遥か遠くの白雪
popurinn
第1話
臙脂色の布張りのソファに座っていたのは、小さな老女だった。
白っぽいドレスを着て、ショールを膝にかけている。
ショールは、エキゾチックな模様だ。
蛇の顔のような赤い色が、彼女を威嚇しているように見える。
窓の外の陰鬱な天気だが、部屋の中は明るかった。
それでも、この老人たちだけの施設の、どこか寂しげでやりきれない退屈さを隠せない。
当たり障りのない壁紙の色、なんでもない額入りの風景画。
忘れられた人々が暮らす場所だ、
近づくにつれて、彼女の肌がはっきり見えはじめた。
頬の上に砂を蒔いたように広がったソバカスと、右の頬骨の下あたりにある褐色のシミ。
深く刻まれた皺が、粘土のように顔中に張り付いている。
皮膚の乾きは、旅の間に彼女がさらされた風や雨を彷彿させた。年中湿った霧に覆われるここエディンバラに暮らす女たちの、陶器を思わせる白い肌とは対照的な皮膚だ。
突き出た額の下に、小さな目。そして目立って大きな鼻。
唇は、年齢のわりにはぽったりと膨らんで、その上瑞々しく輝いている。
あとでわかったことだが、彼女はわたしたちと会う直前に、ハチミツを舐めたばかりだったという。
看護師がやって来て、ソファの横にあった小さなテーブルから、ハチミツの入った瓶を持ち去ったあと、わたしは彼女の声を聞いた。
「どこのお話を聞きたいの?」
彼女の声は、太くしわがれていたものの、はっきりとしたよい発音だった。
世界各地を旅して、その紀行文を発表した女性にふさわしい威厳に溢れた声だ。
イザベラ・バード。
人生の半分を、世界の各地、主にアジアを中心に旅をした女性探検家。
彼女が妹のヘンリエッタに当てた手紙をまとめた紀行文は、イギリスで高い評価を受け、イザベラ・バードは英国地理学会の特別会員となった。
彼女の踏襲した土地の名前を、わたしは空で言うことができる。
サンドウィッチ諸島のオアフ島、コロラドのグリーリー。
日本、そしてマラッカ、カシミール、イスファーン、タジキスタン――。
イザベラ・バードが訪れた場所は多岐に及ぶ。
だが、彼女の名声を不動のものにしたのは、訪れた場所の多様さではなかった。
一八七〇年代から三十年弱の間に彼女が訪れた場所には、誰も足を踏み入れたことのない場所が含まれていたのだ。
彼女はアジアの奥地の未踏の地に、女性でありながら、特別な隊商を組むことなく分け入り、彼女自身の目で実際に目にしたことを、紀行文としてまとめたのである。
こんな女性を、わたしはほかに知らない。
わたしの知っている女性の中にも、遠い辺境の地に赴いた者はいる。だが、彼女らは、夫の付属品として出かけていったのだ。
イザベラのように、自分で行く先を決め、泥の道や砂嵐に耐え、何日も体を洗えない場所とわかっていながら出向いていったのではない。
わたしはいっしょにやって来た友人――マギーとともに、イザベラの前に置かれた椅子に腰掛けた。
座った途端、イザベラから奇妙な匂いが流れてきた。
黴のような臭い。
思わずわたしは、横に座ったマギーの顔を見た。
マギーは瞬間鼻を動かし素早い瞬きをした。それは気にしてはだめよという合図だった。
イザベラは高齢者なのだ。
誰もが同様に年を取り、老人特有のものを
わたしたちが顔を向けると、イザベラは満足そうに頷いて見せた。
ああ、偉大な女性の話が聞けるのだ。
わたしの胸は期待に膨らんだ。
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