ー2章ー 2話 「転生、そして絶望の村へ」
――ある日の日本。
都心から少し離れた郊外。
夕暮れの空が鈍い色に染まり始めた頃、一つの古びた家屋の一室で、一人の女性がパソコンの前に静かに座っていた。
明かりもつけず、うっすらとモニターの光だけが室内を照らしている。
彼女の名は――稲守 夏稀(いなもり なつき)25歳。
実家が代々続く米農家であり、自身も農業系の最大手企業に勤めながら、毎週末には田植えや収穫の手伝いをするなど、現場感覚を大切に生きてきた女性だ。
農業のノウハウと実務経験を兼ね備えた、まさに“実践型農業女子”とも言える存在だった。
そんな彼女の日常は、ある交通事故によって、あまりにも唐突に終わりを迎えることとなる。
そして――。
「……っ!?」
気がついた時、彼女は不思議な光に包まれていた。
周囲は見渡す限り真っ白な空間。
目の前に立っていたのは、ふわふわと宙に浮かぶ、やたらにキラキラした服を着た、まるでファンタジー作品に出てきそうな人物だった。
【女神】「あら~?ようこそようこそ! あなた、ちょっと急だったけど、大丈夫そうね?」
戸惑いながら目を瞬かせる夏稀。
【夏稀】「……え? え、えええっ!? ……ここ、どこなの!?」
状況が全く飲み込めない中、目の前の“それ”は、にこにこと笑いながらとんでもないことを口にした。
【女神】「まぁまぁ。落ち着いて。あなた、死んじゃったの。で、異世界に行ってもらうことになったのよ~」
【夏稀】「死んだ……!? え、そんな……うそ、うそでしょ……?」
ショックに言葉を失いかける夏稀に、女神はまるで天気の話でもするように、あっけらかんと話を続けた。
【女神】「でも安心して。あなたには“転生特典”をあげるわ。農業スキルは現世での知識ごと引き継がせてあげる。それと、異世界の言葉も問題なし。だから会話にも困らないわ。あとは、そうね……運次第ってことで♪」
【夏稀】「ちょ、ちょっと待って! そんな軽いノリで異世界行きとか、説明不足にもほどが――!」
抗議の声を上げようとしたその瞬間、視界が再び光に包まれ、彼女の意識はふわりと溶けていった。
――そして。
目を覚ました時、ナツキは見知らぬ大地に立っていた。
空はどこまでも青く、風は冷たく乾いている。
目の前には小さな集落があった。
だが、その様子は明らかに異常だった。
木造の家々はところどころ崩れ、壁にはひびが走っている。
地面に目をやれば、干からびた畑が広がり、まるで何か月も放置されたかのような荒れ果てた状態だった。
傍らには骨の浮き出たような、やせ細った牛が力なく立ち尽くしている。
【ナツキ】「……ここが……異世界……なの……?」
言葉にすることで、ようやく現実を受け入れ始める。
けれど、最初に感じたのは“夢”ではなく、むしろ“現実すぎる絶望”だった。
いくら農業スキルを持っていたとしても、肝心の土が死んでいるこの地では、草すら育たない。
肥料も道具もない。
ただ知識だけがある状態で、どうやってこの土地を救えるというのか。
村人たちも、声をかける気力すら失っているようだった。
誰もが疲れきった表情でうつむき、すでに希望という言葉を忘れたような顔をしていた。
動物たちは息も絶え絶えで、畑には緑の気配ひとつない。
まるで生命というものが、ここではすべて止まってしまったかのような光景だった。
そんな中で、ナツキはひとり、崩れかけた畑の隅に腰を下ろした。
自分に何ができるのか、まったく見えない。
希望を抱こうにも、材料が足りなさすぎる。
【ナツキ】「……誰か、助けて……」
ぽつりと、誰に届くわけでもない呟きが漏れた。
それは、現実で多くを抱え込みながらも健気に生きてきたナツキの、心の奥底からの祈りだった。
この異世界で、彼女の手を取ってくれる存在は果たして現れるのか――。
その声なき願いは、やがてひとりの男との出会いへと繋がっていく。
それが、スライムとイモの“ぬちゃぬちゃ奇跡”で村を救っていく男、リュウジとの運命的な交差だった。
そしてこの物語は、ここからさらに新たな“希望の芽吹き”へと踏み出していく。
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