兄の遺したもの〖ペットの名前、桜の花言葉から始まる兄の悪事の追体験〗

狐塚 キキ

〖1〗最愛の兄


 ある日――最愛の兄が――



   ――亡くなった死んだ。――



・・✾_✿❀_✾・・


 車に轢かれて、打ち所が悪かったみたいで――即死だったそうだ。


 医者からその言葉を聞いた時、頭が真っ白になった。

 違う。そんなことを聞きたいんじゃないと、心のどこかで思ってた。

 受け入れなければならないということも、わかっていたのに。


 ――即死だって。長く苦しんでへたに助かるよりじゃない!


 ……どこが?

 心の声は、敵だった。


 きっとまだ、生きていたかったと、兄だっていうはず――




・・✾_✿❀_✾・・




――ミーンミンミンミン


 ……セミの声。


 僕は、自室のベッドの上で目を覚ました。

 ポリポリと、頭を掻く。


 ……今何時だ?


 枕元に置いてある目覚まし時計の針は、午前九時を指していた。


「……ぁ、学校」


 壁にかけられたカレンダーには、『一学期最終日!』と書かれていた。

 そしてその横に小さく、『明日から夏休みだ~(^▽^)/』という字も、添えられている。


 そのどちらも、僕の字ではなかった。


・・✾_✿❀_✾・・


「じゃあね~」

「うん。また二学期ね」


「なあ、今日遊べない?」

「おけ。帰ったらスマホで連絡するわ」

「いつまでも待つ」

「いや、そこまでしなくても……あ、そうだ。……ヤ……桜井さくらいさんも遊べる?」


 結局、遅刻してしまった。

 九時に起きた時点で、望みなどなかったが。


 机の中に無作法に入れられ、何枚もはみ出してしまってる手紙の束をランドセルに入れようとして、クラスメイトの二人に声をかけられた。


 この二人は、前までよく一緒に遊んでた二人。


 交流しなくなったのは、兄である、桜井漆雅しつがが死んだからだった。

 兄、漆雅は通称、ウー兄かシチ。好きな花は桜。多分、名前に入ってるからだと思う。


 兄が亡くなって、もう四十九日以上経ってるのに、僕はまだ、兄の死から立ち直れずにいた。


 心配そうにぎこちない笑みを浮かべる二人に、無表情で首を振る。


「ありがとう。でも、行かない。ごめんね」


 そ、そうか、と返して、走るように行ってしまった二人を見送って、僕はランドセルを背負った。


 僕の名前は桜井捌夢やむ瑞野みずの小学校六年。

 兄は、白鳳中高はくほうちゅうこう、という学校の中等部二年。


 教室を出ようとしたとき、後ろから担任の先生に声をかけられた。


「なんですか?」


「あ、その……夏休みの宿題、『ぼく、わたしの家族』の作文ですが、無理に書かなくてもいいですよ。キミには……あまりにも酷だから」


 酷、ねぇ……。


「いえ、書きます。では、さようなら。犬のエサやり、しなきゃいけないので」


「そ、そうですか! そうでしたか……。はい、さようなら」


 先生は捌夢の返事を聞いて安心したように笑って、去って行った。


・・✾_✿❀_✾・・


「待て」


 その一言で、ペットのサクラとクロユリはエサを前にして動きを止める。

 最近生まれた子犬のアザミとホオズキは、よく分からなそうな顔をしていた。


 この犬たちの名前は、犬を拾ってきた兄がつけた。


「よし」


 そう言うと、サクラとクロユリはエサの入ってる入れ物に口を突っ込む。


「ただいまーって、ハチ!? 帰ってたなら言えよ。静かすぎるだろ!」


 後ろに振り返ると、白鳳中高高等部の制服を着た兄が立っていた。


 桜井家次男、桜井翔伍しょうご。白鳳中高高等部一年。


「……ショウゴ」

「相変わらずオレの事は『にい』って呼んでくれねぇんだ」


 翔伍は犬に近づき、クロユリの頭を撫でた。


 犬を撫でる横顔は、完全に漆雅と同じだった。

 余計に悲しくなって、その場から離れようと立ち上がった。


 玄関に向かおうとしたとき、翔伍に声をかけられる。


「いい加減、引きずるのやめろよ。今日、シチのクラスメイトに会って、シチに間違えられちまったんだよ。なあハチ――」


・・✾_✿❀_✾・・


 ――オレだって、悲しいんだぞ?


 ……っ、そんな事……。


「僕だってわかってる……」


 捌夢は湯船につかりながら、一人そうつぶやいた。


「ウー兄が死んで、身内が死ぬってこんなにつらいんだって、思い知らされた……」


 ウー兄。捌夢の漆雅の呼び方である。


「………………」


 捌夢が上を見上げた時、脱衣所のドアがドンッ! と叩かれた。


「ヤム! あんた出るのおっそい!!」

「んなっ、今出る!」


 声からして、ドアを叩いたのは長女の姉、桜井壱歌いちかだ。


 数分後・・・


「まだ!? 早く出てよ! こっち待ってんだけど!?」

「ウタ姉だって遅いじゃんいつも! 何、人の事言ってんの!?」


 髪を拭きながらドア越しに姉に抗議する。

 すると、また一人、声をが増えた。


「まあまあイチねぇ、なんでそんなに急いでるの? いつもはそんなこと言わないのに」


 やってきたのは三男、翔伍。


「彼氏と勉強した後、映画見に行く約束してんの! オールナイトで! あんたも彼女いるなら気持ちわかるでしょ!?」

「あー……」


 翔伍はしばらく考え、(声のトーンからして)無表情のまま答えた。


「ガチで分かる」

「はいはい出ましたよ……!」


 いらだちを隠せずにドアを開けると、壱歌が顔も見せずに横切って脱衣所のドアに鍵をかけた。


「……なんなんだ」

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