第4話 弁当交換
昼休みのチャイムが鳴ると、教室に一気にざわめきが広がった。
隣の席の女子たちは「購買ダッシュ!」と叫びながら教室を飛び出していき、男子たちは机をくっつけてわちゃわちゃしている。
私は、鞄から保冷バッグを取り出す。
今日はいつもどおりの母が作ってくれたお弁当じゃない。
頑張って早起きして自分で作った弁当。
ご飯は梅干しがのってて、卵焼きと照り焼きチキンと、ほうれん草の胡麻和え。
ありふれてるけど、なんかホッとする味。
自分で言うのもなんか変だけど。
机にお弁当を並べて、箸を取り出したところに
「……いいなあ」
と、低めの声がすぐ横から聞こえた。
顔を上げると、悠真がビニール袋をぶらさげて立っていた。
「なにが」
「それ。弁当」
「え? まさかあんた、買えなかったの?」
「ギリ。チョコクロワッサンと、あんドーナツしか残ってなかった」
「……糖分すごいな」
「ほっとけよ。これしか残ってなかったんだって」
「ふーん」
私はお弁当の蓋を開けながら、チラッと彼の手元を見た。
よく見ると、ドーナツは袋の中で少し潰れてる。購買、相当押し合いへし合いだったらしい。
「いつもそれなんでしょ?」
「まぁ、朝起きれないし。弁当持ってくるとか無理」
「昔っからそういうとこ雑よね」
「弁当作る努力は、まだレベル高いかな」
「……はは」
思わず笑ってしまった。
なんか、こういう会話も久しぶりな気がする。
「……じゃあさ」
私は箸を止めて、卵焼きをひとつ、彼のナプキンの上に置いた。
「今日は、特別に分けてあげる」
「え? いいの?」
「たまたま今日は多かっただけ。感謝しなさい」
「……マジで? じゃあ、俺のも分けるよ」
悠真は袋の中からチョコクロワッサンを取り出して、半分にちぎって私に差し出した。
「……食べかけだけど」
「いちいち言わないでよ。逆に意識するじゃん」
「ごめんごめん」
私はクロワッサンを受け取って、そっと一口かじった。
外はサクサクで、中は甘くて柔らかい。意外と悪くない。
「どう?」
「……まあまあ。普通に美味しい」
「ふーん」
「でも、こっちのが美味しいでしょ」
私は得意げに言ってみる。
悠真は私の卵焼きを噛みしめながら、頷いた。
「うん。なんか、やさしい味する」
「へえ。母の味ってやつ?」
「違う。莉緒の味って感じ」
「……は?」
「え、なんか変なこと言った?」
「……いや、ちょっと照れくさい言い方するなって思っただけ」
「そっか」
悠真は恥ずかしそうに笑って、ごまかすようにあんドーナツを口に放り込んだ。
その笑い方、ほんとずるい。
あったかくて、柔らかくて、どこかこっちの心までほぐしてくる。
「ってかさ」
悠真がふと、私の弁当を覗き込むようにして言った。
「それ、自分で作った?」
「え? なんで?」
「いや、昨日の夜、SNSに“やけに早起きする予定”って書いてたから」
「見てんじゃん……」
「フォローしてるし」
「まぁ、作ったよ。早起きして」
「へぇ」
「なによ」
「……なんか、すごいなって」
「別に。料理できる女子アピールとかじゃないし」
「アピールだったら全力で食いつくけど?」
「そういうの、簡単に言わないの。軽く聞こえる」
「ごめん、撤回」
私はふいっと横を向いて、またクロワッサンをかじった。
それから、ぽつりとつぶやく。
「……あんたのためじゃないから」
「うん、知ってる」
「ただ、自分で食べたくて作っただけだし」
「でも、俺が喜んだのは事実」
「……はあ」
それでも、ちょっとだけ嬉しくなるのが悔しい。
私は口元を手で隠すようにして、空を見た。
窓の外、雲がゆっくり流れていた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが、遠くで鳴った。
「……ごちそうさま」
「どっちが?」
「両方。パンも、卵焼きも」
「……うん、どういたしまして」
「さ、午後も頑張りますか」
悠真は伸びをして、椅子から立ち上がる。
私はお弁当箱のフタを閉じながら、ふと尋ねた。
「ねぇ」
「ん?」
「明日も、同じパンだったら……また交換してもいいけど?」
悠真は、少しだけ目を見開いて、それから笑った。
「じゃあ、明日も戦ってくるわ。たぶんまた負けるけど」
「……負ける前提じゃないの。もっと頑張りなさいよ」
「えー?でも今日で頑張る意味無くなっちゃったよ?だって、莉緒の卵焼きには勝てないんだもん」
「——は?」
「そんなすぐに怒らないで」
「怒ってない!」
そんな会話をしながら笑ってる私がいた。
悠真はすでに教室の入り口に向かっていたけど、私はほんの少しだけその背中を見送ってから、ゆっくりと立ち上がった。
明日のお弁当、ちょっとだけ張り切っちゃおうかな。
——べつに、あいつのためじゃないけど。
静かな犬と、ツンデレ猫。 2N番目の雪だるま @yukidaruma-2N
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