第5話 口を封じられた老騎士 ※別視点

 ――まさかお嬢がリーナ様の生まれ変わりだなんて……。


 王宮で風呂に入っていたら眩暈と共に前世の記憶が蘇った。この世界に引き込まれたのはもしかしたら必然だったのかもしれないと思っていたら……まさかお嬢までも転生者だったなんて。


 でも、俺が転生者だって事はお嬢には言えない。前世の俺はリーナ様の処刑に関わったひとりだからだ。


 前世では近衛騎兵団の一団長を任されていて、時折リーナ様とも顔を合わせる機会があった。孫たちも彼女を慕っていて顔を見る度駆け寄って纏わり付いていた。


「サークナイト団長。三人目のお孫様がお生まれになったそうでおめでとうございます」

「ありがとうございますリーナ様。次男の所に生まれたのですよ。初めての女の子で抱っこしたら潰してしまいそうで扱いに困っている所です」

「そう言えばご子息も男三人でしたわね?」

「そうです。知っての通り長男の子は男二人ですから多少乱暴に扱っても腕白になるだけでしたが……女の子はポキッと折れそうで怖いのですよ」

「まあ! どんな風に抱っこしているのか見てみたいですわ」

「いや~団長らしからぬへっぴり腰ですので見せるのは勘弁してくださいよ」

「それは残念です」


 スチュアート殿下の婚約者として侯爵家の令嬢として公務をそつなくこなし、殿下とも仲睦ましく過ごされていて、平の兵士や城の使用人にも気配りを欠かさず皆に慕われていたリーナ様。


 この人なら未来の王妃として国王を支えて下さるだろうと皆が思っていた。


 そんな時、我が大陸が瘴気に飲み込まれてしまった。すぐさま聖女召喚が行われ黒髪の少女が現れた。




 俺の所属する騎士団が遠征に加わった。遠征は百人態勢で野営をしながら十日単位で行われた。十日目に城に戻り物資を調達し聖女の疲労回復が出来次第また違う遠征場所へと赴いた。

 最初は円滑に進んでいた浄化だったが、月日が経つにつれ聖女の疲労が中々回復出来なくなっていた。

 王宮内ではスチュアート殿下と聖女が庭園で茶会をしていたとか市井にお忍びで出掛けたとか真偽の分からない噂が出回り、浄化の済んでいない土地の領主や隣国から不満の声が上がってきていた。



「舞踏会? 何故こんな時期に?」 


 そんなある日の事、王家主催の舞踏会が催される事になった。浄化も終わっていない中、正気の沙汰とは思えない華やかな催しに誰もが首を傾げた。


「聖女様の英気を養う為らしい」

「はあ?」

「奇麗なドレスを着て楽しくダンスしたらやる気が出るって言っているらしい」

「正気か? 誰も止めなかったのか?」

「スチュアート殿下の主催らしい」


 信じられなかった。浄化が滞っていると聖女に対する国民の不満が溢れそうなこの時期に舞踏会だと? その予算はいったいどこから出ると思っているんだ!




「先に浄化を進めるべきです!」


 王宮の一角で凛とした声が響いた。リーナ様の声だった。スチュアート殿下と向き合い言葉を交わしている……と言うより言い争っていた。


「聖女の憂いを取り除くのも王家の役目だ!」

「聖女様の憂いと舞踏会に何の関係があると言うのですか?」

「アキナは日々の遠征で疲れ果てているのだ! 少しくらい休暇を楽しむ事も必要だろう!」

「少し……? 既にひと月は遠征に赴いておりません! 魔物は聖なる武器で倒せても汚染された土地は聖女しか浄化できないのですから!」

「煩い! 舞踏会が終わったら直ぐに遠征に出る! 余計な口出しはするな!」


 怒りを露わにし踵を返す殿下を淋しげに見送るリーナ様の姿がそこにあった。瘴気がこの大陸を飲み込むまでは仲睦ましい二人だったと言うのに。


 そして悲劇が訪れた。




「あり得ない!」


「ですが、侯爵令嬢が聖女様に差し入れた茶葉から毒が抽出されたと発表されました。悪魔と契約して聖女様を亡き者としようとしたとか……」

「悪魔? そんな架空の偶像を持ち出して誰が信じると言うのだ! きっと何かの間違いだ……彼女に限ってそんな馬鹿な事は……」

「嫉妬に駆られて思わず、って事もあるかもしれませんよ? 先日令嬢と聖女様が言い争っている所を王宮の使用人が見ていたそうですから」


 嫉妬に駆られて……あの日の彼女の淋しげな顔が脳裏を過ぎった。


 聖女毒殺未遂と悪魔崇拝の話は瞬く間に広がり、聖女を心配する声とリーナ様の処刑を望む声が大陸中に広がった。その後魔道具でリーナ様を調べた結果妊娠が発覚し、悪魔の子を宿しているとされ火炙りの刑が決定した。

 魔道具は誤作動を起こさない。父親が悪魔でない事は分かるが、きっと淋しくて腹の子の父親に縋ってしまったのかもしれない。


 ――その時の俺はそう勘違いしていた。まさか地下牢でそんな行いがされていたなんて……。



 そして処刑当日。ほんのひと月足らずで見る影もなくなったリーナ様が引きずられ歩いていた。民衆の怒号が彼女一点に集中していた。処刑の中で最も苦しむと言われる火炙り。俺は火を放つ処刑人に紛れ込み、せめて早く楽になれるようにと首目掛けて矢を放った。




 処刑からひと月あまり、大陸が浄化され百年の安寧がもたらされた。大陸中が喜び、安堵し、聖女に感謝した。


 そしてその半月後にはスチュアート殿下と聖女の結婚式が行われた。広場に集まった民衆が二人に笑顔で祝いの言葉を投げかけていた。まるでひと月半前の処刑を払拭するかのように……。




 その後聖女……王太子妃は遠征の疲れと毒殺されそうになった事による心労が重なった為、王太子と一緒に離宮で生活する事になった。俺はここでも護衛のひとりに選ばれた。


「退団間近な老兵ばかり集められたな。殿下は最愛の妃に若い男を近付けたく無いらしい」

「まあ、護衛と言っても形だけのものだからな。平和な世の中になったんだ、王太子妃に害が及ぶ事は無いさ」

「そうだな。早くお元気になられるといいのだが」


 そして定期的に来ていた医師により王太子妃の妊娠が告げられた。



 それから半年が過ぎた頃、離宮内に赤子の泣き声が響いた。


「死産?」

「ああ、予定より三ヶ月も早いからな。助からなかったらしい。まだこの事はかん口令が敷かれているから口外しないようにとのことだ」

「そうか……お可哀そうに……」


 あれだけ元気な産声だったのに亡くなられたのか……。


 ――亡くなってなどいなかった。きっと生まれた日付を誤魔化す為にどこかに隠して育てていたんだ。


 その日の深夜、離宮に盗賊が押し入り離宮に住む使用人達が殺された。俺たち老兵は職務怠慢で王太子夫妻を危険に晒したとして即日処刑された。


 ――今なら分かる……いくら深夜だからと言って盗賊が物音も立てずに人を殺したりは出来ない。おそらく犯人は王家の暗殺部隊! 赤子の泣き声を聞いてしまった俺たちは……口封じに殺されたんだ!


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