第一話 空より、弾丸《バレット》を抱いて




 * * *



「……マジで来るのかよ、あの鉄の姉ちゃん」


 昼下がりのギルドは、今日も活気にあふれていた。

 ラグネス自由都市――冒険者と商人と自由が交差するこの街のギルドは、名声を 求めて戦場に向かう者たちで溢れかえっている。


 その片隅。

 ひときわ無口で、ひときわ異質な存在がいた。


 密閉型のバシネット兜に、風をはらむフード付きのマント。

 金属製の胸甲に左右非対称の肩当て、前腕には細かな傷の刻まれた籠手。

 脚を覆う鎧と、腰には魔力を宿したレイピア風の剣。

 すべてが実戦仕様でありながら、どこか浮世離れした気配を漂わせている。


 ギルドの常連たちは、その人物をこう呼んでいた――

 “鎧の女”。


「まあ、人数合わせにはちょうどいいだろ。口は利かねぇけど、動きは悪くなさそうだしな」


 そう呟いたのは、剣を腰に下げた青年、ジード。

 二十代後半、鋭い眼光と無精ひげが印象的な男。冒険者としての経験も浅くはないが、どこか軽口が目立つ。パーティーのリーダーを務めており、戦況を読む勘には定評がある。


「けどさ、マジで何者なの……? 兜も脱がねぇし、一言も喋らないし」


 腕組みをして顔をしかめるのは、双短剣を腰に吊るした少女、リナ。

 十代後半、赤毛のポニーテールに快活な瞳が映える少女。勝ち気で、口より先に手が出るタイプ。こうした“無反応”な相手は特に苦手らしい。


「でも強いんだろ? 昨日のランク戦で盾持ち三人をまとめて薙いだって話、あったよな」


 巨体に似合わぬ穏やかな声で言うのは、斧を背に担ぐ男、ドラン。

 三十代前半、広い肩幅と厚い胸板をもつ巨体の男。斧を担ぐ背には無骨な傷跡があり、仲間内では一番落ち着いた空気を持っている。


「うん。……見た目はちょっと怖いけど、ちゃんと話しかけたら、返してくれそうな気もするけどな」


 笑みを浮かべてそう言うのは、杖を抱えた魔術師の少女、フェリナ。

 二十代前半の気遣い上手で、お節介と親しみのちょうど真ん中あたりにいる。

 明るい栗色の髪をゆるくまとめ、一つ結びの根元にはいつも小さな髪飾りを挿していた


 そんな彼らの背後を、静かに歩く鎧の女。

 その足取りには一分の隙もなく、足音ひとつ乱れることなく、彼らと同じ依頼の紙を持っていた。


「ま、とりあえず行こうぜ。魔獣討伐なんていつも通りだ」


 ジードの合図とともに、一行はギルドを後にする。

 その影の中に、“言葉を持たぬ鉄の剣士”が、黙って紛れ込んでいた。



 * * *



 道中、季節外れの風が木立を揺らす。

 街道をそれて山林の獣道を歩く一行の足取りは重くもなく、かといって気が抜けているわけでもなかった。


「なーんか、静かすぎない?」


 リナが短剣の柄を指先で弾きながら、前を歩くジードに声をかけた。


「獣の鳴き声もないし、虫すらいない。……こういう時って、だいたいロクなことにならないのよねぇ」


「やめろよ、フラグ立てるなっての」


 ドランが苦笑しながら言い、後ろから続くフェリナがうんうんと頷いた。


「でも、なんか変だよね。この道、森の中でもけっこう栄えてるはずなんだけど」


「……」


 最後尾を歩く“鎧の女”は、ただ無言で視線を前方に向けていた。

 その足取りは乱れず、しかしどこか別のことを考えているようにも見える。


 やがて、木々の切れ間から小さな村が見えてくる。

 崩れかけた柵と、苔むした屋根の並ぶ農村。

 依頼の目的地、“ハルネ村”だった。


 ギルドで受けた内容はこうだ。

「周辺に出没する魔獣の駆除、および発生源の調査」。

 報酬はそこそこ。だが内容は曖昧。情報も不足していた。


 村の中心にある井戸の近くで、年老いた村人に声をかけると、すぐに話を聞かせてくれた。


「魔獣じゃよ、森の奥から夜になると這い出てきてな。光に寄って、家畜を襲うんじゃ。人も、何人か……」


 リナが表情を曇らせたその時だった。


「……黒い鱗か」


 その声に、全員が振り向いた。


 喋ったのは、“鎧の女”だった。


「黒い鱗、蝙蝠のような翼。筋肉質で、三メートルを超える巨体。……そんな魔獣を見たことは?」


 声は低く、くぐもっている。兜の奥から響くように聞こえた。

 それが、彼女――“鎧の女”が発した、初めての言葉だった。


 老人は眉をしかめ、しばし思案するように首を傾げる。


「ドラゴンのことか? いや、うちの村でそんなもん見たら、とっくに逃げとるわい。……見とらんよ、そんなんは」


「……そうか」


 それだけ言うと、鎧の女は再び黙り、剣の柄に触れる右手だけがわずかに動いた。


 その横顔を、ジードが怪訝そうに見つめていた。


「……おい、まさかお前、別の目的で来たんじゃねぇだろうな」


 だが返答はなかった。

 静かに立ち尽くす彼女の姿に、誰もそれ以上は言葉を返せなかった。



 * * *



 村人たちの証言をもとに、一行は村の北東――獣道の先にある、岩肌が露出した崖下の空き地へと向かった。


「ここが魔獣が現れるって場所か。見た目はただの獣道だな……」


 ジードが周囲を見回しながら言うと、リナが草むらを蹴る。


「どこかに隠れてたりして……あっ、あれ!」


 木々の隙間に、一瞬黒い影が走る。

 すぐに複数の足音が周囲を取り囲み始めた。


「来たか!」


 ドランが大斧を構え、フェリナがフェリナが杖を走らせ魔法陣を展開する。


 影が森から現れた――

 それは黒毛の獣に似た魔物だった。

 二足歩行で背は低いが、鋭い爪と牙、そして明らかに“自然の獣”とは異なる濁った瞳を持っていた。


「数、七体……いや、まだ増える!」


 リナの声と同時に、さらに木々の奥から二体、三体と増援が現れ、包囲の輪を形成していく。


「連携して潰すぞ! リナ、右から回り込め! フェリナ、援護頼む! ドラン、前衛を任せる!」


 ジードの指示に素早く応える仲間たち。


 そして、“鎧の女”はただ、剣を引き抜いた。

 魔力を帯びた細剣が、月明かりにわずかに輝く。


 彼女の動きはしなやかで鋭かった。

 言葉を交わさずとも、攻撃の間合いを見極め、魔獣の横合いをすり抜け、急所を穿つ。


 連携のとれた攻撃で、次々に魔獣が地に伏していく。


 だが――


「吠えた……!?」


 その場にいた全員が、直感的に察した。

 一体の魔獣が天に向かって咆哮を上げると、森の奥からさらなる足音と咆哮が響き始める。


「増援か!? くそ、まずいぞ!」


「前に出る! 一体ずつ潰せ!」


 ドランが斧を振り上げ、前衛に躍り出たその瞬間だった。


 ――空から雷のような轟音が落ちた。


「な、に……?」


 雲ひとつない空に、音もなく光が走る。

 そして次の瞬間、虹色の閃光が天を裂いて地に突き刺さった。


 閃光は木々を照らし、地面を揺らし、すべてを沈黙させる。


 魔獣たちは一斉に動きを止め、辺りを見回し始める。

 仲間たちと連携していたはずの群れが、次々とその場を離れ、森の奥へと散っていく。


「……なんだ、今の光」


「な、なんか降ってきた……?」


 フェリナが空を指さす。

 光の中心から、何かの影が見えた。

 それぞれ武器を構える。


 やがて光が収まると、そこには――

 見知らぬ服を着た一人の青年が立っていた。


――黒江誠志郎くろえせいしろう


剣も鎧も持たず、作務衣とシャツの裾の間に見慣れない金属の塊――銃を携えたその男は、静かに笑った。


「おいおい……なんだここ。ゲームのログイン画面かよ?」

その言葉とともに、物語は始まる。

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