<16・不明。>
ゆいなは亞音とともに、血相を変えて教室に戻った。電話で確認するだけでは足らない。面倒でも、直接この目で見なければ安心できなかった。
誰も欠けていないと信じたい。
いつの間にかいなくなっていて、殺されていたのに――誰にも気づいて貰えなかったなんて、そんなのあまりにも悲しすぎるではないか。
「や、山吹先生!みんな!!」
「し、白樺さん、藤森くん……!」
先生が目で、「どうでした?」と尋ねてくる。ゆいなは首を横に振った。
「茶木さんは寝てたし、虹村さんも無事でした。……先生、この教室に、全員揃ってますか?」
「え」
自分達が話している間、不自然なことは何もなかった。いつの間にか人が減っているなんて考えたくもなかったのだろう。山吹先生の顔が凍り付く。
ゆいなは、全員の顔を今一度確認した。
山吹先生。沙穂。瞬。亞音。美冬。自分。保健室にいたエリカと湯子を覗けば、あとは双子の貞と京で全員で――。
「ち、違う……」
当たり前のようにそう思いかけて、凍り付いた。
いつの間に、だろう?
いつから自分は――藍沢兄弟を双子だと思い込んでいた?
「あ、藍沢のさ、貞くんに、京くん……」
掠れた声を、どうにか絞り出す。
「君達、三つ子だよね?……一番上の、お兄さんは?」
いない。
いつも三人一緒だったはずなのに。いつの間にか、三兄弟が、二人だけになっている。
眼鏡をかけた長男の――藍沢英が、いない。
「は……」
言われて初めて気づいたのだろう。貞と京は慌てて周囲を見回し、次の瞬間真っ青になって叫んだ。
「う、嘘!?」
「あ。兄貴がいない……!?そんな、だって、さっきまで確かに喋ってたってのに……!」
「え、え、え、いつの間に?ねえ、いつから兄貴いないの!?」
「わ、わかんない……!」
二人は完全にパニクっている。彼等からすると、ついさっきまで普通に隣にいた人間が消えているような印象なのだろう。
しかし、ゆいなは記憶を辿って気づく。ついさっき、ではない。よくよく思い返してみると――話し合いの途中から、三兄弟のうち英だけが発言しなくなっていたではないか。
『その、なんでこのゲームってやつを、よりにもよって今日やったのかなって気になって』
話し合いの途中。
何故大雪で人が少ない今日、ゲームを始めたのか?――そう疑問を呈したのが、英の最後の発言だったはず。
『だってさ、今日は大雪で、学校に来られた二年二組の生徒って……本当にごく一部だけじゃん?クラスの半分も来れちゃいない。犯人当てゲームをさせるにしても、クラスの全滅を狙うにしても、だったらクラス全員揃ってる日にした方が絶対いいじゃん。皆殺しにできるし、容疑者も増えるから犯人もそう簡単に絞り込めないだろ』
それ以降、弟の貞と京は喋ったが――彼は一言も発していない。どうして気づかなかったのだろう?
当たり前のように三人一緒だし、一人欠けたら確実に残りの二人が気付くものとばかり思っていたのに。
――誰かが侵入した様子もなかった。当然、英くんが外に出て行った気配も。
それなのに、消えた。みんなの認識からも消えていた。
そんなバカげた話があるだろうか。否。
「ま、まだ……死んだって決まったわけじゃない!」
ここで絶望していてはいけないと、ゆいなは声を張り上げる。
「みんなで探しにいこう、英くんを……!」
***
希望は、あると信じたかった。
自分達が対峙している相手に付け入るスキがあるのだと、あるいは立ち向かう方法があるのだと。そう思い込んでいたかった。ただ黙って殺されていくのを待つだけなんて、そんな恐ろしい話はないのだから。
でも。
「あ、あに、き」
茫然と、互いに縋り付くように、廊下にしゃがみ込む貞と京。二人が見つめる先には、今は使われていない二階の空教室があった。
窓際の壁によりかかるようにして座っている少年がいる。まるで糸の切れたマリオネットのように、かくん、と首を傾けて。俯いているせいでその顔は見えない、でも。
ぽた、ぽた、ぽた、とその口元から赤い雫が垂れているのが見える。割れた眼鏡の破片が右手近くに散らばっていた。そして。
胸より下が、べっこりとへこんでいる。ズボンが血で赤く染まっている。
どう見ても、真梨衣と同じ。――藍沢英が、事切れている。明らかに人の手によるとは思えない、異様な死体となって。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ああ。ああ、兄貴、兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「やだ、やだやだ、やだああああああああああああっ!!」
「なんでだよ、なんで、なんでえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
悲鳴を上げて、兄の死体に縋り付く元三つ子だった――双子。いくら弟たちに名前を呼ばれても、英は目を覚ます気配がなかった。死んでいるのはもう、疑いようがない。入口で立ち止まったまま、ゆいなは動けなくなっていた。
――なんで。
ぎゅうう、と拳を握りしめる。
――なんで、英くん、まで。
三つ子は顔はそっくりだったが、性格はだいぶ違っていた。長兄の英は一番成績が良くて真面目な性格だったように思う。三つ子だから、兄とはいえ同い年であるはず。それなのに彼は事あるごとに「自分はお兄ちゃんだから弟たちを守るんだ」と繰り返し繰り返し言っていたのだ。
責任感の強い子だった。断じて、こんなところで死んでいい人間ではない。それはもちろん、真梨衣にも言えることだが。
「やっぱりそうなのよ」
そんなゆいなの後ろで、呆れたように告げる美冬。
「言わんこっちゃないわ。さっさとニコさんのゲームを進めないと、ニコさんはどんどん人を殺していく。彼女の意思には、誰も抗えない。ぐだぐだとくだらない議論をしている暇があったなら、誰がニコさんに憑りつかれているか精査した方が建設的なのに」
「……なんで」
「ん?」
「なんで、そんな平然として、いられるの?」
己が冷静さを欠きつつあることはわかっていた。それでもゆいなは尋ねずにはいられない。おいゆいな、と亞音が自分を制止しようとする気配があったが止まれなかった。
「なんで、灰田さんは平気なの?ニコさんのゲームに関して、正論かもしれない。でも、でも……人が、クラスメートが、友達が死んで動揺しないわけないでしょ?みんな悲しんでる、混乱してる、怒ってる。それなのに貴女だけ、いつも笑ってる。ねえ、どうして平気なの?自分だけは安全圏にいられるから?そう思ってるから?もしそうだとしても……人が死んで、笑ってられるなんて正気じゃないよ!!」
最初から感じていた違和感。
彼女には、人間らしい感情がないのだろうか。
「決まってるわ」
ふん、と美冬は鼻を鳴らした。
「友達でもなんでもないからよ」
「は」
「聞こえなかった?友達だなんて思ったことないから、貴女たちのこと。この世界の、高尚な真理を何一つ理解できない。それでいて、わたしのことを当たり前のように馬鹿にして、見下して……凡人のくせにえらっそうに。幽霊も悪魔も妖怪も神様も何一つ見えない不憫で愚鈍な人間でしかないくせに、平気でマウント取ってきて馬鹿にして!そんな奴らを、どうしてわたしが友達だなんて思えると?」
「な、何言ってるの?」
見下す?
マウント?
まったく身に覚えがない。怒りや悲しみを通り越して、ただただ困惑してしまうゆいな。彼女が何を言っているのか、さっぱりわからない。
「あら、まるで自分は何も悪いことしてないと言いたげね」
嘲笑。
美冬の表情からは、ひたすら歪んだ感情ばかりが見え隠れする。
「わたしはね、クラスの中でも特に貴女が嫌いだったわ……白樺ゆいな。いつも友達に囲まれて、馬鹿っぽい話ばっかりして。わたしが少し頭のいい話をすると、ついていけないのを誤魔化すようにへらへら笑って無理やり長そうとしていたでしょ、気づいていないとでも思ってるの?自分は貴女と違って友達が多いんです人気者です、っていうのをいつもわたしに見せびらかしていた。そんなにわたしに劣等感があったの?そんなにわたしにマウント取らないと気が済まなかったの?まあ、凡人だからしょうがないと思って流してきたけど、その自覚もなかったなんて驚きだわ。他の奴らもみんなそう。自分が頭の悪いのを棚上げして、わたしのこといつも見下して、わたしが悪いみたいに扱って孤立させて!これだって立派ないじめだわ!!」
あっけにとられるしかなかった。確かに、美冬はややクラスで浮いていたのは間違いない。でも、自分は彼女がオカルティックな話をしてきても無闇と否定したつもりはなかったし、もちろん友達の多さを見せびらかしたつもりもなかった。
孤立していたのは正直、美冬本人に原因があるのではないのか。
ゆいなだって、気を使って彼女に話しかけたことは何度もあるのだ。しかしそのたびに、幽霊が見える、自分はすごい、お前たちと違うのだという話ばかりされたらこっちだって辟易するというもの。適当に流して、嵐が過ぎ去るのを待つしか術がないではないか。そりゃ自分を褒め称えてくれないゆいなに不満を持つのもわからないではない、でも。
友達ができないのも、ぼっち気味なのも、彼女の方こそいつもウエメセの態度を崩さないせいなのに――それをまるで、周りが悪いように言うなんて。
ましてやいじめと言われるのは、流石に暴論ではないか。
「だから、わたしはニコさんに同情してたわ。ニコさんはね。正確には……いじめで死んだ女の子が、あの世で生まれ変わった存在なの。生きていた頃の名前は、
うっとりとした声で続ける美冬。
「ニコさんは、ちゃんとわかってたのよ。このクラスが腐ってるってわかってた。先生も生徒も、わたし以外みーんな!だからきっと天罰を下してくれたんだわ。みんなみんな消し去って、わたしを救ってくれようとしているの、ああそういうことなのよ!」
「ちょっと待ってよ、それ、それじゃあ……灰田さんが、ニコさんの封印を解いたの?ねえ!?」
ゆいなの問いに美冬は答えてはくれなかった。ただ、けらけらと笑い続けるばかりだったのである。その様を、ゆいなをはじめほとんどの者達が不気味に見つめるしかなかったのだった。
「…………」
ただ二人。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で美冬を睨んでいた、貞と京の兄弟以外は。
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