第9話
第三十四章 更新
納品してから更に数日。実里は青い顔をしていた。
ギルドから手渡されたのは、中金貨や大金貨の詰まった袋。それも美術商による鑑定書付き。
そう、あのジオラマ作品の報酬である。
貰いすぎに困った実里は、教会にいくらか寄付と言う名の返却を行い、仲間二人への採取報酬もイロを付けて渡すもまだまだ残る報酬。
そこでふと疑問が実里の頭をよぎった。
「あのー、私達冒険者の税ってどうなってるの?」
「それは、報酬がギルドから支払われる時に引かれていますから、特段気にすることはありませんよ」
「じゃあ、今回直接受けていたら……」
「少額の依頼報酬なら見逃してくれるかもしれませんが、今回の場合ですと……」
「ギルドで話して税の処理をやってもらうしかねぇな。手数料払って。でないとどこからともなく徴税の奴が来るかもしれん」
「うげぇー」
二人の話を聞いた実里は苦い顔を浮かべた。
しかし、これだけのお金を自由に使えるとなると、前々から考えていた事ができるようになる。
それは木材製のハンドメイド品をプラスチック製の既製品に切り替え、二人目も用意することだ。
また、ケースにもサポートスロットなる新しい機能が追加されたので、その分のキットも用意したくなる。
実里はまた、夜に『当所』で買い物をすると伝えると、二人もどんなものを買うのか興味津々でついて行きたいと言い出した。
流石にこれは実里も渋り、また彼女自身が判断できるものではないので、通信機を二人に差し出した。
『却下です』
ものの見事に一刀両断である。
事情を聞いたサツタの開口一番がそれだ。
理由としては、元々『当所』は中立であり、それぞれの世界への介入自体消極的である。
そして、当然ながら文明外の品を持ち込むことは介入と言える。
実里の場合は『当所』の協力者であることと、先方つまりこの世界の神に許可をもらっている。さらに、元々がただの玩具にしか見えない模型のため、例外として扱われてる。とはいえ極端な話、実里が模型として『
それはさておき、『当所』として止めたい理由の一つを例えるなら。
『例えば、ふざけた条約案が提出されたときに、それを王に見せる前に却下するのは外交官の当然の仕事でしょう? 王が仕事に対していい加減であればなおさら』
と、神がいい加減だから、『当所』が節度を持って規制せざるを得ないというのだ。
逆に相手がしっかりとした神様であるならば、伺いをたてていたとのこと。
その他にもサツタは問題点をドンドンと列挙し、二人は諦めるしかなかった。
それと同時に、いい加減な神様に対して、恨みがましく思ったようである。
翌日、食事も終わり、今日の依頼はとギルドに出掛けようとするも、懇願する二人に阻まれて部屋を出ることができない。
よほど何を買ってきたのか気になるようだ。
諦めた実里は部屋に残り、購入したものを広げていくのであった。
「ほー、これが買ってきたものか。透明な袋に入っているのはなんか色々繋がっているんだが……なんだこれ?」
「わたし達はランナーって呼んでるよ。部品の集まりだね。そこから切り出して作っていくんだよ」
「それ、手間ではありませんか? なぜ最初から外されていないのですか?」
「これ、装備単体だからそう見えるだけで。本体見たらそうも言ってられなくなるよ? 後壊れやすいから、こっちの方がいいの」
こんな感じで二人による質問の嵐に苦笑いしながら答えていく。
中でも原材料を聞かれた時に、いくつかの前置きをして、「油から」と答えた時はしきりに首をひねる二人だった。
二人の様子から、そのままプラモ装備の作成に……
「なぁミノリ、あの袋の中にまだでっかいものがあるように見えるんだが?」
取りかからせてくれなかった。
実里が今日作るつもりでもなければ出すつもりも無かったのだ。
ため息をついてそれを取り出すと、大きさはA4用紙程で、高さが林檎一つ分程か。
天面には飛行機の翼を一対垂れるように生やし、セミロングの女の子が微笑みながら両手にそれぞれ持った、ブルパップ・マシンガンを持ち、正面から見てW字のように構えている。また、その翼には、武装コンテナが片翼に二つづつ懸架されている。細かくは見えないが、腰にも何か大きな装置が付いているようなシルエットがある。
髪や装甲、機械といった部分はモスグリーンを基調とした、カラーリングだ。
そして、天面の隅には。
NNG-PM-B07-A
ジュン
と型番と名前が書かれていた。
「これが前話ししていた二人目だよ。時間かかるから、今出すつもりも無かったんだけどねー」
実里がそう言うと、そそくさとジュンの箱をしまい、改めて装備作成に入った。
「見ているだけでも不思議だよなぁ」
「そうですね、職人でもできるかどうか……」
実里のプラモ作成を見て感想を述べる二人。
実里の装備としての前提が付けば、模型作製を見るのは木工ギルドで履帯などを作った時以来。
それも、今までなら普通の工作と変わらないので、くっつけるにしても接着剤を使ったりとでまだ理解できる範囲。
しかし今回に関しては、切り出したものを小さな凹凸にはめ込んだりするだけで繋がっていくのだ。しかも緩みやズレなども存在せず、しっかりと固定されている。
それだけでも技術の差を感じさせられ、特にシャーリーはランナーの作り方に想像を膨らませていた。
「ミノリさん、私も作ってみたいです」
いくつかのパーツが出来上がり、ユヴェナに組み込んでいると、シャーリーがそんなことを言い出した。
「んー、すぐ終わるものから作っちゃってるから、簡単なのあったかなぁ」
手を止めずに残ってるキットを思い浮かべる。
「いえ、お金を出しますので、ミノリさんお勧めのを買っていただこうかなと。その工具も全部あわせて」
「昨日あー言われたのに、通ると思う? わたし個人としては、趣味仲間が増えるから歓迎したいんだけども……正直に言っていい?」
実里は呆れ果てるが、シャーリーの目は真剣である。
「わたしの戦い方がこれだから例外なんだけど。本当にやりたいなら、宿暮らしじゃなくて、しっかりとした固定拠点を作ってからの方がいいよ? わたし達は戦闘するから尚更壊れやすいし、工具も持ち運ばなきゃならないし、余計な荷物が増えるよ? いいの?」
「はい、それでもです」
説得しても梃子でも動きそうにないシャーリー。シルヴィを見てみれば、もはやいつものと諦めている様子だ。
「予算はどれくらい考えてるの?」
「ヨサン……とは?」
「どれくらいまでならお金を出せるってことだけど」
「それでしたら
『待てーーっ!!』
とんでもない金額に二人揃ってツッコミを入れる。
シルヴィはそんなお金がどこから出てくるのかと。
実里は種子島銃のことを連想し、技術吸収の為だけに買うのかと警戒する。
なお、種子島銃のこととは、伝来時は一丁を約二億相当で購入し、一丁をばらして研究した結果。二年後に同じ商人が同じ物を持ってきたが、日本の職人によって、既に改良・量産されていたため、全く売れなかった。という歴史話である。
「冗談です。中金貨一枚ですよ」
笑顔で訂正するシャーリーだが、実里の懸念は晴れなかった。
『むー……』
昨日の今日で再びサツタに連絡することになったが、今回は判断に迷っている様子。
文化交流は推奨したいが、プラモデルというオーパーツを現地人に流してもよいのかと悩んでいるようだ。何も知らなければ止めるが、彼女達は色々と知ってしまっている。
結局サツタは決めかねて、上司へ判断をあおいだ結果、認められる事に。ただし、実里は当たり障りのないものを選んであげるようにと釘を刺されてしまった。
第三十五章 移動
『一つ、情報を渡しておこうかと思います』
プラモ話が一段落した頃、そうサツタが切り出した。
内容はカムレにて、狩猟禁止となっているウルフによる襲撃件数が増えてきており、冒険者による巡回が始まったとのこと。
幸いにも護衛により、被害という被害は無いようだ。よって、サツタは安全面を考慮してカムレに向かうのは控えた方がよいと進言する。
実里もサツタの意向に賛成するが。
「そろそろ六十日だったか?」
「それにしても早い気がしますね」
「となると、カムレへの移動準備しておいた方がいいな」
と、シルヴィとシャーリーはカムレに行く算段を立てていた。
実里が理由を聞けば、近々カムレで祭が開かれるという。二人はここ最近、毎年冬前に開催されるこれを楽しみにしているという。
流石に毎年の楽しみにしているというのであれば、止める権利は実里には無い。二人は無事に参加できるように頑張ろうと意気込むのであった。
シャーリーとシルヴィが移動のために買い物をする中、実里は移動に向けて用意していたキットの完成を急ぐ。そうでなければ、彼女のストレスがマッハで貯まるのは身に染みているのだ。
なお、移動が決まったため、シャーリーの分の品物は買いに行っていない。
そして、出発当日。実里は間に合わせたキットをしっかりとケースのサポートスロットに入れて門の外に出る。
「それじゃ、今回の荷台はわたしが用意したので行くね」
実里はそう言って、視界に写った設定を目線で操作して、用意したキット。この時代の荷台に似せた荷車を出現させた。
それはギシッと音を出し、荷台を沈めながら地面に着地する。
荷台が沈んだのを見たシルヴィとシャーリーは疑問に思うが、そんなことあるはずが無いと決めて、現実逃避するのであった。
なお、彼女たちの疑問は気のせいではなく、現代の技術がふんだんに盛り込まれた代物である。
「それじゃ、いくよー」
実里が宣言し、木製から正規のプラスチック製──外見は鋼鉄と合金にしか見えないが──に切り替えた履帯ユニットを展開し、石畳の上を滑り出す。
荷車も実里の移動にあわせて引かれ、ゴトゴトと動き出した。
「何かおかしくありません?」
「おかしいな、こんなに揺れないもんだったか?」
荷台の御者席にいる二人が顔を見合わせる。
二人が揃って車輪へ目をやるが、石畳の影響でゴトゴトといつもの如く激しく上下している。それどころか、地面の流れる速度が速い。明らかに自分たちが走る速度よりも速く流れているのだ。
「おーい! ミノリー! なんか速くねぇかぁ!?」
「あ、気づいた?」
「それだけ急いでいたら壊れますよー!」
「へーきへーき!本当の速度で行くよ!」
『聞いてーーーっ!!』
実里は二人の悲鳴を聞き流して加速を続ける。現在時速二十キロ。それを六十キロにゆっくりと引き上げるなか、後ろからの悲鳴はただただ大きくなるばかりだった。
「平気だったでしょ?」
「死ぬかと思った。怖かった」
「安定していますけど、恐怖が強いです」
休憩で落ち着いて会話するが、やはり現地組の二人は精神的にグロッキー状態だ。
「なぁ、ミノリ。お前がいた所ってこれが『普通』なのか?」
「うーん、わたしは免許……車を使うための合格証を持っていないから運転したこと無いけど、これでも安全運転のために速度落としているくらいじゃなかったかな?」
息が荒いまま質問したシルヴィの答えを平然と返せば、更にぐったりとする始末であった。まあ、実際には車で時速六十キロは一般道の制限速度ギリギリなので、安全運転とはいいがたい速度なのだが。
『休憩中失礼します。ルート上に獣の反応があります』
サツタからの通信が入り、三人の姿勢が臨戦状態となる。
『先の速度で五分程度先にいます。これは猪の類いのように見えますね。これが二十ほど』
「イノシシ……
「でも、市場価格は安くないですよね。狩るのも有りでは?」
「でもよ、狩ったとしてもカムレに着く前に腐る……まてよ? ミノリ、これ、どれくらいで動いてんだ?」
現地組が相談していたところに気がついたようで、実里に振り向くと。彼女はにっこりと笑った。
「今までの六日が一日で着くよ。だから二日もあれば着くんじゃないかな?」
『はやっ』
言葉短に驚く二人だが、すぐに真剣な顔で検討を始め、出した結論は『狩ろう』。三人は休憩を切り上げ、群に向かって移動を始めた。
第三十六章 硬鼻猪
「気をつけることってあるー?」
全速力といっても、先程と変わらない速度で移動する中、実里が声をあげる。
「奴らは鼻先が角みたいに硬い!突進を盾で受けたら貫かれたなんて話があるぞ!だから受けずに避けろ!」
シルヴィが大声で返し、斧をいつでも振れるように準備していた。
そして、接敵。
先の言葉を聞けば、注意するのは突進攻撃のみ。それだけが脅威のため、討伐難度の低い銅級として指定されているようだ。
硬鼻猪の体高は実里の胸ほどまであり、西瓜のような綺麗な楕円の流線型のフォルム。鼻は灰色ではあるが、尖ったような形などしておらず、豚に近い気がする。しかし、その見た目からは、爪と同じような材質なのだろうということが見て取れる。
初手、実里が銃撃で何体かの脚を打ち抜き、ヘイトを集める。
そして、群の中でも血気盛んな個体は我先にと突進を始めた。
シルヴィとシャーリーは回避行動に移り、実里は盾を構える防御を取る。ただし、ただ防御を取るだけではない。
二人の注意する声を聞きながら彼女がグリップを強く握ると、盾の装甲部が分割されながら重く擦れる音を立てて時計回りに回転し、格子状となった。
それを受け流すよう軽く斜めに構えれば、あら不思議。実里に突進してきた分は続々と格子の穴に鼻がハマるか反れていく。履帯ユニットも使い、衝撃を和らげる。そして、彼女は強く握りしめていたグリップから力を緩めた。
すると、開いた時よりも高い、金属の重く擦れる音をたてながら、元のカイトシールドの形へと素早く戻った。
挟まれた硬鼻猪のまだ柔らかい鼻の根元を落としながら。
硬鼻猪の大絶叫による合唱が発生する。
あまりの音量に実里は顔をしかめるも、自慢の鼻を切断されてのたうつ硬鼻猪を手早く拳銃で仕留めていく。
周りをみれば、シルヴィは避けながら両手斧を脚に引っかけるように振り、硬鼻猪の機動力を奪って、動きが落ち着いたところでトドメをさしていく。
シャーリーはと言えば、硬鼻猪の進路を凍らせ、転倒したのを氷柱で追撃している。
そんなそれぞれの戦い方で迅速に硬鼻猪は駆除されていったのであった。
「なぁ、あの盾なんだよ。いつも使っている奴だよな? それとも新調したのか?」
処理を済ませ、荷台に載せた後、シルヴィが声を掛けてきた。
「いつものだよ。いやー、この機能使う機会がぜんぜん無くてねー」
そう言う実里が、初めて聞いたときは顔を青くした機能だ。
このクロス・カイトシールド。見た目はただのカイトシールドだが、グリップを握れば格子状となり、防御時の面積と視界確保を向上させるという頭のオカシイ発想で作られている。『ついでに戻すときに圧し切れるように内側全面に刃を付けちゃえ』と、狂気も盛られている。
つまり、格子故に盾を引きはがそうと掴めば、もれなく指と永遠のお別れをプレゼントされる罠でもある。
そんな説明をされた二人は嫌そうな顔で『誰だよそんなこと考えた奴は』と呟いていた。
なお、実里がこの機能を使えなかった理由としてはいくつかある。
対盗賊では、犯罪奴隷として引き取られるため、欠損があれば減額も予想できたこと。
対赤子賊では、数が多かったのと、女の敵と言うことで、接近したくなかったから。
そして、対黄巨漢は正々堂々というスポーツマンシップを感じて選手として扱い、意図的な欠損行為は不適切と感じたため。
故に、この盾の正体を表すのが遅れたという。
荷台に乗せた硬鼻猪の分、動き出す初動が大変辛くなったが、そこは協力して運んでいく。
「最初は半信半疑だったけど、本当に売り込み通りになったな」
「そうですね。二人だけだとこんなに持って帰れないですからねぇ」
荷台からそんな会話が聞こえる。
実里はそれを嬉しく思いながらも、荷台に加減速用の補助動力を仕込もうか、ぱんぱんに張る腕を感じながら本気で悩み始めていた。
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