私の彼氏は、私を殺した罪で死刑になった
@ruka-yoiyami
第1話『わたしが死んだ日』
正しさは、誰のものだろう。
窓の向こう、倫理都市(エトシティ)0024区の空は今日も美しかった。赤く濁った太陽光が、蒼白いバリアを通して無菌の街を照らす。その光は、まるで滅菌された手術室の照明のように、世界の隅々までを無慈悲に暴き出す。この街では、感情はウイルスのように排除され、思考はアルゴリズムによって最適化される。誰もが「正しく」、誰もが「清らか」だ。
私は、「模範市民」だった。倫理値9.98。これは上位0.01%。倫理委員会から授与された純白の制服は、私の肌に吸い付くように馴染み、その完璧さを証明していた。結婚対象ランキングでも常に一位。誰からも好かれ、誰も私を疑わない。私の人生は、一点の曇りもないガラス細工のように輝いていた。
けれど。
「お前を殺した」と言った男に、私は恋をしていた。
その男が収容されていたのは、倫理値0.01の“死刑区”。倫理都市の最深部に隠された、人間の底辺。そこは、感情の澱が渦巻く、この世界の「汚点」だった。その存在すら国民には伏せられた、闇の領域。
彼の名は、〈律〉。倫理審判によって私殺しの罪で死刑判決を受けた。彼の瞳の奥には、倫理値では測れない、狂おしいほどの感情の炎が揺らめいていた。
けれど、私は生きていた。
私の心臓は、今日も規則正しく鼓動を打っている。指先は温かく、呼吸は穏やかだ。あの日の記憶は、まるで霧の中に閉ざされたように曖昧で、確かなのは、私がここにいるという事実だけ。
今日、街で——私は“自分自身”に出会った。
それは、倫理都市のメインストリート、無機質な白亜のビル群の影で、突然現れた。
まったく同じ顔。私の鏡像か、あるいは幻か。
まったく同じ声。私の内側から響くエコーか、それとも。
まったく同じ記憶。私の頭の中を覗き込んだように、彼女は私の過去を知っていた。
「……あなた、わたしなの?」
私の声は、震えていた。完璧な模範市民の仮面が、初めてひび割れる音を立てた。
彼女は、私の問いに、静かに、しかし確信に満ちた声で答えた。その声は、私の心臓の奥底に、冷たいナイフを突き立てるようだった。
「ううん。私は、“あなたになろうとした、わたし”」
倫理値制度が導いた“幸福な死”と、“不幸な愛”。
何が正しいのかなんて、もうどうでもよかった。
私の世界は、彼女の言葉によって、根底から崩れ去った。完璧なガラス細工は、音を立てて砕け散り、その破片が私の心を切り裂く。
倫理値。模範市民。愛。死。
そのすべてが、偽りだったのかもしれない。
私はこの世界を、もう一度「好きな人と一緒に死ねる世界」に変えるため、再び罪を犯す。
たとえそれが、この完璧な倫理都市を、感情の混沌で染め上げることであったとしても。
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