8話 「捜し人の騎士」

 買い物ができることがわかったので一旦あの家に帰ろうかと愛莉が麦畑の方へ歩こうとすると、いきなり背後から右腕を掴まれた。


「アイリ嬢……? その髪の色は……!?」


 掴まれた衝撃と不意に聞こえてきた聞き馴染みの無い声に顔を顰めながら振り返ると、そこに如何にも高価そうな服を纏った長身の男性が立っていた。何故かその男性は愛莉の名前を知っていて、更には腕も掴まれたのだが、愛莉にはその男性に見覚えは欠片も無い。


「……確かに私は愛莉だけれど、いきなり女性の腕を掴むなんて失礼じゃないかしら」


 顔を顰めたまま更に男性を睨み付ければ、男性は慌てて愛莉の腕を掴んでいた手を離し、申し訳無さそうに頭を下げ、視線も一緒に落としている。


「も、申し訳無い、レディー。人違いを、していたようです」


 謝罪と共に二度目の頭を下げた際、男性の方で金属がぶつかるような音がしてその方向を見れば、男性の腰には剣が収まっていた。音はどうやらその剣の音らしく、男性が何か動く度にカチャカチャと音を立てている。それは真剣など見た事もない現代日本で生きてきた愛莉にとっては多少威圧的で、顔にこそ出さないものの恐怖の対象だった。


「人違い? そんなに似てたのかしら? 髪の色とかどうとか言っていたけど」


「いや、正直そこまで似てないような気もします。だけど、服装が似ていて……。彼女かと思ったのですが黒い髪をしていたので驚いて。彼女はブロンドに似たブラウンの髪をしているのです」


「……何故その人を探しているの?」


 その質問は、実に愛莉の気まぐれによるものだった。ただ不躾にも女性の腕をあれだけの力を入れてまで掴むとは、如何にも慌てている様子だったから、この男性にとってどんな存在なのかが気になったのだ。


「俺、いえ……。私が守りたいと願う人だからです」


「あら、素敵ね。……そうね、だったら私もその人を探すのをお手伝いするわ。騎士様?」


 男性の答えを聞いてからわざとらしくお辞儀をして右手を差し出せば、男性は一瞬何が起きたと言わんばかりにきょとんとした顔をした後に、思考が追いついて行ったのか、徐々にその顔を真っ赤に染めていった。愛莉はというと、その様子が楽しくて珍しくお腹を抱えて笑っていた。


「あっ、はははは……! お、おかしっ……」


「お、お嬢さん!? からかいましたね!?」


「騎士っぽく言えばどんな反応するかなと思って手を差し出してみたのだけど……っ、ど、どうだった? お姫様の気分」


「……穴があったら入りたい気分です」


 長身の騎士服を身に纏った男性が顔を手で覆いながら顔を真っ赤にしている姿を見て、愛莉は更に往来で爆笑したのだった。

 一通り笑った愛莉と騎士の男性は、一先ず落ち着くため、近くのカフェに入ることになった。どうやら建物の店全てが貴族が扱っている訳ではないらしく、ある一定の額を払えば平民でも自由に商売が出来るらしい。つまりはとても高いテナント料を払わなければ建物を使えないということらしい。愛莉はつくづく世の中金だなと思うのだった。


「そういえば名乗ってませんでしたね。俺はエクエス・シュヴァルツと言います」


「さっき聞いたかもしれないけど、私は琴宮愛莉。敬語でなくても構わないわ。貴方の方が年上でしょうし」


「ではお言葉に甘えて。ファーストネームが愛莉であってるだろうか?」


 エクエスの言葉にそういえばと愛莉は気付く。この街並みはまるで中世のヨーロッパを彷彿とさせる。となれば、住んでいる国民の名前も日本式ではない可能性が高い。そしてそれは見事に当たっていたようで、エクエスからしたら琴宮がファーストネームに聞こえていたのだろう。先ほどの愛莉かどうかのやり取りが無ければ名前を勘違いされていてもおかしくはなかったかもしれない。


「ええ。名前は愛莉と言うの。貴方が探しているその女性も、〝アイリ〟と言うのよね?」


「名前はアイリ・ソニード。三日前に姿を消したきり、一向に見つからないんだ。あぁ、俺のことはシュヴァルツとでも呼んでくれ」


「じゃあシュヴァルツ。アイリさんを探す前に一つ教えて欲しいのだけど、いいかしら」


「あぁ、どうぞ」


 どう見ても愛莉の方がエクエスの方が年上なのだが、愛莉は最初から敬語を使わずに話しているが、エクエスが愛莉の発言に顔を顰めたりすることは一度として無かった。それは愛莉を探し人と間違えてしまった罪悪感からくるのもあるようだが、一番は彼の器が大きいからだろう。

 エクエスは騎士の格好をしてはいるものの、立ち振る舞いや仕草、人との接し方など、全てにおいて上品なものであった。愛莉としては貴族かどうかが知りたかったので、無礼な態度を取られた時の反応を確かめておこうと思ったのだが、これではただただ愛莉が無礼だと言うことになってしまう。


「ここの国の名前と、この国がある大陸の名前を教えてほしいの」


 いくら無礼に思われようがエクエスがちっとも気にしていなさそうだったので、愛莉も特に気にすることもなくエクエスに質問を投げつけた。エクエスが貴族なのか問題よりも、愛莉にとってはこの場所が地球上なのかが知りたかった。その答えによっては愛莉に推測が正しかったことになるからだ。


「ここか? 大陸エルドラドの国クエントだ。で、ここは首都のべーテン」


「……ふぅん。エルドラド、〝黄金郷〟、ね」


 その言葉の意味を瞬時に理解した愛莉は、鼻で笑うのと同時にそんな大陸も国も地球上には無い事も理解していた。ということは完全に愛莉の推測が当たり、愛莉は今異世界にいると言うことになる。だが、新たに疑問が思い浮かぶ。

 違う世界の人間が違う世界に来てしまう場合、誰かに召喚される、というのがお決まりだ。それが人間か神かという違いはあるだろうが、なんの理由も無く違う世界に来てしまうことなんてあるはずもない。つまり愛莉がここに来たのには理由があって、更には神ではなく人間だった場合召喚した人間がいるはずなのだ。愛莉としてはエクエスの人探しよりも正直その元凶を探したいところなのだが、一度した約束を破るの些かプライドに反する。


「ありがとう。それじゃあ貴方の探している〝アイリ〟さんを探しましょうか。その〝アイリ〟さんの特徴は?」


「先ほども言ったとおり髪はブロンドに似たブラウン。近くで見ると茶色なんだが、遠目で見るとブロンドに見える不思議な髪を持っている。確か琴宮嬢と同じくらいの長さで二つにこう……、下げて結っていることが多かった、と思う」


「お下げにしてたのね。でも、思うって曖昧なのはどうしてなのかしら?」


 エクエスの曖昧な物言いにはっきりと疑問の声をあげた愛莉に、エクエスは若干ながら顔を顰めて、気まずそうに下を向いた。そして更に気まずそうに口をゆっくり開き、眉をは八の字にして悲しそうな表情をしながら話し出した。


「じ、実はここ数ヶ月本人を見ていないんだ。どうにも、避けられているようで……」


「……貴方それでよくも人探しだなんて言えたわね。数ヶ月も会ってないのだったら貴方が見てないだけで何処か近くにいるんじゃない? 家の中に篭ってるとか」


「いや、それは絶対に無い」


 呆れた口調でエクエスに言えば、エクエスはやけに自信ありげに主張してくる。つい一瞬前まで気まずそうに悲しそうな表情をしていたとは思えないほどだ。


「なぜ言い切れるのかしら?」


「彼女が出かける際は隠れて護衛するように部下に命じていたんだ」


「……続けて」


「だが三日前を境に買い物にすら出てこなかったらしい」


 頭を押さえながらエクエスの言葉の続きを聞けば、今度は愛莉が顔を顰めることになった。なぜなら今のこのエクエスの言い分では、エクエスの探している〝アイリ〟はどう考えても家の中にいるからだ。なのにエクエスは未だに自信ありげにしている。


「なぜそれで〝アイリ〟さんは家の中にいないと断言出来るのかしら? ちゃんと理由があって言っているのよね?」


「もちろんだ」


 エクエスはアイリの問いに小さく頷くと、ふざけている様子など微塵もないほど真剣な表情で愛莉を見た。


「俺は人よりも保有している魔力が少ないんだが、その代わりに魔力感知能力が優れていてね。半径一キロ以内の魔力を感知したり魔力で人を区別出来たりするんだ。それで部下から家から一向に出てこないという報告を受けてアイリ嬢の家に向かい、魔力感知を行ったら魔力を区別するなんて話じゃない。家の中には魔力の反応すら無かったんだ」


 エクエスが深刻そうに愛莉に報告をしているのだが、今の愛莉にはエクエスからそれよりも大きな情報を教えられていた。それに驚きを隠せず思わず上の空になってしまい、これではエクエスの話を聞いていられる状態では無い。


「ちょ、ちょっと待ってシュヴァルツ」


 未だにアイリの安否をひたすらに語りまくっているエクエスを止めるため、愛莉は一旦話を途切れさせようと名前を呼んだ。すると、エクエスはきょとんとした顔を見せ、何かおかしなことでもあったのかと言うかのように首を傾げている。その様子に思わず手が出そうになった愛莉だったが、ここは話が進まなくなるからと必死に抑える。


「やっぱりここには魔法が存在しているのね?」


「えっ?」


 エクエスは愛莉からの質問に心底訳が分からないというように言葉を返した。名前からしてこの国の人間では無い事には気付いていただろうから、もしかしたら異世界から来たってこともわかっているのかもと思って聞いてみたのだが、愛莉の予想はいとも簡単に裏切られたのだった。


「そうね、そういえば言ってなかったわね。忘れていたわ。私はね、この世界の人間じゃないのよ」


「………………異世界から来た、と?」


 愛莉の発言に再び顔を顰めるエクエス。その表情は今までよりも更に険しくなっていて、これまであんなに和やかに話していたのに別人のような形相で愛莉を見つめていた。それは言い方を変えれば睨んでいる、と言えるのだが。


「私もまだ半信半疑なのだけどね。だけど名前で気付かないものなのかしら」


「……東部の人間がそのような名前をしていると耳にしたことがあったから、俺は貴女がそこの出身だと思っていた」


「それに私は大陸や国の名前なんかも聞いていたから、てっきり貴方が察してくれているとばかり」


 自身の中で情報を纏めて自己完結してしまっていた愛莉にももちろん非があるのでエクエスを強く責められる立場ではないが、話の流れでエクエスが愛莉に申し訳無さそうにしている間にこのまま話を愛莉を召喚した犯人探しに持って行きたいところである。


「す、すまない……。俺は魔法を使わないからあまり魔法について詳しくないんだ。大陸や国を知らないのも、旅人か何かかとばかり……」


 愛莉はこのままなし崩しに〝アイリ〟探しから、愛莉を召喚した犯人探しにシフトしてエクエスにも探すのを手伝ってもらおうと思っていた。だが、あまりにも一生懸命謝るエクエスの姿に愛莉もそこまではする気にならず、〝アイリ〟探しが終わったら協力して貰おうと思い、小さくため息をついたのだった。

 愛莉がこれからどうするか考えている間も、エクエスはずっと申し訳無さそうにして謝っていて、愛莉はその姿に呆れを通り越して笑みがこぼれた。


「もういいわ。ちゃんとはっきり言わなかった私が悪いのだし、貴方は実際あまり悪くないのよ?」


 あまり、というより何も言わなかったのは愛莉で、且つ勝手に察してくれてるだろうと勘違いしたのも愛莉なので、エクエスは全面的に悪いことなど何も無い。だがそんな勘違いをさせたことを謝罪すると引かないエクエスに、愛莉は一つの提案を持ちかけた。


「そうね、じゃあここの代金を払っていただける? それでもうこの話はお互いに何も言わない。これでどうかしら」


「お安いご用だ」


 愛莉としては罪悪感からこれでもどうなのかと思わないこともないが、この程度でエクエスの気が晴れるなら素直に奢られておこうと思うのだった。

 食事と会話を済ませた二人は、一先ず店の外に出ることになったのだが、当てもなく探すのでは効率も悪ければ見つかるかすら疑わしいところだ。実際三日間エクエスが仕事の合間を縫って探しても見つからなかったというくらいなので、聞き込み程度では見つかる保証もない。


「ねえシュヴァルツ。〝アイリ〟の家の中は調べたの?」


「いや、魔力反応を見ただけで実際には調べていないんだ」


「じゃあ〝アイリ〟の家を実際に中に入って調べてみない? もしかしたら貴方のその魔力感知能力を遮る何かがあって、魔力を感じられなかっただけかもしれないわ」


 おそらくエクエスは今まで自身の持つ魔力感知能力の力を使って人を捜索していたのだろう。もちろんそれは便利な能力で、人探しにもってこいのものだが、あるかどうかは置いておいて魔力反応を消してしまう道具があるとしたら、エクエスの能力はまるで意味を成さない。ここまで言ってしまえばエクエスは間違いなく落ち込むだろうから愛莉も言うつもりはないが。


「……なるほど、それは盲点だった。そういえば帝国の方でそのような魔道具が開発されていると耳に挟んだことがある。ありがとう、琴宮嬢。それではアイリ嬢の家に向かおう」


「ええ。……シュヴァルツ、貴方何か鳴っているみたいだけれど?」


 これは〝アイリ〟探しが進展するかもという期待を胸に〝アイリ〟の家に向かおうとした瞬間、シュヴァルツの懐から電子音に似ただけど少し違うような音が鳴り響いた。


「すまない。通信が入ってしまった」


 一言愛莉に謝罪すると、エクエスは懐から取り出した機械のようなもののボタンを押した。すると機械から青白い光が仄かに溢れ出し始めた。エクエスはそれを確認するまもなく自身の耳に当ててなにやら話し始めた。


(なるほど。こっちの世界の携帯電話のようなもの、かしら)


 見た目はむしろ防犯ブザーのようにボタンが一つあるだけだが、エクエスの使用方法を見る限り携帯電話と言っていいだろう。ただ愛莉の知っている携帯電話と違う所があるとすれば、話している内容が一切聞こえないことだった。聞こえない、というよりは声にノイズが掛かっているように聞こえるため、話している内容が聞き取れないと言った方がいいかもしれない。


「琴宮嬢、申し訳無い。仕事が入ってしまって今から王宮まで行かなくてはならないんだ。流石に俺の知人とはいえ王宮に入れる訳にはいかなくて」


「仕事なら仕方ないわ。明日の朝、〝アイリ〟の家に一緒に行きましょう。大丈夫、きっと見つかるわ」


「すまない……。あ、今日の宿はもう決まっているのか?」


「あぁ、それなら大丈夫。あっちの麦畑の方の家に召喚されたのだけど、家の人がいないみたいだったから数日なら勝手に住まわせて貰おうと思ってるの」


「…………え?」


「それじゃあシュヴァルツ。また明日会いましょう。お仕事頑張って」


 愛莉が麦畑の方に歩いて行く際、エクエスが何か聞きたそうな表情をして愛莉に手を出して引き留めるような仕草をしていたが、そんなことに気付くことのなかった愛莉はそのまま麦畑の方に歩いて行ってしまったのだった。

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