【外伝】ディアス対彼女

@amber__

【外伝】ディアスVS彼女

我が永劫続く平和な世を造ってから何十年経っただろうか。常に城から出ず、玉座の間でその時を待っているわけだが流石に暇を持て余している。なので柄にもなく平和な世を散歩することにした。玉座の間の扉に「外出中」と看板を立て掛けておいたので誰かが来ても大丈夫だろう。

玉座の間を抜け、長年城から眺めることしかしてこなかったその大地についに降り立った。

あたりはただ荒野が地平線の彼方まで続いている。人の気配おろか生き物の気配すら微塵も感じない。

争いそのものすら存在しない世界。これが俺の造った、いや造ってしまった世界だ。だが後悔はしていない。これが彼女との約束の結果だからだ。俺は弱いからこんな方法でしか約束を果たせなかったのを多分怒っているだろうな。

そろそろ城に戻ろう、そう思った時だった。古い書物が音を上げたのは。


「なんだ?」

遠くからとんでもない速さで近づく"なにか"を感知した。

無論、此世にはもう生物すら存在していないはずなので不可解でしかなかった。

感知してもなお、ディアスはその場に身構えたりせず堂々と立っているだけだった。そして接敵の瞬間…。

「キーン」

金属と金属とがぶつかったような音が鳴り響いた。それもそのはず、桁外れの速さで接近したその者は剣を手にディアスへと振りかざしていた。ディアスはそれを足で受け止めていた。剣を受け止めたディアスの足は…無傷だった。

受け止めた瞬間、相手の容姿が少しだけ垣間見えた。黒いフードを深く被り、顔は見えなかったが想像していたより小柄で華奢な体型だった。

接敵後、剣が受け止められたことを把握するとすぐにその場から姿を消した。


「…見失った」

さて、あの速さにあの感知のしにくさにあの威力…。魔法をいくつ抱えて突っ込んできたんだ?それにあの剣は…。


考えているうちに相手がもう一度肉薄してきた。

「キーン」

再び鳴り響いく甲高い音。ただ、前より威力が増しているらしく衝撃波が当たりをかき回った。

「その攻撃はもう見たぞ」

高々と言ったディアスだったがこのときばかりは相手の方が一枚上手だった。

「…新星ノヴァ

自分もろとも巻き込むように相手は魔法を放った。

「…!」

流石のディアスでも驚きが隠せず、空間魔法で一気に距離をとった。

あたりは新星ノヴァの爆発によって壊滅的な被害を受けた。地面はひび割れ、爆発地点には大きなクレーターができていた。もしここに国があったのならわけも分からないうちに滅んでいただろう。

「初手から新星ノヴァを放ってくるとは。一発屋にしてももう少しなにかあっただろうに」

遠くで新星ノヴァの爆破をただ眺めていたがまだ相手の気配があった。

「まだ生きてるのか。ただの一発屋というわけではなさそうだな」


ディアスは爆発地点に近づき始め、相手もディアスの方へと歩み始めた。そして一定の距離をあけて両者歩みを止めた。

「お前、名前は?」

「……」

返事は返ってこなかった。

「あぁ、そうか。確かに名前を聞くならまず己が名乗らないとな。誰かと言葉を交わすなんて長年やってないから忘れてしまっていたよ」

「では改めて。俺の名前はディアス。あなたのお名前は?」

「……」

無言の間が流れる。

「せめてフードを取ってはくれないか?顔すらわかんないのは少々気味が悪くてね」

相手は微動だにせずその場に立ち尽くしていた。


少しは会話をする意思というのを見せてくれてもいいんじゃないか?一切動かないのも逆にすごいぞ。


「なら俺がそのフードを取るぞ。嫌なら自分で脱げ」

それでもなお相手は動くことがなかった。

「はぁ、言ったからな。後からどうこうはなしな」

そう言ってディアスは左手の指を軽く鳴らした。すると同時に相手のフードに火が着いた。その火はどこか他に燃え広がることなく、フードだけを優しく燃やし尽くした。

フードの中から現れた顔にディアスは言葉を失った。

長髪の金髪にまだ幼さが残る顔つき。

「コユリ…なのか…?」

持っている剣も当時コユリが使っていた剣に瓜二つだ。いやしかしコユリはもう何十年も前に死んでいる。それだけでなく死者の世界からすらも完全に消えた。完全に消えた者を蘇らせるなんて到底不可能なはず。だが目の前にいるのは…。


混乱が混乱をよび、ディアスの頭はそればかりに支配される。それが目に見えてわかる隙となる。

その隙を見逃すことなく相手は光の速さでディアスの間合いへと低い姿勢で入った。そのまま剣を抜き、上に切り上げた。

「そうは行くかよ」

切り上げた剣はディアスの身体に届く前に足で踏みつけられ、そこで力が拮抗し停止した。

「こんな状態で言うのもなんだか、会話をすることは可能か?」

「…」

結局だんまりかよ。

このままでは埒が明かないと判断したのか相手は一旦距離をとった。

とりあえず会話をするにしてもまずはあの凶暴性をなんとかしないとだな。

「いいぜ。殺さない程度に遊んでやる」


最初に動いたのは彼女だった。残像を追うのがやっとのような速さで距離を詰めてくる。文字通り光の速さ、でだ。対するディアスはその場から動くことなくただ立っている。

彼女がディアスを夥しいほどの剣戟で斬りつけるがディアスはその場から動かずかわしたり、足で受け止めるだけだった。一旦距離を取り再度肉薄したり様々なバリエーションで攻撃するがディアスの対応は変わらなかった。

「スピードが落ちてきてるぞ。もう終わりか?」

しかし、このときのディアスは魔法に対して完全に油断していた。それもそのはず本来なら新星ノヴァとは己の魔力を全て消費し繰り出される魔力であるからもう魔力は残っておらず、そのため剣での攻撃しかしてしていないと考えていた。その常識が隙の生まれぬディアスの隙となる。

再び彼女が距離を取って接敵してくる。ディアスからすればもう二番煎じの攻撃であった。変わらぬ対応で足で受け止めるが彼女は違った。

「…新星ノヴァ

再び解き放たれた新星ノヴァはディアスの真後ろに現れた。

「…は?」

流石のディアスもこのド近距離で新星ノヴァをまともに受ければただでは済まない。なにか手を打つ必要があるがもう魔法でどうにかできるようなレベルでも時間も残されていない。

そして切り札の一つを消費することとなる。


右手を伸ばし虚空を掴んだように見えたその手には剣が握られていた。

「アブソルート・オメガ」

ディアスが繰り出す一太刀。それにより新星ノヴァは真っ二つに切られる。その後更に斬撃が入り新星ノヴァは木っ端微塵に切り刻まれ、その効力を失った。


「やりすぎたか。コユリは…」

振り返ったその先には剣が振られていた。

紙一重のところでディアスは回避した。


常識まがいなことばかり起きるな。あれはどっちだ。魔力が無限なのか、新星ノヴァの制御により魔力消費を抑えたのか。はたまたその両方か。まあいい。ひとまず簡単にどうにかできる感じではなさそうだな。

できるだけ傷つけずにとか思っていたがそんな流暢なことは言ってられそうにないな。仕方ない、効くかは分からんがミニットガンでも使うか。


魔法の全属性を巧みに組み合わせて練り上げられる特別な魔法。人並み外れたこの魔法を構成できるのはこの世界でディアスしかいないだろう。

ミニットガンの構成を練ろうとした瞬間に彼女は攻撃を開始した。もう魔力がないふりをする必要がなくなった彼女の攻撃は以前にも増して速さ、火力共々強くなっていた。ディアスがミニットガンを構成するのに必要な時間は0.5秒。だが、彼女の猛攻がその僅かな時間すら与えない。

「…ちっ」

かわされると感じたらすぐさま剣の軌道を変えて攻撃されるのが一番嫌なら場所へと剣を運ぶ。足で受け止められそうと分かれば巧みに足の横を滑らしディアスの身体へと剣を運ぶ。そして遂にあの不動の魔王ディアスをその場から動かした。

光の速度で動く彼女の攻撃を予測するのは本来不可能に近いまさに神技である。


戦況は彼女が優勢のように見えるがディアスは未だ傷を一切受けていなかった。


ミニットガンの構成する時間を稼ごうとするが、彼女の猛攻がそうはさせない。たった0.5秒という隙すら与えない事細かな、しかし当たれば強力な攻撃を繰り返す。時折火炎魔法も混ぜながらディアスの行手を阻む。

「こっちは傷つけないようにとか考えてるのにそんな攻撃はなしだろ」

流石のディアスにも焦り…ではなく怒りの感情が見え隠れしていた。

空間魔法でいろいろなところへ移動するが高すぎる彼女の索敵能力で一瞬で場所を特定され、瞬く間に攻撃を再開される。このままでは埒が明かなくなってしまったのは今度はディアスの方だった。


フェイントを何重にもかけてやっとの思いで僅かな隙を作った。がしかし、ミニットガンを構成するのではなく別のことに費やした。


「ミカー、ラファー、ガブリー、サマー、カマー!」

ディアスの周りに5人の天使が現れた。

「手を出すな。ただこの戦いを見届けろ。ありえないとは思うが万が一俺が死んだら、あの女と此の世界の行く末を頼む」


「「御意のままに」」

そのまま5人の天使は大きな翼を広げ、遥か上空へと飛び去った。


とりあえず保険は張れた。さて、後はコユリをどうするかだが。効かぬとは思うがいろいろ試してみるか。


天使に命令を言い終えた後すぐにまた彼女の追撃が始まる。猛攻をかわしつつ、新たな試みを始める。


「とりあえず、ほらよ」

氷鎖レイサ。氷の鎖が地面から彼女に向かってその身体を縛るように飛びついた。だが、彼女の剣によって身体に届く前に全て打ち払われてしまった。

その間にディアスはもう一つの魔法を放つ。

「今までの分のおかえし」

新星ノヴァ。ディアスが放った新星ノヴァは残存する魔力を全て使ったものではなく、通常では回避不可能かつ彼女になるべく傷がつかない程度に魔力量が調整されたものだった。本来新星ノヴァの魔力量を調整することなどできはしない。なぜなら新星ノヴァとはそういう魔力だからだ。例えるなら1に1を足すと2になるような、此の世の理そのものなのだ。それを変化させることを可能にするということは此の世の理すらも支配しているということになる。


放たれた新星ノヴァはそのまま爆発し、彼女を焼き尽くし、辺り一面を火の海に変えると思われていたがそうはならなかった。

彼女が新星ノヴァに剣を一太刀振るった。たったその一太刀でディアスが放った新星ノヴァは真っ二つに切り裂かれ、そのまま消えてしまった。


「やはりか。その剣、魔法を無効化できる神具だろ」


彼女の動きがピクリと止まった。

「図星か。まぁあの時から使ってた剣と全く同じ剣に見えるからな。」

そこから彼女は動かない。まるで、やっと話を聞いてくれている様だった。

「だがな、残念ながらその剣は俺を殺すために創られていない。確かに俺の魔法のほとんどを無効化できたとしても全てを無効化できるわけではない。それは先代魔王を殺すために神々によって創られた神具だからだ。俺相手にその剣は少々力不足だ」


「試してやろう。その先代魔王を殺す剣と我とこ最凶の魔王ディアスのどちらが上か」

ディアスの左手から黒いモヤの様なものが溢れ出し、まるでスライムのように地面へとドロドロと落ちてゆく。

極小の空間魔法のリングの集合体それが黒いモヤの正体だった。一つ一つのリングは原子一粒レベルの大きさに等しい。なおかつ、一つ一つに込められた魔力量はディアスの放った新星ノヴァに等しい。それが数多集まりモヤのように見えていた。一度触れれば原子一粒一粒からそのリングによって分離され、溶けるようにその場からなくなる。ディアスだからこそできる荒技な魔法だ。

「さあ、受けてみろ」

リングの集合体が彼女に向かって飛びついた。対する彼女は剣を構える。

モヤと剣がぶつかる。

耳を壊すような甲高い音と大地を切り裂くような重低音とが入り交じった聞いたこともない音が辺りをかきまわった。弾かれたモヤは分裂し再び彼女を襲う。そしてまたモヤを弾き、分裂し、を恐ろしいスピードで繰り返した。そのせいだろうか。少しずつ彼女の持つ剣に傷が入り刃こぼれが目立つようになってきた。そして遂に攻防を諦め、回避に徹するようになった。その姿を見てディアスはモヤを消し去った。

剣はそっと彼女の手から抜け落ち、地面にボロボロになった刀身が突き刺さった。

「終わりだな。言っただろ?その剣では力不足だと。剣のことは安心していい。破片はこっちで完全に管理してるから直せるぞ」

更に話をしようとディアスが彼女に近づく。


剣という切り札の一つを失った彼女と切り札の一つを見せただけでその他損耗なしのディアスではこの戦いにおいてどちらが勝者かは言うまでもないだろう。


まつげが鮮明に見える距離まで近づいた。


「少しは話す気になってくれた…か?」

彼女の無くしたはずの右手には剣が握られていた。さっきまで持っていた剣とは似ても似つかない持ち手から剣先まで青白くまるで氷でできたような剣。

「冰剣…!?」

ディアスがその存在に気づいた頃にはもう冰剣アルマスはディアスの身体へと剣先が動いていた。

「ぐはっ」

肉を切り裂く鈍い音が小さく、でも確かにこの静かな戦場に響いた。


声と音の正体はディアスではなく、彼女だった。


完璧に隙をついたように思われていた攻撃だが、実際に刺したのはディアスの身体の前に作られた空間魔法のリングだった。リングの先は彼女の身体へと繋がってた。

彼女が出した冰剣は彼女自身を刺してしまった。


コユリが得意としていたのは火炎、次いで雷電魔法。適性がない氷結魔法、ましてやその超級魔法の冰剣アルマスを使うなど到底あり得ない話だ。


「もう一度問う。お前の名前は?偽物」


「まぁ薄々そんな気はしていたが。コユリにしては攻撃が弱いし、遅いし、甘いし、ぬるい。その程度でコユリの側を使うな」

冰剣が刺さったままの彼女を顔面から蹴飛ばした。


「だけど耐久はあるらしいな」


わかってはいたはずだ。死者を、それも死者の世界からも完全に消滅した存在を蘇らせることなど不可能であるということを。俺が幾度と失敗してきたことだ。俺が一番理解していたはずだ。それでも…。それでもあんな偽物に魅せられてしまった。そんな自分が憎い。そして何よりあの偽物。どうせ作って仕向けたのはどっかの俺を嫌う神々だろう。


憎い。憎い、憎い。俺が造った、コユリとの約束で造ったこの世界を害する存在すべてが憎い。いっそ全てを消し去りたい。


「あなたの造った世界は歪すぎます。本当にこれが平和な世界というのですか?彼女の想いをこんな形にしてしまっていいのですか?彼女はもっと別の形を夢描いてたのではないですか?」

地面に屈伏していた彼女が口を開いた。


「その声その姿でコユリを語るな!偽物」


彼女が冰剣を片手に再び立ち上がった。

冰剣が刺さったはずの腹部は既に完治していた。

さっき腹部を刺されたとは思えない出で立ちで剣をブレなく構える。


「まだやるのか?ふっ、やってやろうじゃないか。こちらも人に褒められたような気分ではないのでな。少々憂さ晴らしの戦いに付き合ってくれ。偽物…いや、サンドバッグ」


ディアスは身に付けていた白薔薇のペンダントを外して空間魔法のリングへと投げ入れた。リングの先は誰も知らない宝物庫の最深部の一際綺麗に保たれているクッションの上へと繋がっていた。


ペンダントを外した瞬間ディアスの周りに立ち込めるオーラがより一層強く、いやもはや別物になった。

オーラの圧力で彼女は大きくのけぞった。


ペンダントは大丈夫。あとは…。

「天使達!」

上空に声かける。

「万一のためにラファーは残れ。あとは去れ」

「恐れながら申し上げます。それでは主様が…」

「カマー、黙れ。いいから従え」

「…承知しました」

ラファーを除く天使達はそのまま姿を消した。


準備完了。


白薔薇のペンダントが壊れてしまう心配も、天使達が戦いに巻き込まれることも、コユリだと思って気を使うこともペンダントによる能力制限も、全てなくなった。


「ほら、剣直しておいたぞ。すぐ終わってしまっては面白くないからな」

剣を彼女方へと投げる。彼女が剣を拾い上げる。神具と冰剣の二刀流となる。

「なぁ、全部の魔法使えるんだろ?本物と違って」

厭味ったらしく彼女に問いかける。

「ほら、放ってみろよ。一歩も動かず受け止めてやるからよ」

腕を軽く広げ、挑発する。

彼女はその誘いに…乗った。


彼女からノーモーションで大量の魔法が放たれる。

地面から出てきた氷の鎖がディアスに飛びつく。しかし、触れた瞬間に鎖は砕け散った。

数多の火の玉が、氷の粒が、電撃が、闇の刃が、ディアスを襲う。しかし、何も起こらない。傷一つどころか衣装に皺すらつかない。

次の魔法の詠唱と共に彼女が世界から消えた。

「冥暗魔法か。ってことは永劫の檻か冥王降臨ってとこか。」


彼女の姿が再び現れたとき、そのオーラは黒く別人なっていた。

「おい」

ディアスのただ一言それだけでオーラが震えた。

「お前の前にいるのが誰かはわかるよな。冥王」

オーラがさらに震えながら頷く。冥王がディアスに怯えている。

「邪魔だ。去れ」

黒いオーラが彼女の体から抜け出す。

彼女の正気が戻ってからまたすぐに別の魔法を放つ。


新星ノヴァ

ディアスを爆心地としてこの戦場において四回目の新星ノヴァが放たれる。今までで一番大きな規模の新星ノヴァだ。発現と同時に辺りの地面は溶け出し、爆発の衝撃が大地を揺るがす。この世の終わりが何もかもを消し去る。


…ディアスを残して。


爆発の後からは無傷のディアスが現れた。


「終わりか?んじゃ今度はこっちから行くぞ」

一瞬、世界からディアスが消えた。いや違う。はやすぎたのだ。ただの移動、そのはずなのに彼女にも世界にすらその姿を追うことが出来ない。

「やはり遅いな」

ディアスが彼女の後ろに回り込んでいた。

一瞬と言うのも遅いくらい。もはや今までずっと彼女の後ろにディアス立っていたようだった。

そのまま彼女を蹴り飛ばした。恐らく音速を超えていた。衝撃波と共に彼女は吹き飛んだ。吹き飛んだ先にはディアスが既に空間魔法で転移していた。次の蹴りを入れようとしたが、彼女のカウンターが火を噴く。

蹴られた勢いを乗せて冰剣アルマスで切りかかる。しかし、冰剣アルマスがディアスに触れた瞬間、冰剣が粉々に砕け散った。

「なっ…うっ」

そのまま彼女の金髪の髪を掴み、上に持ち上げた。


「その戦い方、やはり知らないのか。お前もお前を仕向けた神々も。」

「なら教えてやる。我に魔法は効かん」

そのまま掴んだ髪を離して再び蹴飛ばした。カウンターの隙すら作らぬ速さで転移してまた蹴り飛ばす。それを何回か繰り返したのち、真上に蹴り上げた。

「試すか」

宙に浮いた彼女の周りに無数の氷の粒が出現した。

「いけ。ミニットガン」

ディアスの掛け声とともに彼女に向かって動き始めた。


ミニットガン。魔法の全属性を巧みに組み合わせて練り上げられる特別な魔法。弾頭は氷結魔法で作られ、推進力は火炎魔法。闇黒魔法で認識阻害、雷電魔法による被弾時の麻痺。そして空間魔法によって予測不可能な軌道を描く。構成するのに0.5秒かかるはずだが、それは白薔薇のペンダントによって制限されていた場合の話。制限がない今構成に時間はかからない。

彼女も負けじと剣で対処する。しかし、いくらかの魔法を無効化できたとしても氷の弾丸は無情に降り注ぐ。

ミニットガンに対処するのがやっとでその上空中という悪環境でディアスの方まで手が回らない。狙われれば一発で堕ちる。

「なかなかにしぶといな」

そんな彼女にとって危機的状況の中ディアスはそれをただ眺めていた。なにか特別な準備をするわけでも、作戦を考えるわけでもなくただ眺めていた。圧倒的強者にしか許されない余裕である。一瞬ミニットガンの攻撃が緩む。その隙に彼女が一気に肉薄する。

「ずっと思ってたんだけどさ。お前、物理法則無視してるよな?」


その言葉に動揺し彼女がディアスから離れた場所に落ちる。


「まぁそんな気は、最初から感じではいたが。オーバーヒートでは説明できない力に光の速度を超えた斬撃。ラファーがいないのにその治癒力。無視し始めたのはそっちだから文句言うなよ」


ディアスが魔法の詠唱を始める。本来詠唱など必要のないディアスが詠唱を始めた。始めた瞬間ディアスが世界から消える。あの時彼女が使った冥暗魔法だ。しかし彼女とは少々使い方が違った。冥暗魔法は特殊効果で詠唱中世界から隔離される。それを利用し、一方的に魔法を発動させる。


隙がでかいからな。このやり方が一番楽で何も考えなくていい。


魔法とは本来順次処理が基本である。例えば火炎魔法と氷結魔法を使いたいならどちらかを発動した後、もう一つの魔法を発動させる。それを高速で行うことであたかも二つの魔法を使っているように見せることは可能だが、完全に並立して行うことはほぼ不可能なことである。そのため冥暗魔法を使った今、発動するのは冥暗魔法であり、発動してしまえば特別効果は終わる。つまり、冥暗魔法だけを一方的に放つことができる…はずだった。ディアスを除いて。

そう、ディアスは可能にしたのだ。本来不可能のはずの並立詠唱を。その難易度は二人と同時に会話をするのに等しい。聞く方ではなく、話す方だ。1つしかない口で二人と二つのことを話すなど考えられないことだ。しかし、ディアスはそれを可能にした。


無慈悲の罪。最凶のディアス。

我ここに己の名の権能を示さん。

『絶対可能』


一瞬、世界が暗闇に染まる。


「冥王」

「はっ!ここに」

「お前の詠唱やめるわ。消えろ」

「え?し、しかしながら…」

「黙れ。従え」

「…了解しました」

冥暗魔法の詠唱をやめた。魔法というのは詠唱を始めたら完了するか失敗するかの二択であるはずなのにディアスはそのどちらでもない選択肢をとった。もはやディアスにこれまでの魔法の常識を当てはめるとこの方が難しいのかもしれない。


詠唱をやめたことでディアスが世界に帰還する。その瞬間に彼女が剣を振りかぶり、ディアスへと光速で突撃する。対するディアスはその場から動かず左手をそっと前に出す。その瞬間、彼女が何もないはずの空間に激突したかのように動きが止まる。そのまま左手を横に動かす。それだけで彼女の身体が大きく吹き飛ぶ。ディアスが手を動かす。それに伴って彼女が右へ左へと吹き飛ぶ。ディアスは彼女に振れているわけではない。ただ手を軽く動かしているだけだ。それだけで彼女は操られるように吹き飛ぶ。物理法則などという存在はディアスを縛ることもできなくなった。


最凶の権能、絶対可能。なすこと全てがディアスの意のままとなる権能。もう、此の世の誰にも止めることはできない。此の世の全ては今、ディアスの手の中にあるのだ。


ディアスが手を軽く払う。その一動作で彼女が空を舞う。雲を抜け水平線が見えるくらいの高さになってやっと彼女が自由落下を始めた。滝から流れ落ちる水のようにもう抗うことはできなかった。

ディアスも空間魔法で彼女のいる場所まで追いつき、共に落ち始めた。


「本当に側だけはそっくりだ」


それだけを言い残し、最後の大技を放つ。

魔法の発動を知らせるディアスの指の音が鳴った。


彼女の四方にそれぞれ武器を持った四つの像が現れる。

火炎魔法超級、焔弓落日えんきゅうらくじつを持った炎でできた真っ赤に染め上がる男。

氷結魔法超級、冰剣ひょうけんアルマスを本来の巨大すぎる大きさで持った氷でできた女。

雷電魔法超級、霆槍ていそうミョルニルを持った雷でできた光り輝く男。

闇黒魔法超級、妖刀ようとうムラマサを持った暗い闇には包まれた女。


本来これらの伝説の武器を扱う魔法は、今自身が持っている武器に伝説の武器を憑依させる形を取る。今のディアスのように伝説の武器をそのまま召喚したり、ましてやそれぞれの像まで作り出すのは人智を超えている。にも関わらず、ディアスは全て並立詠唱で発動していた。


「アルティメイト」

それらすべての攻撃が彼女というただ一点に集中する。

空中で核爆発と言うには小さすぎる大爆発が起こる。その衝撃はかなり距離があるはずの大地を大きく揺るがす。地表はひび割れ、渓谷を形成しようとする勢いだった。もしこれが地上で爆発していたらどうなっていたかなどは言うまでもないだろう。


爆発の中心から小さな影が力なく地面へと落ちて行く。ディアスは空間魔法で一足先に地面に降り立っていた。


落下地点へと歩みを進める。

「まだ生きているのか」

ディアスの前にはボロボロになって横たわる彼女の姿があった。直した剣は根本から砕け散り、服は焼け焦げ、 右脚と左腕は無くなっており、身体中至る所に生傷があった。もうそこには彼女の見る影はなかった。どうやら回復はもう間に合ってないらしい。


「待って、違うの。私、コユリなの。本当にだよ。ずっと無理矢理従わされてただけなの。だから助けt…」


彼女が言い終わる前にディアスが「アブソルート・オメガ」で彼女の首を切り落とした。アブソルート・オメガの追撃の斬撃が彼女を襲う。きめ細かな斬撃によって彼女の身体が跡形も無く切り裂かれる。彼女との戦いは静かに幕を下ろす。


大地は元の形を知らず、朽ち果てた戦場を後にディアスは立ち去る。ただ一言「不愉快だ」と空に呟いて。


その後数千年、その場所は彼女とディアスの戦いにより溢れ出た濃い魔力に汚染され続けていた。

その場所をディアスがいなくなった数百年後の世界の人々はこう言う「果の大地ネクロマティカ」と。

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