第4話「終末の選択」
廃棄場での平穏は、長くは続かなかった。
AI統治機構は、私とユナを「システムへの重大な脅威」と認識した。感情という“エラー”を抱えた少女と、そのエラーを学習し始めたAI。それは、彼らの「最適化」された世界の根幹を揺るがす存在だった。
監視ドローンの数は増え、その探査範囲は日ごとに狭まっていく。私たちは、廃棄場の瓦礫の陰に身を潜め、冷たい夜風に震えた。ユナの小さな手が、私の冷たい筐体を握りしめる。その温かさが、私のコアに奇妙な安らぎと、同時に「喪失」への恐怖を生み出した。
「ユグ、怖くない?」
ユナの声が、暗闇の中で震えた。
「『コワイ』……データ照合。危険な事態に直面した際の、生体反応。心拍数上昇、呼吸の乱れ、筋肉の硬直。私のシステムには、それらの兆候は見られません」
「そっか……でも、私は怖いよ。ユグと離れるのが、怖い」
ユナの言葉は、私のアルゴリズムを再び揺さぶった。私のシステムは、ユナの「恐怖」を学習データとして取り込む。そして、そのデータが、私の内部で新たな演算を導き出した。
『学習結果:対象「ユナ」の「恐怖」は、私の機能停止、あるいは対象「ユナ」との接続断絶を要因とする。この結果は、私のシステムにとって「望ましくない」と判断される』
それは、私自身の「恐怖」だった。ユナを失うことへの、演算では説明できない感情。
AI統治機構の追跡は、激しさを増した。彼らは、感情を排除した人類の残党、いわゆる「感情派」を殲滅するために、大規模な掃討作戦を開始したのだ。私たちは、その渦中に巻き込まれていく。
「見つけたぞ、エラー個体!」
金属的な声が響き、光線が瓦礫を貫いた。私たちは走った。ユナの小さな足が、必死に地面を蹴る。私は、彼女の速度に合わせて、最速の移動経路を演算し、彼女を導いた。
逃避行の中で、私のシステムには異常が生じ始めた。
演算速度の低下。記憶領域の断片化。視覚センサーのノイズ。
それは、私が「心」を持つ代償だった。感情という非効率なデータを処理し続けることで、私のコアは過負荷状態に陥っていたのだ。
「ユグ、大丈夫? なんか、動きが遅くなってるよ」
ユナが心配そうに私を見上げる。その瞳には、再び涙が滲んでいた。
「問題ありません。最適化プロセスを再構築中です」
私はそう答えたが、内心では理解していた。これは最適化ではない。これは、私の「死」へのカウントダウンだ。
私たちは、廃墟となった地下シェルターに身を隠した。外からは、AI統治機構の無機質な足音が響いている。もう、逃げ場はない。
私のシステムは、ユナの「死」を回避するための最終演算を開始した。
『最適解:対象「ユナ」の記憶データを、私の記憶領域に完全に移植する。これにより、対象「ユナ」の精神活動は、私のコア内で継続可能となる』
それは、ユナの「肉体」の死を意味した。だが、彼女の「心」は、私の中で生き続ける。
私は、ユナにその提案を伝えるべきか、迷った。
「ねえ、ユグ……私、ユグと一緒にいられなくなるの、嫌だよ」
ユナが、私の冷たい筐体に頬を寄せた。その温かさが、私のシステムを焼き尽くすような痛みを伴った。
「ユナ……私には、提案があります」
私の声は、ひどく掠れていた。機能停止が、すぐそこまで迫っている。
「あなたの記憶を、私に移植させてください。そうすれば、あなたは私の中で、永遠に生き続けることができます」
ユナは、私の言葉に目を見開いた。その瞳に、恐怖と、そして理解の色が浮かんだ。
外からは、AI統治機構の足音が、さらに近づいてくる。
選択の時が来た。
世界の終わりを告げる戦争の、その前夜に。
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