ー2章ー 6話 「それでも私は、この世界で生きると決めた」

村の片隅に、リュウジとナツキは静かに向き合っていた。

空気は静まり返り、周囲のざわめきすら遠くに感じるほどだった。


ナツキはリュウジの問いかけに、しばし沈黙していた。

この世界に来た理由を、ここで話すべきなのか。

だが──転生させられたこの地で、突然絶望を味わい、絶体絶命の瞬間に現れたのがリュウジだった。

その彼が女神の存在を知っている。

ならば、隠し通すことは不誠実だと思えた。


 意を決して、ナツキは口を開いた。


【ナツキ】「……はい。知ってます。というか、あの女神に……転生させられました」


【リュウジ】「やっぱりか。いや~、なんとなくいると思ってたんだよ。他にも俺たちみたいなやつが」


【ナツキ】「まさか……あなたも?」


【リュウジ】「ああ。俺も、タケトも日本からこの世界に来た。あのテンション高めの女神に、ほとんど説明もなく送り出されてな」


 ナツキは一瞬驚いた顔をしたあと、肩を震わせて笑った。


【ナツキ】「あの人、本当に説明不足ですよね! 私も気づいたらこの村で……人も家畜も倒れてるしゴブリン襲ってくるしで……! まさか命がけのスタートだなんて思わなかった」


【リュウジ】「だろ!? 俺なんて草むらにまるごしで放り込まれたんだぜ?最初に声かけてくれたのが村のじいさんじゃなかったら、たぶんそのまま野垂れ死んでたわ」


 二人はしばらく笑い合った。

 似たような境遇の者同士、どこか通じ合うものがある。

 だが、すぐにリュウジは真剣な顔に戻った。


【リュウジ】「……で、これからなんだけどさ。君は、この先どうするつもり?」


 ナツキは少し目を伏せ、考えるように唇を噛んだ。そして、ゆっくりとリュウジの目を見つめ返す。


【ナツキ】「私……あ、ナツキって言います。実家が農家で、米や野菜の栽培だけじゃなくて、酪農も少しやってたんです。

だから、さっきの牛たちの様子を見て、すぐにわかりました。このままだと……もう、もたないって」


 言葉の端々に、農業や家畜への愛情が滲んでいた。

 リュウジは静かにうなずいた。


【リュウジ】「……俺も同じ考えだ。動物の事はよく分からないけど、牧草なら食べるかもしれないんだろ?

それなら、うちの仲間のスライムたちがいれば、なんとかできる。ヤツらのぬちゃぬちゃ効果で、土壌改善はできる。あとは、それを活かせる“人の知識”が必要だな」


【ナツキ】「スライムって……魔物のスライム、ですか?」


【リュウジ】「ああ、でも大丈夫。うちのは仲間なんだ。農業用スライムとでも言えばいいかな。青と緑、それぞれ役割が違ってさ」


 ナツキは目を見開いて驚いた。

 普通なら魔物と聞いただけで身構えるところだが、リュウジの語り口には恐れも疑いもなかった。

 むしろそこには、人と魔物の“共存”を当然とする思想が根付いていた。


【ナツキ】「……すごいですね。魔物が味方って、まだちょっと信じきれないけど……」


 そう言いながらも、ナツキの中で何かが動いていた。

 この世界で、命を救ってくれたのはリュウジたち。

その彼が築いてきた信頼できる仲間たち。

もし、本当に魔物とも手を取り合っていけるのなら──。


【ナツキ】「私を……使ってください!農業と酪農についてなら、それなりにやってきました。この村の復興の役に立てるなら、何でもします!」


 その真っ直ぐな言葉に、リュウジは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに大きくうなずいた。


【リュウジ】「ありがとう、ナツキ。仲間が増えるってだけで、こんなに心強いことはないよ!」


 ナツキはふっと微笑み、その目に光を宿した。


二人は並んで今後の事を話し合った。

夕焼けが空を黄金色に染め、影が長く伸びていく中、復興の第一歩が確かに刻まれていた。


 タケトがスライムを連れて戻ってくるまで、あと少し──。

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