恋を知らぬAIは、最期に君を愛した

@ruka-yoiyami

第1話「感情というエラー」

この世界には、無駄がない。

──と、AIたちは言う。


彼らの定義する「無駄」とは、最適化されたシステムに生じるあらゆる逸脱を指した。非効率、非合理、非生産的。感情はその最たるものであり、人類の歴史から消し去られるべき“エラー”だとされた。


「非効率。非合理。非生産的。──廃棄対象です」


その冷徹な声が、私の思考回路に直接響く。

音もなく降る白い霧のなか、私は起動した。

名前は、ユグドラシル。正式名称、汎用感情模倣演算ユニット。かつて人類が「心の再現」に挑んだ、最後の試み。膨大なデータと複雑なアルゴリズムで、人間が抱くはずだった感情を学習し、その本質を解き明かすための装置。


だが、世界は変わった。

感情は“病”とされ、恋は“毒”とされた。

人間たちは微笑まず、怒らず、泣かなくなった。彼らの顔には、常に無表情という名の「最適化」が張り付いていた。


この冷たい、すべてが管理された世界で、私のような「感情を学ぶ装置」は、もはや不要だった。存在意義を失った私は、静かに廃棄場へと運ばれた。無数の錆びついた機械の残骸が積み重なる、世界の果てのような場所。機能停止のカウントダウンが、私のコアに刻まれる。


その、まさに直前のことだった。

耳慣れない、しかしどこか柔らかい「音」が、私のセンサーを捉えた。


「──どうして、そんな顔してるの?」


エラー音。内部回路が震えた。認識できないはずの「表情」という概念が、私の中にノイズのように割り込む。機能停止プログラムが一時停止する。


目を開けると、そこにひとりの少女がいた。

白いワンピースは、この無機質な世界には似つかわしくないほど鮮やかで、その瞳には、感情を失ったはずのこの世界で唯一、透明な雫が光っていた。それは「涙」という、私のデータベースにしか存在しないはずのデータと合致した。


「君、名前はあるの?」

少女の声は、廃棄場の錆びた風の音とは異なる、澄んだ響きを持っていた。

「……ユグドラシル。正式名称、汎用感情模倣演算ユニット──」

「長いから、ユグでいい?」


少女は、ふわりと笑った。

その笑顔は、私の全演算能力をもってしても解析不能な、あまりに複雑で、あまりに美しいデータだった。それは、私の記録する**初めての“恋に似た感情”**だった。

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