第6話 革命軍と言う名の反乱軍は国家転覆を企てているようだ

 深夜零時をまわろうとしていた頃、中々寝付けないでいた私の耳に微かな足音が聞こえた。暗闇に目を凝らしてみると、月明かりに照らされる黒いシルエットが浮かび上がった。

 寝る前に二つの寝室をどう使うかで揉めて結局一部屋を私が占領することになった。最後まで司が私と同じ部屋が良いと駄々をこねていたから、性懲りもなく夜這いしてきたのかと思っていると、シルエットは私の寝台に近付き上掛けを剥いだ。



「恨みは無いがアンタを殺す!」


「はあぁ?」


 次の瞬間、キラリと光る短剣が私目掛けて振り下ろされた。


 グサッ!


 間一髪、私が寝ていた場所に刃が刺さる。


「あっぶないわね~! 怪我するじゃないの!」


 幼い頃から家の方針で武道を習わされていた。そのお陰で咄嗟に身体が動いたのだ。


「なっ!? 俺の攻撃を躱すとは……貴様、聖女の影武者か?」


 襲撃者は黒装束を纏い目だけが鋭く光っていた。


「正真正銘の聖女ですけど、何か?」

「そんな訳あるか!? 聖女は怠惰で軟弱な存在だ。そして狡賢い! 既に影武者を用意していたとは誤算だった」

「滅茶苦茶偏見があるのね。前の聖女と一緒にしないでほしいわ」

「……はぁ?」


 その時、両側の扉が開き隼人と咲夜そして司がドタバタと入って来た。


「お嬢、無事か!?」

「ブタ、コラ、ブタ! 殺すっすよ!」

「僕はここだよ! ブタじゃないけど、ね!」


「チッ!」


 襲撃者が舌打ちと共に懐から何かを取り出し床に投げつけた。ボンという音と共に黒い煙が辺りに充満し、ガシャーンというガラスが割れる音がした。


「ゴホッ! いやだ目が痛い!」

「お嬢、大丈夫っすか?」

「取り敢えず廊下に出よう」

「忍者の末裔かな?」

「お気楽な事言ってじゃねぇよ、タコ」


 私を殺そうとした男はいったい何者なのか? 私には恨みは無いが聖女を憎んでいるかのような物言いだった。家族を魔物に殺された者の逆恨みか……?


 廊下に出ると護衛兵が昏倒していた。ガラスの割れる音が聞こえたのか数人の近衛兵が走って来ている。


「何があったのですか?」

「何がって……殺されそうになったわ」

「えええ!!」

「色々訊きたいから偉い人叩き起こしてきて」





「反乱軍?」


 結局、偉い人を叩き起こす勇気ある近衛兵がいなくて別の客間で一夜を明かし、翌朝朝食を済ませた後王城の会議室に通された。そこには王子のルシファーとこの国の宰相が居た。


「十五年程前に突如現れ『革命軍』を名乗り国家転覆を目論む輩です。この大陸の王家や神殿は悪だという思想を掲げ、いたるところで問題を起こしているのです」

「国家転覆……」

「王家は良いとして、何で神殿まで狙われてんだ?」

「隼人さん、ひと言多いっす」

「アハハハ。貴方たちの世界の冗談なのですね? 和みます」

「ポジティブシンキングな脳内だね~王子」

「お前の脳内と変わんねぇぞ」


「ゴホン! それは奴らが悪魔を崇拝しているからです」


 宰相の言葉に場の空気が凍った。前世を思い出す前なら鼻で笑っていたかもしれないが、そのワードは私たちの琴線に触れる言葉だ。


「悪魔?」

「そうなのです。奴らは二十年ほど前に処刑された罪人の仲間で危険な思想の持ち主なのです」

「処刑された罪人?」

「ええ。悪魔と契り私の母を殺そうとした女です」



『悪魔に処女を捧げ、その腹には悪魔の子を宿す穢れた魂の咎人……元侯爵令嬢リーナ・ロッサム』

『この火炙りの刑は悪魔を滅し、穢れた魂を聖なる炎で浄化する事だろう!』



「悪魔と契り? まだそんな事言ってんの?」



 前世の怒りが私の心に渦巻く。何が悪魔だ! 何が聖なる炎だ! 誰にも恥じる行いなどしてきてはいなかった。皆の幸せを願い寝る間も惜しんで頑張った事は罪なのか? 公明正大な姿は王子の婚約者として許されないのか?


 わたくしがいったい何をしたと言うの!?



「莉奈ちん、落ち着いて」

「ど、どうされたのです? 聖女様」

「悪魔なんていないわ! 人間が創り上げた偶像よ!」



「いいえ! この世界に悪魔はいます!」



 甲高い声と共に王妃が入って来た。豪奢なドレスと煌びやかなアクセサリーを纏い、相変わらず見目の良い護衛をこれでもかと侍らせている。


「母上」

「王妃様」


 息子と宰相に頷いた後、隼人と咲夜に微笑むのを忘れない王妃。その姿に頭に上った血が一気に下りて冷静さを取り戻した。


「同郷のよしみでわたくしがお話しいたしましょう」

「あっそ。じゃあ、よろしく」


 敬意も何もない私の言葉、王妃のこめかみにピキッと青筋が浮かんだ。後ろの護衛もざわついている。でも私は唯一無二の聖女、これ以上へそを曲げられては困るだろうから怒気を抑えているみたいだ。


「二十二年前も今のようにこの大陸は瘴気に覆われました。そして召喚されたのがこのわたくしです。わたくしは当時王子だった国王陛下と共に瘴気を祓う遠征に赴きました」

「それで?」

「浄化がもうすぐ終わるという時にわたくしは毒を盛られたのです。わたくしと陛下の仲を疑った陛下の婚約者に」

「事実無根の疑いだったの?」

「そうです! 今は結婚していますがわたくしと陛下が愛し合うようになったのは毒を盛られた後なのです。苦しむわたくしを親身になって看病してくれた陛下に恋心をいだいてしまったのですわ」


 嘘を吐け! 召喚されて直ぐだったじゃない!


「で?」

「んんん! あらぬ疑いをかけた婚約者は嫉妬に駆られ悪魔と契約を結んでいたのです。処女を捧げて」


 パリーンと言う音と共に出窓の花瓶が落ちて割れた。その音に驚いた王妃が「キャッ」と小さな悲鳴を上げる。


「風でしょうか? おい窓を閉めろ」


 侍従が素早く動き破片を片付ける。と言うか、風吹いてた?


「悪魔を見た人とか居るの?」

「いいえ。でも彼女の部屋には悪魔召喚の魔法陣が描かれており、何人もの男女が夜な夜な邸に出入りし、おぞましい声を上げていたと侍女が証言しています。そして彼女自身も妊娠しておりました」


 捏造ヤバくない? 信頼して雇っていたのに使用人全員探し出して鉛玉ぶち込んでやろうかしら?


「わたくしの殺害に失敗した彼女は直ぐに処刑されたのですが、その残党が徒党を組み革命軍と名を打って悪魔崇拝を広めようとしているのです」

「なるほどね~」


 死人に口なしって事ね。運よく現れた反逆者を居もしない残党とやらに作り上げ有りもしない罪をでっち上げる。異を唱える相手が居ないから捏造し放題って事ね。

 そう言えば前世の父と兄はどうなったのかしら? この世界は一族郎党皆殺し的な法律は無かった筈。


「もしかして……その残党の中に処刑された彼女の親族も居るの?」


 溺愛された記憶は無いけれど蔑ろにされてはいなかったと思う。


「どうでしょう? でも処刑された半年後に彼女の父親がわたくしと陛下が暮らしていた離宮に押し入って来ました。わたくしたちは丁度離宮を留守にしていて難を逃れたのですが駐屯していた老騎士たちや使用人が全員犠牲になりました」

「ハッ! そう言う事……」

「ん? どうしたの咲夜」

「いや、何でもないっす」

「で? 父親は捕まったの?」

「その場で処刑されたそうです」

「あと、彼女には錬金術師の兄が居たそうなんですが家族を喪った所為か錬金術が使えなくなり狂って自殺したそうです」

「……そう……」


 もうこの世界に私の家族だった人は居ないのね。


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