第1話 ロリータ服の天使

 1章 ロリータ服の天使

「……ちょっと待って、なんでわたくしですの?」


 昼休み。

 初夏の風が残る中庭で、わたくし、如月愛華は唐突に“恋愛相談”を受けていた。

 しかも相手は、名前も顔も知らない男子。


「如月さんって、告白たくさんされてるじゃん?恋愛に慣れてそうな人だと思って!」


(……え? どこが?

 わたくし、好きになった人もいないし、付き合ったこともないし、恋愛経験ゼロですが!?)


「だから、その……恋愛のアドバイスとか……してもらえたらなって!」


 男子は、なぜかキラキラした目でわたくしを見ている。


(熱意がすごいですわ……いや、少々恐ろしくも感じてしまいますわ…)

 


「……まず、お名前を教えてくださる?」


 困惑を表情に出さないように、必死に隠しながら、わたくしはいつもの如月愛華スマイルを浮かべる。


「あっ、はい! 俺、如月さんの隣のクラスの――川本 優って言います! 去年、委員会同じだったんです!」


(かわもと……ゆう……?

 あ〜〜、いたかもしれない!

 確か、委員会でやたら率先して意見出してた人だっけ…?

ごめんなさい、わたくし人の名前を覚えるのが苦手で、去年のクラスメイトの名前すらロクに思い出せませんの……!)


「……川本くん、ですわね?よろしくお願いします」


 いつもの笑顔で取り繕うが、内心はパニック。だって完全に初対面のつもりだった。



 (本当に申し訳ない……完全に初対面の人だと思っていたーーー、如月愛華、恋愛相談なんて受けちゃだめ!めんどいことに巻き込まれるわ!さっさと断るのよ!)

 

 


「……あの、わたくし、そういうのはあまり……」


「お願い!才色兼備で恋愛経験も豊富な如月さんにしか頼めないんだ!」


 (いや〜、才色兼備だなんて……ふふ、褒められるのは嬉しいですけれど……)


「一生のお願いです!相談聞いてください!」


 この男…じゃなっかった。川本くんは、お辞儀をした。

 (きっちりとしたお辞儀だな〜、会社員の鏡だわ!いや、感心してる場合ではないわ!如月愛華、しっかり断るのよ!!)


「川本くん...申し訳ないんだけど、恋愛相談にはのれな…」 言い切る前に川本くんは突然、川本くんは地面に膝を着いた。



「如月さん、お願いします!相談乗ってください!!」


 土下座をしてきた。

 (土下座!?待て待てまて〜い!この状況を見られたら、勘違いされ、如月愛華というキャラが崩れてしまう!)


「わかりましたわ…相談のりますわ…」


 しぶしぶ受けることにした…

 


 ――しぶしぶ受けたこの相談。

 断ってもよかったのに、気づけば私はベンチに座らされていて、目の前の男子は語り出していた。


「その人、すごく綺麗で……ピンクレースのワンピースに、小さなレース傘を持ってて、髪はゆるふわツインテールで……なんていうか、ロリータっていうの? まさに天使なんだよね!」


(……情報量がすごい)


「初めて見たとき、まじで雷に打たれたみたいだった! それで、今度、思い切って話しかけようと思ってて……でも緊張してうまくできるか不安でさ」


(というか……なぜわたくしに相談するのかしら? この人、友達ゼロ人なのかしら?)


「で、その場所っていうのが――」


 後日、わたしは川本くんと2人でカフェや服屋などのお店が立ち並ぶ通りを歩いていた。


「如月さん、休日まで一緒に付き合ってくれてありがとう!」



 (あんな行動をされたら、誰だって断りにくかっただけなんだけど?!)


 川本くんの話を聞いた、次の日、土曜日にロリータ服の天使を探すことを手伝って欲しいと言われた。まあ、それだけは……本当に良かったですわ。それまでの行動を除けば、ですけど。

 

 わたくしは川本くんを避けていた。彼は何かと変に目立つすぎるからだ。私も一緒にいると、周りの目が痛く、避けていた。

 そして、彼はなんと校内放送を使い、わたくしを呼び出してきた。

 ピンポーンパンポーン〜……


「如月さん、如月さん。至急、1階の空き教室に来てください!!繰り返します。如月さ……」


 あれはみんなからの視線がまじで痛かったですわ。まあ、案の定、彼は先生にこっぴどく怒られていたけれど…。

(だからあまり関わりたくなかったのよ~!!)



「川本さん、あなた、1人でも良かったのではないかしら?」

 

(行動力がすごすぎて、避けざるを得ませんでしたし……)


「いやいや、如月さんがいないと、おれ、あんなに可愛い子と話せないよ!」

 頬を赤らめて言う。

 (恋愛になると、人間の行動は変化するのかしら……?)

 不思議に思いつつも、たくさんのお店の前を行ったり来たりして、ロリータ服の天使を探していた。

「やっぱ、そんな簡単に見つかんないよな〜……」と川本くんが落胆していた時、かわいい服を来ているロリータ服の天使(?)が信号を渡っていた。


「川本くん、あの子って……」川本くんがロリータ服の天使を見た瞬間、走り出していた。

 (はっっっっっっや!)

 私も急いで彼を追いかけた。

 



――(やっと……川本くんに追いついた…)私は息をきらしながら、川本くんたちに近づいた。


「好きです!付き合ってください!」

川本くんは会ってすぐに告白していた。

 

(いやいや、急すぎでしょ!!

)案の定、ロリータ服の天使が困っている。彼女がちらちらとわたしに視線を送っていた。

 (助けを求めているのかな……?)

さすがに“彼女”が可哀想で

(正体はまだ不明ですが…)、川本くんを止めに入った。

 

「川本くん、一旦ステイですわ!!」私は大きい声を出していた。

川本くんは一瞬ぽかーんとして驚いたが、すぐにしゅんとうなだれた。

 (犬みたいですわ!!)


 「ごめんね……彼も悪気があって、話しかけたわけではないの……」

 私が何故か代わりに謝る。

 ロリータ服の天使は横に顔をふりふり振る。

 (か、可愛すぎますわ……これはもう……尊いですわ……!)

 わたしの心にグサッと、ハートの矢がささった音がした。

 そんな妄想をしていたら、川本くんがロリータ服の天使に話しかけていた。


 「さっきは急にごめん。あの……立ち話もなんだし……あそこのカフェに……行きませんか?!」

 川本くんはきょどきょどしながら、話しかける。

 (川本くん?いつもの変な行動力はどうしたのかしら~?!)

 なんてつっこみながら、カフェに3人で向かった。

 ――カフェに着くと、わたくしはルイボスティー、川本くんはコーラ、ロリータ服の天使はオレンジジュースを頼んだ。

(飲み物の選択も可愛いですわ〜!)


 頼んだ後、川本くんは恥づかしながら言う。

 「あの、さっきは急に告白して本当にごめん。でも、俺の気持ちは真剣なんだ!最近だって、君のことしか考えていなくて、1週間のうちに電柱に11回もぶつかったんだ!」

そう言って、11回もぶつかったおでこを私たち二人に見せる。

 

(まあ!痛そう……って、違いますわ!!いったい何を話していますのよ!?)と心の中で突っ込んだ。

ロリータ服の天使はきょどきょどと、目を泳がせてる。バチッとわたくしと目が合い、何故か目を逸らし、頬を赤らめる。

(さっきから目が合うけれど、どうしたのかしら…?まあ〜?わたくし?スポーツや勉強もできる才色兼備なパーフェクトお嬢様だから、見られてしまうのはしょうがないことですけどね〜!!)

 ――


 ついにロリータ服の天使が声を出した。「あの…」女子にしては低い声だった。

それにどこかで聞いた声な気がした。

「あの!僕……実は男です!恋愛対象は女性なので告白は受け入れられません。ごめんなさい!」衝撃的な告白だった。

「「えーーーーーーーーーー!!!!!」」

2人揃って声を上げる。

 その後、川本くんは呆然としていた。しかし、彼の悲劇はまだ続く…

「後、それから、如月さん、やっぱり諦められません!好きです!付き合ってください!」

(なぜ、わたくしの名前を知っているのかしら?まだ、自己紹介もしていないのに…?)

「あの、なぜわたくしの名前を知っているのかしら?」

「この前告白した皇です!」

「すめらぎ…?」

川本くんは何かに気づいたかのような顔をした。「お前…皇 賢太か!」

 ロリータの子はしまった!という顔をした。

「お知り合いですか?」

「俺の親友なんだ!それに、皇なんて珍しい苗字は賢太しかいない!」

 (え……!?今、なんとおっしゃいましたの……!?)

 皇と言われたロリータの天使は青ざめた顔をしている。

「じゃあ、俺は……男に、それに、親友に告白していたということか……」

 川本くんは頭を抱えている。

 一方、皇と言われたロリータの子はさっきより青ざめた顔をしている。

 (なんというカオスな空気……!気まずいですわ!!)

 私はこの状況をどう切り出せばいいのか必死に考えた。

 ――

「あの〜…」私はこの気まづい状況を打破するために必死に考え抜いた結果……

「今日はとてもいい天気ですわね……!」

「えっ?今日は曇りだけれど…」

皇くんから突っ込まれてしまった。

(私は何を言っていますの〜!落ち着け〜!才色兼備な如月愛華!才色兼備な如月愛華!!)

「じょ、冗談ですわよ〜!実はあそこのショーケースにある限定スイーツ、とっても美味しそうなので気になっていたんです!」


 カフェの奥にある、季節限定“初夏のレモンタルト”のポスターを無理やり指差す。

 唐突な話題転換。だが、今はとにかく!この場の空気を!この混沌を!切り裂くしかない!!


「……え?あ、ああ、そうだね…レモンタルト…俺、けっこう好き……」

 川本くんはぼんやりしながらもうなずく。

「う、うん……甘いものは好き……です……」

 ロリータ服の天使こと皇くんも顔を赤らめながらつぶやく。


 よし、のった〜!


「じゃあ、みなさん!甘いものでも食べて、リフレッシュしましょう〜!!」


 店員さんに向かって勢いよく指をさし、こう告げた。


「限定レモンタルトを、3つ!ですわ!!」

 ――

「ん〜!美味しいですわ〜!」私はそう言いながら、2人の様子を伺う。

 「これ…めっちゃうめえ〜!なあ…賢太?」

川本くんがぎこちないがらも皇くんに話しかける。

 「そ、そうだね!僕もこのレモンタルト好き!」

可愛らしい笑顔を見せながら黙々とリスのように口いっぱいに入れて食べている。

「うっ…!あれは賢太だ。それに親友だ……」

川本くんはブツブツ言いながら、レモンタルトを食べている。皇くんはというと…

 「めっちゃ、美味しい〜!」

幸せそうに夢中になって食べている。

(うふふ、可愛らしい笑顔!尊い!)

さっきよりは良い雰囲気になったところでずっと気になっていた、ある疑問を問いかけてみる。「皇さん。」

「はっ、はい!」

「もし理由を話したくなければでいいんですが…あなたはなぜロリータ服を着て歩いてたのですか?」

すごく際どい質問をしてしまった。

皇くんは気まずそうな反応をしている。

「話したくなければ、話さなくても…」

そう言い切る前に皇くんが話をした。

「いえ、僕がロリータ服を着ている理由を話をさせてください!」

 皇くんは、きゅっと背筋を伸ばし、私たちをまっすぐに見つめた。

 ――


「僕は……かわいい服が好きなんです。特にロリータファッションが!」


 堂々と言った。


「……それだけですか?」

 わたくしは思わず尋ねてしまう。


「それだけですっ!」


 即答だった。めっちゃ早かった。


「小さい頃から、レースとかフリルとか、可愛い布を見るとわくわくして……で、試しに着てみたら、めっちゃ似合ってて、これはもう運命だなって!」


(なるほど……)


「僕にとってファッションって、“着たいものを着る”ことで、自分を好きになる手段なんです!」


 皇くんは、オレンジジュースをストローで吸いながら、語った。


「それに、服には性別なんて関係ないって思ってて。男だからって“女の子っぽい服”を着ちゃいけないなんて、ないじゃないですか!」


「確かにそうですわよね!わたくしも同じ意見ですわ!」

 私は皇さんの話をうなづきながら聞き、川本くんはレモンタルトを味わいながら無言で話を聞いていた。


「僕は、可愛い服を着たい!似合うなら着ていいじゃん!って。だから、休日はロリータファッションで街を歩いてます!」


「うんうん、いいと思いますわ!ですが……」


 私はこっそり聞いた。


「……バレるの、怖くなかったのですか?」


 皇くんは、少しだけ黙った。


「最初は……怖かったですよ。笑われるかもって。でも、街を歩いてたら『お姫様みたい!』って小さい女の子が言ってくれたんです。あの一言で、全部ふっとんで、僕ロリータ服着ていいんだって。認められた感じがして、すごくロリータ服を着る勇気が出てきたんです!」


(素敵な話で……!わたくし泣いてしまいますわ!)


「……それにね」


 彼はにっこり笑った。


「今日、勇気出して街を歩いてみたら……親友が急に告白してくるわ、如月さんには再告白できるわ、カフェでレモンタルト食べられるわ……最高の休日になりました!」


「……それ、最後のが本音じゃないかしら?」


 私は笑みをうかべながら、思わずつっこんだ。

「いえ、今日1日最高の休日でしたよ!」彼はそう言い、にっこり笑った。

 ――

 お会計をすませ、カフェの前で解散しようとした時、ずっと黙っていた川本くんが話を切り出した。


「……賢太」

 彼は、楽しそうに笑っている皇くんを見つめながら、ぽつりと呟いた。

「どうしたの?川本…?」


「お前が、賢太だって分かったときさ……」

「うん」

「めっちゃ……ホッとした」


「……え?」


 皇くんの目が丸くなる。私も思わず息を呑んだ。


「いや、変な意味じゃなくて!……いや、変な意味かもしれないけど!」


「…………」


 川本くんは、もごもごと言葉を探している。


「お前が誰だかわからないままだったら、もしかしたらそのまま本気で惚れてたかもしれないって、そう思ったんだ。いや、今でもちょっと……よくわかんないけど……」


「え……なにそれ……」


 皇くんが赤面している。

 思わず、わたくしは二人の間に風が通り抜けたような錯覚を覚えた。


「なんつーか、俺……お前がどんな格好してても、結局目で追ってたってことに気づいちゃったんだよ」


「川本……それ、どういう意味…?」


 皇くんが耳まで真っ赤にしながら、話を聞いている。


(あれ……?なんだろう、この空気……)


「じゃ、また学校でな!」


 川本くんが手を振り、カフェを後にした。

 その後ろ姿を、皇くんが静かに見送った。


「……なんだよ、まったく」


 皇くんが呟いた言葉は、風に紛れて聞こえなかった。

 でも、耳の赤さがすべてを物語っていた。

 ――

 次の週の朝、川本くんと皇くんの様子が気になり、隣のクラスをのぞいてみた。

「ねえ、あそこの2人ってあんな感じだったけ?」

 隣のクラスの女子の話に聞き耳をいれる。

「たしかに、なんか2人の雰囲気?が変わったよね〜!」

「そうそう!」

会話をしていた女子たちの視線の先を見てみると…

「お〜い!賢太〜」

「なに〜?」

「ネクタイ曲がってるぞ」

「あっ!ほんとだ!」

「こっち来い!直してやる。」

「えっ!いいよ!自分で何とかするし!」

「いいから、貸せ」

そう言い、川本くんが皇くんのネクタイを結んでいる。

「なんか近いんだけど…ちょっと離れてよ!川本!

「結んでるからしょうがねえだろ!もしかして…俺のこと意識してるのか?」

「バッッカじゃないの!川本の汗の臭いが臭かっただけだし!」

「えっ……俺ってそんなに臭い?」

「もう知らなーい!」

「ちょっと待てよ〜賢太〜!」

言い合っている2人を私はガン見していた。

 (いや、カップルですわ!!あの雰囲気はカップルですわ!!まあ、2人の関係が壊れなくて良かったわ……私の両親のようにならなかったから、本当に良かった…)

過去を思い出しそうになり、2人の教室の前を去った。

 

 

 




 

 



 

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