グリマ店長とアイシャ先生
街の中心から少し外れた比較的静かな通りの一角に、白い塗装をされたログハウスのお店が建っていた。そのベルのついた扉をサーロは両手が塞がっていたので、ティアラに開けてもらった。中に一歩入ると甘く美味しいお菓子の匂いが自分たちを包み込んできた。
「ようこそ~切り株スウィートショップへ~。サーロと見かけないお客さんだね~」
「こんにちはグリマ店長!」
「ほわぁ~……」
「ね! ティアラさん! 熊みたいな人でしょ?」
「みたいというか……熊さん……」
切り株スウィートショップの店内にて、様々なお菓子やケーキが並ぶショーケースの向こう側に二メートル以上の巨体の、パティシエ服と帽子を被った濃い茶色の毛の熊が二足で立っていた。その顔も手ももふもふに包まれていた。
「こんにちは~ティアラさん~私はこの街唯一の獣人族のグリマだよ~」
「熊さん……」
「とっても気のいい店長さんだよ! しかも作るお菓子はどれも絶品!」
「熊さん……」
「……ティアラさん?」
ティアラは無意識に両手をわしわし動かしていた。ティアラは初めて熊という生き物を目にした。しかもとっても穏やかな話し方をしているせいか、お花みたいなふんわりしたオーラを放っているグリマ。
──あぁ……モフモフしてみたい……。
すると、グリマが顔をぐぃ~とティアラの顔の前に寄せてきてくれた。
──あぁ……つぶらな瞳……!
「もふもふしますか? 私の顔」
「いいんですか……?」
「もちろん~」
──ほわぁぁぁ~~~! はあぁぁぁ~~~! もふもふ~~~!
束の間の獣人とエルフの少女の憩いのひと時が流れた。
「堪能できましたか?」
「はいっ……! あっ、ありがとうございます……えへへっ……」
「ありがとうございますグリマ店長。あ、リンゴジャム一瓶とアップルパイ二切れくださいな」
「お~け~サ~ロ~。あ、お代はいいからね~。今度森からまた木の実やハーブを採ってきてくれればいいから~」
「うん! 今度いっぱい持ってくるよ!」
リンゴジャム一瓶を貰い、出来立てだよ~と言ってアップルパイを二切れそれぞれお皿に乗せてグリマは渡してくれた。店内に設けられたテーブルにアップルパイを置き、サーロとティアラは向かい合って座る。グリマがフォークを持ってきてくれたついでに、サービスだよ~とフルーツティーを一杯ずつ入れてくれた。
「では! いただきます!」
「いただきます……!」
アップルパイはゴロゴロと切られた甘いリンゴがぎっしり詰まっていてとても食べ応えがあった。このアップルパイをもふもふなグリマが作ってくれたかと思うとティアラはより美味しく感じた。フルーツティーも上品な甘さが口に広がり一気に飲んでしまうのがもったいなくて、ティアラはちびりちびりと飲んでいる。
ティアラとサーロがゆっくりお昼を食べていると、ドアが勢いよく開き、一人のお客さんが入ってきた。若く凛とした印象の大人の女性だった。白衣を着てカツカツと威勢良く歩いてくる。
「グーリマてんちょ~う! ひまー! お茶しに来たぞー!」
「どうもアイシャ先生~。今日も今日とてアバンダンシアは平和ですからね~」
「ぶっちゃけ私この街にいる意味ある? 病気なんてクラーク先生達がこの街築き上げてからないらしいじゃん! あって子供が遊びでこけたくらいじゃん!」
「でも街に一人はお医者さんいてくれると安心だからね~。それにクラーク先生のお弟子さんなんだから、医学だけじゃなくて色々勉強されてるじゃないですか~」
「でもひまー! って、あ、サーロじゃん! ……その子は?」
「ど……どうも……ティアラです……」
「その子……エルフ族? なんでまたこの街に……」
「あ、アイシャ先生! 海辺の砂浜で気を失ってたところを僕が見つけて!」
「……海の向こうから流されてきたの? ちょっと失礼」
そういうと、アイシャはティアラの手首の脈を診たり、顔を覗き込んだりとしてきた。手際の良さからやはりお医者さんなんだなとティアラは感じた。
「エルフ族は専門外だけど、まぁ怪我もしてないみたいだし、脈も落ち着いてるわね」
「あ、ありがとうございます」
「さすがアイシャ先生! 僕にも今度医学の事教えてください!」
「はいはい真面目ちゃんだね~。で」
「で?」
「どうしてティアラちゃんは流されてきたの? 良ければ話してくれる?」
アイシャはティアラの横にしゃがみ込んで、顔を真っすぐ見つめる。サーロは心配そうな表情を浮かべている。グリマもショーケースの向こう側かで静かに耳を澄ませている。
ティアラは思い出した。あの日の事を。胸が苦しくなった。でも……ティアラは話し始めた。
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