<17・災害。>
『……すみません』
貞と京の、泣き濡れた顔と言葉が、目に焼き付いて離れない。
『兄貴の傍、離れたくないから。このまましばらくほっといてくれると……助かる』
藍沢三兄弟が本当に仲良しだったことを、ゆいな達はよく知っている。本当に、どこへ行くのもいつも一緒だった。そのうちの一人が、こんなわけのわからない形で殺されていた。しかも、いなくなったことにすぐ気づくこともできなかったのだ。その衝撃は大きいことだろう。
本来ならば、みんなで一緒にいた方が安全だと言いたいところだ。
しかし現状、一緒にいたところでまったく身を守れないとわかってしまっている。状況把握が早いから固まっているだけのこと。二人を無理に兄の遺体から引き離すことは、ゆいな達にはできなかった。
いずれ彼らの兄の遺体も、元の世界に戻ってしまう=消えてしまうことになるのだろう。ならば、それまでの時間だけでも傍にいさせてあげるべきだ。そう考えるのは、自然な流れだったに違いない。
とりあえず教室に戻ってきたものの、空気はどんどん重くなっていく一方だった。
「……これで一つ、分かったことがあるな」
席についたところで、亞音がぽつりと呟いた。
「ニコさんはただ人を殺せるだけじゃない。認識災害をも引き起こすことができるってことだ」
「認識、災害?」
「ああ。……ゆいな、お前はいつ英が消えたのかわかるか?俺はまったく気づけなかった。確かに話し合いの途中から英は発言していなかったが、それに気づいたのはニコさんが黒板に文字を書いて、しかもお前が保健室を確認して戻ってきてからのことだ」
「うん。それは……私も同じ」
この教室で異変は起きていない。
そう思ったからこそ、慌てて飛び出していったのである。自分達でないなら、保健室にいる二人が犠牲になったに決まっている、と思ったからこそ。
だが実際は。消えたのは、この教室にいた藍沢三兄弟の長男で。自分達は消えたことに気付いてもいなかったという寸法だ。すぐ傍にいた次男、三男がさえ茫然としていた。本来ならばおかしいことだろう。
「気づくはずのことに気づけない。見えるはずのものが見えない。わかるはずのことがわからない。そして、特定の認識を刷り込まれたり、逆に消去されたりする。怪異によってそれが引き起こされることを認識災害、もしくはミーム汚染という」
SCPで知った用語だけどな、と亞音。
「ニコさんは、誰にもバレずに人を消し去り、自分が宣言するまでその事実にも気づかせないという能力を持っている。そして、木肌真梨衣が死んでから藍沢英が死ぬまで非常に短い時間しか過ぎていない。……この調子で消されていったら、半日ももたずに全滅だろうな」
「そ、そんな……どうすれば」
「一刻も早く情報を集めてニコさんのことを知り、対策を練るべきだ。同時に、ニコさんの言う『この中にニコさんの依り代がいる』『その正体を突き止める』という作業もしなければいけない」
「私達の中に、ニコさんに力を貸している人間がいるって?」
「考えたくないけど、考えるしかないと思う。そうしなければ、生き残れないというのなら」
「…………」
もし亞音の言葉が正しいのなら。やっぱりその第一候補は、今一番後ろの席で退屈そうにスマホをいじっている少女ということになるだろう。
先ほどの、人の心に寄り添う様子もない冷たい言動。
このクラスの人間への、歪んだ憎悪と劣等感。彼女ははっきり認めなかったが、このクラスの人間全てを消すという“ニコさんとは別の個人的な動機”があるのも事実だ。
『わたしはね、クラスの中でも特に貴女が嫌いだったわ……白樺ゆいな。いつも友達に囲まれて、馬鹿っぽい話ばっかりして。わたしが少し頭のいい話をすると、ついていけないのを誤魔化すようにへらへら笑って無理やり長そうとしていたでしょ、気づいていないとでも思ってるの?』
『ニコさんは、ちゃんとわかってたのよ。このクラスが腐ってるってわかってた。先生も生徒も、わたし以外みーんな!だからきっと天罰を下してくれたんだわ。みんなみんな消し去って、わたしを救ってくれようとしているの、ああそういうことなのよ!』
もし彼女が犯人ならば。
彼女がここまでクラスを憎むようになったのは、己がいじめられていると思い込むようになってしまったのは――ゆいなのせい、ということになるのだろうか。
自分が彼女をもっと気遣っていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
「……灰田に言われたことは、気にしない方がいい」
ゆいなが何を考えたか気づいたのだろう、亞音が声をひそめて言う。
「俺の目から見ても、灰田はいじめられているようには見えなかった。悪口を言われていたわけでもない、ただクラスから浮いていただけだ。それに、ゆいなは別にマウントを取ったり、人を見下すような言動なんてしていなかったと思うぞ」
「だけど……もし灰田さんが犯人なら、私のせいでみんなが恨まれたってことなんじゃ」
「確かに彼女の言動は怪しい。ニコさんの狂信者のようにも見える。ただ彼女が個人的にこのクラスの人間を恨んでいてニコさんの力を借りたなら、やっぱりおかしいことがいくつもある」
ちらり、と美冬の方を見る亞音。
「その疑問は、さっきの会議で英も言っていたはず。……灰田美冬がニコさんの力を借りてデスゲームをやるなら、今日を選ぶ理由がない。もっとクラスメート全員が揃っている日にするのがベターなはずだ。彼女はこのクラス全員を恨んでいる。でも、この状況ではデスゲームをさせたところで、十人ちょいしか殺すことができない。それでは足らないと考えるのが自然だ」
「それはそう、かもだけど……」
「それに、ニコさんは自分の封印を解いて貰うかわりに、別の誰かを殺してくれるという。お前のことを恨んでいたなら、何故真っ先にお前を殺さない?状況的に見て、隣町で見つかった男性が標的にされた可能性が高いが……学内ではなく、まったくかかわりのない別の学校の先生を標的にする理由はなんだ?」
「た、確かに……」
もちろん、最終的にニコさんの意思で皆殺しにしてもらえるからと、学校に人間には手をつけなかった可能性もある。
しかしそれならばそれで、殺された男性には“自分をいじめたと信じている学校のメンバー”と同等以上の恨みがあったということになってくる。
――ニュースの内容、どんなかんじだったっけ。今思うと、すごく重要な情報だった気がするんだけど……。
そう、確か。
『●●県〇〇町のアパートで、男性の遺体が発見されました。友人の女性がインターフォンを鳴らしても出てこない男性を不審に思って郵便受けから覗いたところ、玄関で倒れている男性を発見。警察に通報したとのことです。男性は〇〇町の中学校で教員をしている、
やっぱり間違いない。
隣町の中学校の教員――教員という言い方は、普通に考えるなら事務員は含まれないだろう。素直に学校の先生、と考えていいはずだ。
その先生と美冬で、何か接点があったのだろうか?
「……灰田さんって、隣町から引っ越してきたとか、そういうのあったっけ?」
「いや」
ゆいなの言葉に、亞音は首を横に振る。
「俺が知っている限りでは、小学校以前からずっとこの町にいたって話だ。瞬はもう少し詳しいと思う……家が近いし。瞬」
ひょいひょい、と彼は瞬を招き寄せた。できればこれらの会話は、美冬にあまり聞かれたくないものである。瞬も悟ったのか、どうした?と言いながら近づいてきた。
やや三人で顔を近づけて、ひそひそ声で話す。
「……いいや、なかったと思うぞ」
ゆいなと亞音の問いかけに、瞬はそう告げた。
「ていうか俺、あいつと同じ幼稚園だった。全然喋らなかったけど昔から有名だったんだよ。自分は幽霊が見える、って自称してる生粋のオカルト少女だったから。それでも幼稚園の頃は、先生たちが適当に話を合わせてくれてたみたいだけどな」
「あー……学校上がって、肯定してくれる人がいなくなって、それで荒れたとかありそー……」
「小さな子供の話なら無闇と否定しない大人も、小学校や中学校ともなるとな。おかしなことを言うなら否定しなきゃだめだ、教えてあげなきゃだめだって方向に行くだろ?灰田さんはそれはストレスだったんじゃないか」
「ああ、それが劣等感に繋がっちゃったと」
「ありそうだろ?」
「うん……」
動機はある、ということはわかった。しかしやっぱり、死んだ桃瀬先生との接点はなさそうである。実は遠い親戚だったとか、父親の知り合いだったとか言われたらもうお手上げだが。
――でも、ニコさんに憑りつかれた人、に関して……彼の存在が唯一の手掛かりであるような気がする。
桃瀬優一郎。
彼を恨んでいた人物、接点があった人物がニコさんを解放した可能性が高い。
その接点を見つけることができれば、一気に犯人に近づくことができるのではなかろうか。
――考えたくないけど……。
真剣に考えこむ亞音と瞬の顔を見て思う。
――覚悟はしなきゃ、いけないのか。この二人も、容疑者に違いないんだし。
まるで人狼ゲームでもしているような気分だ。わかっているのはただ一つ、自分が『村人』であるというだけ。占い師のような能力もない、霊能者のように死者の潔白も証明できない。それでも、人との議論と推理だけで、どうにか人外を見つけなければいけない。
ただ、忘れてはいけないのは、恐らくニコさんに憑りつかている人物も操られているかもしれないということ。ニコさんの力を借りて犯行を重ねているとしても、それは本人の意思ではないかもしれないということ。つまり、無闇と相手を責めるべきではないのかもしれないということだ。
同時に。
――見つけたら、どうすればいいんだろう。
その人の名前を宣言すれば終わりになるのか――あるいは。
「なあ、ちょっとええか?」
がたん、と椅子が動く音がした。ゆいなが顔を上げると、スマホを持ってこちらに近づいてくる少女の姿が。
沙穂だ。
「うちも、スマホでいろいろ調べてみたんや。ニコさんについて、まとめサイトとかないかと思ってな。そしたら、大型掲示板の書き込みが引っかかってきてん。ニコさんの話、やっぱり最近急速に広まってて……ユーチューバーの人とかも興味持って調べとるみたいで」
「何か新情報あった?」
「うん、まあ」
沙穂は複雑そうな顔で言う。
「とりあえず、このサイト見たってや。……ちょっとだけ、謎が解けるとこも、あると思うで」
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