トワイライト・ラブ(陽炎)

ルリ

第1話

まえがき


美紀の上空を飛行機が行き交い、遠くに浮かぶ貨物船は何処の行くのだろうと思いながら、美紀は空ろな目で砂浜に座っていた。

四月とはいえ、風がまだ冷たい。

長い間座っていたらしく、かなりの時間が過ぎていた。

いつの間にか、目の前には悲しそうな夕焼けが広がっていた。


「寒い・・・」美紀はそう小さくつぶやくと、ゆっくりと立ち上がった。



スペイン旅行ツアー

一日目:旅立ち

成田空港の出国ゲートを抜けたとき、英一はもうすっかり「非日常」のスイッチが入っていた。

68歳、10月いっぱいで仕事をリタイアばかりで、リタイア後初めての海外旅行だ。旅行は妻の趣味で、一緒に海外旅行をしてきて今回でちょうど30回目となる。

妻から「次はどこに行こうか?」と言われるけど、大体は既に決まっている。

英一も回数を重ねると、しだいに海外旅行が楽しみになって、海外に出ると知らない街並みや何処までも続く平原など雄大で、一瞬だけその倦怠感を忘れさせてくれるのだった。英一は、外国の家並みを見るのが好きだった。

英一は、ネットとかの画像などで下調べはしない様にしていて、現地での感動を期待している。


マドリード到着まで

イベリア航空で、成田からのマドリードまでの直行便。(約16時間)

エコノミークラスの座席は狭く、英一は長身と85キロの体系なので、足腰はじわじわと悲鳴を上げていた。英一は長い飛行機の移動では、映画を何本も見て、エコノミーの辛さを少しでも忘れるようにしている。

隣では妻がウトウトしている。その姿を見ながら、英一は何度も時計を見た。飛行機のモニターには、あと何時間、何分、と無情な数字が表示されている。

「まだまだだな・・・」と、つぶやき、ふと視線を前に向けると、ある女性が静かに本を読んでいる。彼女はページをめくる指がとても繊細で、その仕草だけがやけに目についた。

マドリードに着いたのは、もう夜近くだった。疲れた顔の参加者たちが、空港のロビーに集合した。


ツアーの一行は、バスに乗り換えた。

隣で、妻がため息をつきながら座席に沈む。その横で、英一も窓の外の闇をじっと見つめる。街の灯りが過ぎ去るたび、ふとした孤独感が胸を突いた。

英一は、ひとりが好きだった。その時だった。後ろの席から、声が聞こえてきた。

「もうクタクタやなぁ、ミキちゃん。」

「ほんまやわ、ホテル着いたらバタンキューやね。」

 「ミキ」と、いう名前を初めて耳にした。後で、漢字で「美紀」だと知った。


ホテル到着後

夜十時すぎ、ようやくマドリードのホテルに到着。

チェックインの間、参加者たちはロビーのソファーにぐったりと腰を下ろしている。英一も同じように腰を落とし、あたりを見回す。

スペイン独特の雰囲気が漂うロビー。その片隅で、美紀がスマホを見つめていた。疲れているはずなのに、その目にはどこか旅への期待感が宿っているように見えた。

英一はその姿を横目で見ながら、心の中でつぶやく。

「何か、雰囲気のある人だなあ。ちょっと気になる感じだ。。。」

部屋に入ると、すぐにシャワーを浴び、ベッドに沈んだ。体は重いはずなのに、疲れがピークに達して、なぜか頭だけが妙に冴えていた。スペイン初日の夜、英一はなかなか眠れなかった。

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