観察記録

4:55yoake

観察記録1

 観察対象:廻人

 観察者:N2

 暇を持て余しているのでこいつのことを観察する。


 ◇観察対象の情報

 身長157cm、やや痩せ気味。普段は水色のパーカーを着ていて、髪は短めに切りそろえており、頭からはいつもいい匂いがする。中3になってもぬいぐるみが好き。部屋の一角にはせんよーのラックがある。何を考えているのか全くわからず、常に不可解な行動をする。

(具体例:急に歌い出す、鼻歌を歌う、何かに気づいたかのように視線を急に方向転換する、謎のポーズで固まる)


 ◇観察記録1 2025年七月某日

 その日は暑かった。うだるような暑さと、蒸し上がる空気の中で地面から立ち上る陽炎と、遠くに見える水たまりを見るたびに喉が欲しいと訴えた。

 そんな窓の景色には脇目もふらず、こいつ観察対象は惰眠を貪っていた。

 エアコンは全開、室内温度は20度。

 パーカーを着込み、自分の胴ほどの大きさのあるぬいぐるみを抱きしめながらこの時期には不相応な掛け布団をまとってぐうたらと寝ていた。

 掛け布団や服の隙間から見え隠れする病的なまでに白い肌が、あまり外出をしないタイプであると裏付けている。

 締め切ったカーテンの隙間から漏れる光が空気中に舞う埃を映してキラキラと光っている。

 仕方がないので(実に腹が立ったので)とにかくこいつを起こすことにした。

 まずは近づいてみることにした。足元から段々と距離を詰めていき、枕元まで来たが全く気づいていない様子だった。頭の近くでしゃがみ込み、顔を覗き込む。

 すうすうと寝息を立て、フードの合間から緊張感の欠片もないぽよんという擬音が似合いそうなほどに無防備なほっぺを晒している。

 それでも起きない様子なのでほっぺをつっついてやると、少し嫌そうな顔をして、

 むぅ、と鳴いた。

 、、、

 何度か突っついたが、それでも起きないので今度はさっきよりもほっぺを触ってみる。

 まるで赤子のようなすべすべ、もちもちとした感触が指の先から伝わってくる。

 もう少し、指先に力を伝えてみる。

 すると、力を入れすぎたのか、指がほっぺを上に向かって押してしまい、顔がゆがむ。慌てて指を離したが、すでに遅く

「ふやぁ、、」

 、、、

 口元をだらしなくほころばせてぬいぐるみから手を放し、右手を上にして仰向けの姿勢になる。目はまだ開いていない。

 、、、

 びっくりした。一瞬起こしたかととてもドキドキした。

 心臓の鼓動が収まるまで一度待つ。その間にも、こいつは寝息を立てすうすうと寝ている。


 画面の前で鍵盤キーボードを打つ手が止まる。落ち着け、私。


 呼吸が落ち着いたのを確認して、改めてその顔を見つめる。

 か わ い い !

 文字通り天使のような寝顔だぁ。

 落ち着いていた心臓の鼓動が再び早くなるのを感じる。

 できるだけ直視しないようにしながら、今度こそ起こそうと少し前のめりになりながら手を伸ばす。

 今度は肩に手を伸ばそうと、指先が近づいた瞬間、

「んにゅ、、」

 あまりの衝撃に、体が固まる。

 一度目を瞑る。目を開ける。

 右手を見る。柔らかい感触がある。

 左手で顔を覆い、天を仰ぐ。

 ゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。

 何だこの生物は。野生に出たら生きていけるのか。

 もう一生保護してやらなければいけないじゃないか。

 声にならない悶える心が外に漏れてこいつを起こしてしまわないように、全力で押し殺す。

 そしてもう一度その全てを直視する。

 小さな手が、私の右手を握り返している。

 もちもちと、少し握り返してみる。

 このままではいけない。ダメになってしまう。

 そう思い、手を離そうとすると、

「んやぅ、」

 そういって右手の感触が強くなる。

 放してくれない。

 だが、このままではどのみち良くはない。

 今の状態は顔の上に覆いかぶさるような姿勢で体が固まっているため、背中がきつい。

 もうすでに腰のあたりがプルプルと震えてしまっている。

 暫くの間耐えていたが、握り返される右手の感触に限界を感じる。

(もうだめっ!)

『ボフン!』

 支えを失った体が、勢いよく前のめりに倒れる。

「ぐぇ”」

くぐもったような声が、お腹の下から聞こえてくる。

その時に口から出る息の熱が服の中を浸透して伝わってきて、体が跳ねそうになるが、どうにか抑える。

顔が熱い。きっと外から見れば、もう真っ赤なのだろう。

「んん〜!」

お腹の下からさらに喚くような声が聞こえる。

急いで立ち上がろうとして、体が少し浮いたとき、

「わわっ!?」

手のつきどころが悪かったのか、布団の外に向かって滑ってしまった。

「むぐ!?」

首よりも下のほうからさっきよりも鮮明で、押しつぶされたような声が聞こえてくる。

心臓が更に早く脈打つ。

ゆっくりと、恐る恐る下を見る。

するとそこには、

私の胸に埋もれている観察対象がいた。


視線が合う、さっきまでむーむーと呻いていたのに、いまはまったく何も喋らない。

頼むからなにか喋ってくれぇ、、、

「おはよう、N2」

そんなふうに願っていると、観察対象同居人がとろけるような全く持って危機感の欠片もない声で静寂を切る。

「頼むからなにか喋ってほしいんだけど、、、」

さっきから何も言わずに顔を赤らめてプルプルと震えている私に向けていったのだろう。気まずいらしく顔を逸らしているが、その視線は私の顔に固定されている。

「、、、」

「ねぇ」

「、、、」

「ねぇってば」

「、、、」

「むぅー」

上目遣いに睨みつけてきたかと思えば、柔らかいほっぺを膨らませて不満をアピールしてくる。

か わ い い ////

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