第7話
「……」
「……」
本のページをめくる。
めくる、めくる。
読めもしない英語の本を、無意味に流し見ながらも、めくる。
時折チラリと実験体少女を盗み見ながらも、めくる。
少女は椅子に座って無感情にこちらを見つめていた。
初めは床に座ろうとしていたのだが、椅子に座るように言ったら素直に従ってくれた。
しかし、そこから特にアクションがない。
感情を失った瞳でこちらをじっと見つめている。
こういう場合はどうすれば良いんだ?
感情を失うレベルで〝教育〟された子の扱いなんてわかんねえよ!
誰か正解を教えてくれよ!
……いや、違うか。
どうせ正解なんかねえんだ。
ならまずは、俺がどうしたいか、だな
もちろん、俺はこの子をあんな醜い実験体にするつもりはない。
この子はまだ子供だし、親元で健やかに暮らしてほしいと思う。
この子の両親が行きているのなら探してあげたいし、いないのなら里親を探したいと思う。
とはいえ、俺自身はまだこの世界に来て1日目だ。
まだこの世界のこともよく分からないし、この子の両親を探すほど余裕があるわけでもない。
せっかく買った人間を親元に返すなんて、リュートの行動として意味不明だし、イシャデラに怪しまれそうだ。
いや、それともいけるのか?
リュートなら多少突飛な行動をしても怪しまれないのか?
分からない。
分からないので、今すぐに動くのはやめておこう。
まずは地盤固めだ。
近くの人の信用を勝ち取り、動きやすいようにしておこう。
そして、今1番近くにいるのはこの子だ。
この子と信頼関係を築くところから初めよう。
「そうだね、夕飯でも食べようか」
パタリと本を閉じ、彼女に言葉をかける。
話しかけたつもりだったのだが、一人言だと思われたのか、彼女の反応はない。
ただボーっとこちらを見つめているだけだ。
立ち上がり、本をしまってキッチンへ。
冷蔵庫の中を覗いてみると、以外にも整理されている。
食材や調味料もそれなりに使った跡がある。
もしかすると、リュートは料理をするのかもしれない。
ちょっと意外だ。
まあ、小間使いにでもやらせていたのかもしれないが。
しかし、冷蔵庫の中は見たことのある物ばかりだ。
会社名や商品名こそ違うが、見た目は日本にある商品と全然変わらない。
本当に、ここはどういう世界なんだろう。
消費期限の近い鶏肉を発見したので、それを使うことにする。
チキンソテーにでもしてやろう。
料理中、少女は俺の方をずっと見ていた。
手元を目で追っているのを見るに、何も考えてないわけでもないのだろう。
しかし、何を考えているのかはわからない。
料理中、手は動いていても頭が暇だ。
数十分かけて勇気を絞り出し、彼女に話しかける。
「キミは、どうしてじっとこちらを見ているのかな?」
「……ますたーからの、命令を、待っていました」
「キミは命令がなければなにもしないのかい?」
「はい」
リュートの言葉は柔和でありながら冷たい。
この翻訳機能、普段は便利でもこういう状況だと少し高圧的かもしれない。
「キミは──いや、そうだな。いつまでも〝キミ〟では支障が出るだろう。キミに、呼び名をつけてもいいかな?」
「……ますたーの、お好きにどうぞ」
「確か、03と呼ばれていたんだったかな。それなら、レイサと呼ぶのはどうだろうか」
「大丈夫、です」
よし、まずは『あだ名で呼んで距離感を縮めよう』作戦だ。
無表情で分かりにくいが、とりあえず嫌がってはいない、はず。
「レイサ、こっちのイスに座りなさい」
「はい」
喋っている間に料理が完成したので、レイサをダイニングに呼ぶ。
料理を皿に盛り付け、テーブルの上に置いた。
もちろん、2人前だ。
「さあ、食べるといい」
「……えっ?」
ここに来て初めて、レイサに感情の色が見えた。
困惑と少しの驚き。
どうやら自分の分があるとは思ってなかったらしい。
椅子に座ろうとしていたレイサは、テーブルに並んだ料理を見て固まっていた。
「……そのお料理はわたしの分、ですか?それなら、どうして、2皿もあるのですか?」
「もちろん、ボクの分だ。ああ、それとも、キミには1皿では少なかったかな?」
「……いえ、そうでは、ありません」
命令には従う、と言っていた割に座ろうとしない。
なにか思うところがあるのだろうか。
「わたしは、ただの実験動物、です。同じ食卓で、同じご飯を食べるのは、おかしい、です」
たどたどしい口調で、ハッキリと意見を口にするレイサ。
さて、どうしたものか。
自分の名前すら気に留めない彼女が、初めてした主張だ。
なるべく尊重したいが……いや、ダメだ。
彼女はもう実験動物ではない。
今までの境遇は忘れて、人間として、楽しく生きてほしい。
それが俺のエゴだとしても、こんな子どもの痛々しい姿は見ていられない。
「わたしと、ますたーは、ちがいます」
「違わないさ。キミもボクも、同じ人間だ」
「同じ……」
まあ、リュートは龍族だが。
人間であることに変わりはないだろう。
レイサはなにかを思案しているようで、椅子に手をかけたままじっと下を向いていた。
その後、しばらく待ってみたが、レイサに動きはなかった。
まあ、突然環境が変わったせいで混乱しているのだろう。
彼女の境遇を考えれば、少し無理な提案だったかもしれない。
これ以上は、彼女の負担も大きいかもしれない。
「……無理強いはしない。ただ、一緒にご飯を食べてくれるなら、ボクは嬉しい」
結局、その日は1人で食事をとった。
レイサは研究室の方の椅子に座って、ずっと考えこんでいるようだった。
その後、俺は地下の探索のためにしばらく部屋の外に出ていた。
帰ってくると、テーブルの上の料理はなくなっていたので、俺がいないところでは食べるらしかった。
とりあえず、食欲はあるようで良かった。
そうして、その日は眠りについた。
初日にしては、ずいぶん濃い1日だったな。
最狂悪役令嬢と最凶ラスボスは、互いに転生者であることをまだ知らない @aki_himajinno
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