浴びせてしまった自覚があったのか、愛莉は強く掴んでしまっていたアイリの肩から手を離し、アイリから一歩下がって謝罪の言葉を口にした。


「……ごめんなさい、言い過ぎたわ。でも、貴女が誰のことも信じてないっていうのは、撤回する気はないわ」


「いえ、実際、本当のこと、ですから。私は自分のこと以外信じたくないんです。だっていつかは裏切られるから。私の両親は人に騙されて亡くなりました。それから急にエクエスの私への当たりも強くなって、私はもう何も信じられないんです」


 無理な笑みを作りながら言うアイリに、愛莉は眉間に皺を寄せていく。どうにも、アイリの言っていることは怪しすぎる。


 アイリの言っていることが嘘だと疑っているわけではない。アイリの話した内容が如何にも仕組まれたことのように思えてくるのだ。人に騙されて両親が亡くなってすぐに豹変したというエクエスのアイリへの当たり。これは今のエクエスを見ればおかしいと思わない者などいないだろう。でもアイリが嘘を言っているようにも見えない。


「信じられないなら、信じなくてもいいわ。だけど、真実をシュヴァルツに聞きに行く勇気は出して欲しいの。勿論、貴女からしたらシュヴァルツが嘘を言ってるように見えるかもしれないし、なにより信じられるものじゃないかもしれない。けど、あの人も貴女も、嘘をついているとはどうしても思えないの」


 アイリは真剣な表情で話す愛莉に何を思ったのか、少なくとも心は動かされたようで、愛莉の左手を掴んで俯いていた顔を上げて小さくではあるが力強い目をしながら頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る