チートも魔法もいらない。拳と銃で全部ぶっ放す! 追放クズの異世界反逆録

あらた かなた

第一章 願いの代償

序章 世界に最も嫌われた男




 深夜の国道沿い。

 人気のない歩道に、コンビニの白い光がぼんやり浮かんでいる。


 その灯りの中、ひとりの男が歩いていた。

 右手にコンビニのレジ袋をぶら下げ、その袋の中では、煙草のカートンが数箱、ガサガサと揺れていた。


 身に纏っているのは、くたびれた灰色の作務衣。

 胸元のはだけた隙間からは、古傷や火傷痕、そして背中へと続く未完成の鬼の刺青がちらりと覗いている。

 裸足に草履風のサンダル。無精髭が口元に影を落とし、左耳にはピアスが二つ。

 髪は肩まで伸びた黒髪で、後頭部に無造作な団子状に束ねている。

 そして――その鋭い濃茶の眼光は、まるでこの世すべてを敵と見なしているかのように、夜を切り裂いていた。


「……チッ」


 作務衣の内ポケットに手を突っ込み、ソフトパックの煙草を取り出そうとした黒江誠志郎くろえせいしろうは、奥で引っかかって出てこないそれに苛立ちを募らせていた。


 煙草が出ない。

 それだけのことが、彼の中で“殺意”の火種になる。


 その時だった。

 耳に刺さるような爆音が遠くから迫ってきた。


 複数のバイク。チームか族か――乱暴に吹かすエンジン音と、甲高い笑い声。

 黒江誠志郎は足を止め、眉間に深くシワを寄せた。


「……うるせー!」


 そう吐き捨てたその一言が、何かの引き金だった。


 バイクの列から二台が方向を変え、黒江誠志郎の前後を挟むように停まる。

 乗っていた若い男たちが降り立ち、彼に詰め寄る。


「おいコラ、今なんか言ったかァ?」


 言葉を言い終えるよりも速く――黒江誠志郎の額が、前の男のヘルメットを撃ち砕いた。


 ガギィッ――!!


 金属の軋む音と共に、メットごと顔面が凹み、男はそのまま仰向けに地面へ崩れ落ちる。

 ヘルメットの割れ目から、血がじわりと滲み出る。


 残りの三人が一歩後ずさる。手にした刃物がかすかに光った。


「て、テメッ……!」


 その瞬間――背後から別のバイクが滑り込む。

 乗っていた男が叫びながら地面に飛び降りた。


「ま、待ってくれえぇぇ!!」


 特攻服にいかついガタイ、明らかに集団の総長格だ。

 彼は黒江誠志郎の前に膝をつき、地面に額を打ちつけるように土下座した。


「ごめんッ!せいちゃん!こいつら、うちに入ったばっかで何も知らなかったんだ!!」


 その言葉を聞いた三人の若者の顔が、青ざめる。


「え、せいちゃんって……黒江誠志郎……くん……?」

「ヤクザ事務所爆破したとか……噂の、あの……」


 総長が振り返り、激怒する。


「てめぇらも、頭下げろ!!」


 三人は慌てて地面に手を突き、額をコンクリートに押しつけた。


 彼はしばし沈黙のまま、その土下座を見下ろしていた。

 そして、静かに歩み寄り、総長の側頭部に足を添える。


「……顔、上げろ」


 言われるがまま顔を上げた瞬間、総長の鼻にクロの蹴りが突き刺さった。

 髪を掴み、目線を合わせる。


「てめぇの教育がぬるいだけだろ。いいわけすんな、三下が」


 髪を放り、歩き出す。


「す、すいません……」


「タバコ持ってるやつ、出せ」


 一人が慌ててメンソールのパッケージを差し出す。

 クロはそれを一瞥して、舌打ち。


「メンソールとかクソガキかよ」


 ぽいと捨てると、もう一人が慌てて別の銘柄を差し出す。


「す、すみません!レギュラーです!」


「おう、じゃこれと交換な」


 先ほどのクシャクシャ煙草を投げ渡し、クロは袋を揺らして歩き出す。

 遠くで、あちこちから声が聞こえてくる。


「総長、大丈夫っすか……」

「誠志郎くんからタバコ交換してもらっちゃった……あれ一本しか入ってない……」

「この伸びてる奴、どうすんすか……」


 黒江誠志郎はそれらを無視して、口に一本咥え、フリントオイルライターを取り出す。

 草履のかかとを引きずりながら国道沿いを歩いていると、ポケットのスマホが震えた。


 着信。

 表示された名前に、黒江誠志郎はわずかに眉を動かす。


 指で応答をスライドすると、スピーカー越しに甘えた女の声が響いた。


「せいちゃ〜ん♡」


 黒江誠志郎は眉間を押さえる。


「……うるせーな、なんだよ」


「ねぇねぇ、帰りにアイスと、あたしのタバコも買ってきてぇ〜。レギュラーじゃなくてメンソね♡」


「……てめぇで買ってこい」


 彼の声には呆れが混じっている。

 だが、相手はまったく気にしていない。


「え〜? そんなこと言っていいんだ? 泊まらせてあげないよ〜?」


「……」


「んふふっ♡ せいちゃん、やさし〜♪ 帰ってきたら……いいこと、してあげよっか?」


 黒江誠志郎は無言で通話を切った。

 ため息をつきながら、歩いてきたコンビニの方向へと振り返る。


 ――その瞬間だった。


 重く鈍いエンジン音。

 強烈なヘッドライトの光が、彼を真っ正面から照らし出した。


「……ッ!?」


 反射的に身をひねるが――間に合わない。


 土砂を満載したダンプカーが歩道に突っ込み、黒江誠志郎の身体を撥ね飛ばした。

 背中から地面に叩きつけられ、スマホとレジ袋の中身が弾けるように散らばる。


 軋むブレーキ音。

 砂煙の中から、フラつくようにしてダンプの運転席から降りてきた男がいた。


 ペンキまみれの作業服、焦点の合っていない濁った目。

 狂気に染まった笑い声を上げながら、地面に倒れたクロへと近づく。


「はっは!マジで吹っ飛んだじゃねぇか!ざまぁーみやがれ、クソ勘違い野郎がよぉ!!」


 男は血のついた歯を見せて嗤う。

 その額に――カチリ、と冷たい金属の感触が触れた。


 黒江誠志郎が、立ち上がっていた。

 顔面から血を流しながら、手には銀のリボルバーを握り、男の眉間に銃口を押し当てていた。


「……あぁ、おかげで肩の凝りが取れたぜ」


「ひッ!? ひぃ、ヒヒッ……ヤクザからチャカをパクったって噂……マジだったんだなぁ!? て、てめぇ、なんで無事なんだよ!? 普通、血ゲボ吐いて死んでるだろぉが!!」


「てめぇの普通で、俺を測るなってんだよ」


 黒江誠志郎は銃を引き、グリップで男の鼻を打ち砕く。

 地面に転がった男の膝を踏みつけ、バキリと乾いた音を響かせた。


「立てねぇようにしてやるだけだ。……死にたきゃ勝手にくたばれ」


 そう言ってダンプに乗り込む。

 車内には、散乱した袋と異様なシンナー臭が漂っていた。


 男が背後で泣き叫ぶ。


「な、なぁ、マジでやめてくれよ!もう、こんなこと二度としないから!仲間にも話すから!誠志郎くんには絶対逆らうなって……!」


「安心しろ。これで一生、口も足も使えねぇ体にしてやる。あいさつぐらいはできるようにしてやっから」


 彼は再び煙草を口にくわえ、ライターに手を伸ばす。


 だが――


 ボンッ!!!!!!!!


 次の瞬間、爆発音がすべてを呑み込んだ。

 ダンプの運転席が赤い火花とともに吹き飛び、轟音と熱風が国道を震わせた。


 ――そこには、もう黒江誠志郎の姿はなかった。


 吹き飛ばされた鉄片が運転席の外れた破片に当たり、先ほどのシンナー男は、あっさりと気絶した。


 ただ、焼け焦げた煙草の箱とスマホだけが残った。


 意識が戻った瞬間、黒江誠志郎は自分がどこにいるのか理解できなかった。


 そこは、音のない宇宙のような空間だった。

 空も地もなく、足元はどこまでも闇で、上も横も、全てが奇妙な静寂に包まれていた。

 重力も空気もないのに、彼の身体はどこか地に足がついているようだった。


「……ここは……?」


 あたりを見回すと、ゆらり、と何かが現れた。


 それは、ボロボロの黒布を全身に巻いた、人とも獣ともつかない異形。

 ミイラのように干からびた手足、空洞のような目元、そして死神のような佇まい。


「――黒江誠志郎。君には、ある世界に行ってもらおう」


 不気味な低音が、頭の中に直接響いた。

 まるで鼓膜を使わない、脳の芯に刺さるような“声”だった。


 黒江誠志郎は即座に腰を引き、内ポケットに手を突っ込む。


 ――ある。ちゃんと、ある。


 作務衣のズボンとインナーの間に差し込んでいた銀のリボルバーを、彼は抜き放った。


「気味の悪ィ格好しやがって……誰だよ、てめぇ」


 銃口をまっすぐ、ミイラのようなそれの額に突きつける。


 ――ガアァンッ!


 乾いた発砲音と共に、銃口から弾が飛ぶ……はずだった。


 が。


 空中を飛んだのは、小指ほどのサイズの……スポンジ弾。


「……は?」


 その“弾”が相手の額にポスンと当たり、虚しく地面に落ちた。


「……てめぇ、舐めてんのか」


 怒気を孕んだクロが再びリボルバーを構えようとした瞬間、

 ミイラのような存在は右手を軽く振った。


 その“払う”というしぐさだけで――


 空間が割れた。


 地のない闇が、引き裂かれ、吸い込まれるように回転し、世界が黒江誠志郎を中心に“ねじれ”た。


「……ッ、なに……」


 彼の姿が、風もないはずの空間に吹き飛ばされるように引きずられ――


 その存在はただ、静かに呟いた。


「――救ってもらおう。その世界のために……我々のために……」



 * * *



 草の匂いと、遠くの風の音。

 湿った土の冷たさが背中に伝わる。


 ――黒江誠志郎は、目を覚ました。


「……あ?」


 あたりには木々が立ち並び、空は深い森の影に包まれている。

 夜明け前の、仄暗い青が地表に落ちていた。


 だが、目の前にあったのは――それどころではない光景だった。


 剣を構えた男。

 斧を担いだ巨体の大男。

 短剣を両手に構えた少女。

 杖を構えるもう一人の少女。

 そして、全身をフルプレートで覆った“何者か”――その細身のレイピアが、わずかに震えていた。


 五人の冒険者風の男女が、明らかに敵意を剥き出しにしていた。


「……誰?」


 黒髪団子の黒江誠志郎は、口の端を上げた。


「おいおい……なんだここ。ゲームのログイン画面かよ?」


 誰も答えない。

 ただ、剣が、斧が、魔法が――彼に向かって今にも襲いかかろうとしていた。

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