<8・出席。>

 そういえば、亞音も同じようなことを言っていたなと思い出す。


『あくまで都市伝説だ。ただ、最近になってこういう話をわざわざ流した人間がいるとしたら……ちょっと気になる、とは思わないか。まるで誰かが、怪異の力を強めるために噂を流したみたいでな……』


 誰かが怪異の噂を流した。

 もちろん、怪異が本当に実在するかどうかはわからない。ただ意図的に流したのだとしたら、誰かにとってメリットがあったということに他ならないだろう。

 ニコさんの怪談を聴いた人が怖がる様を見て面白がりたかったのか。あるいは、それによって本当にニコさんの力を強めようとしたのかとか。考えるだけならば色々なパターンが考えられるが。


「怪異の影響を受けたって……」


 ひょこっと教室の入口から顔を出して言う英。


「ってことはなに?オバケか神様かなにかが、噂が流れるのが都合よかったから人間にそうさせたってこと?そんなことあんの?」

「そう考えれば辻褄が合うというだけよ」


 段々、ゆいな以外も話に興味を持ってきたと気づいたのだろう。美冬はやや薄い胸を張って言う。


「ニコさんの都市伝説、貴女たちはどこまで知ってるかしら?この学校でも時々噂している人を聞いたことがあるから、知ってる人も多いんじゃない?簡単に言うと、三十年くらい前にこの中学校で凄惨ないじめがあって、複数人の子供が集団自殺をした。そのあといじめ加害者は年齢を理由に無罪放免で転校していき……死んだ生徒の友人である少女が復讐を考えた、と」

「それで、どっかの教室で魔法陣みたいなの書いて……その上で変な死に方してたんでしょ。内臓がごっそりなくなってた、とかで」

「その通りよ。彼女が何を呼び出したのかは不明。そして、祟っているのが、彼女が呼び出した怪異なのか、本人の怨霊なのか、はたまた自殺した生徒なのかも不明。確かなことは、彼女が怪死してから……いじめの加害者や、学校関係者に次々死人が出たことだけ。それを見かねた教頭だか校長だかが霊能者に依頼して、祟っていた“ナニカ”……ニコさんと便宜上呼ばれることになったその存在を、儀式で怪死した少女が大事にしていたフランス人形に封印したってことだけ」


 すう、っと美冬の指が動く。そして、何かを指し示すように、人差し指が床を指さした。


「その人形は、この学校のどこかに封印されている。それを見つけて封印を解いた者は、お礼として……その人が最も殺したい人間を代わりに殺してくれる、と」


 なんとなく、美冬が言いたいことがわかってしまった。ゆいなは頭痛を堪えながら、つまり、と続ける。


「殺したいほど憎い相手がいて、でもなんらかの事情で殺せないし犯罪が露見しないようにしたいと思っていた場合……ニコさんの呪いは、うってつけってわけか。どうしても殺したい人間がいるやつは、この噂を聞いて封印を解きに来てくれる、と」

「そういうことね。だから、噂を流すのは、解放されたいニコさんからすると実に真っ当な手段というわけよ」


 くすくすくすくす、と美冬は嗤った。


「その封印は解かれたわ。わたしにはわかる。誰かがニコさんの人形を見つけて、その力で人を殺した!ねえ、ニュース見たでしょう?隣町で男の人が死んだっていう、アレ。あれも、内臓がなくなるっていう奇妙な死体だったっていうじゃない?間違いないわ、あれはニコさんの仕業よ」


 まるで舞台の上、ミュージカルを演じる主演女優のよう。美冬は両手を広げて、うっとりとした表情で天を仰いだ。


「ニコさんは見つけた人の願いを叶えた!だから、その人はニコさんの言うことを聴かないといけない。封印を解いて、復讐を!そう、この学校の全てに滅びを!もう止めることなんかできないわ。貴女たちにも、わたしにも、止めることなんてできない。相手が何なのかわからないけれど、神にも等しい力を持っている存在なのは確か!だからわたし、それをみんなに教えてあげようとしただけ。もう終わりが近いとわかれば、人生に諦めもつく。醜い争いも必要なくなる、それもある意味救いでしょう?」

「……っ」


 まるで、狂信者だ。うっとりと天井を見上げる美冬の方は僅かに上気して赤く染まっている。

 さながら視線の先に、理想の美男子がいて自分に愛でも囁いてくれているかのように。少女漫画の世界、溺愛されるヒロインにでも成り代わったかのように。


「……言いたいことはわかったけど」


 ゆいなは呻いた。


「その理屈でいくと、灰田さんも無事じゃすまないってことでしょ?なんで笑ってられるのさ」

「あら、わたしだけは見逃して貰えるわよ」

「その自信どっから来るの」

「だって、わたしはずっとニコさんの話し相手になっていたのよ?封印されて、誰ともお喋りできない寂しい子にずっと寄り添ってあげていたの。わたしの声が、ニコさんの唯一の慰めになっていたはず。なら、友達のわたしだけは殺されないわ。当然の理屈でしょう?」

「はあ……」


 なんというかもう、「そうですか」以外の感想が出てこない。

 そのお喋りとやらが妄想でないことを祈るよ――と心の中で呟くゆいなである。


――まあ、話自体の筋は通ってるんだけど。


 確かに、何かの呪いか祟りとしか思えないような死に方をしている人がいるのは事実だ。

 しかしだからといって、この学校に封印されたニコさんとやらが本当に存在する、と確定するには弱いだろう。仮にあの男性の死体がオカルトによるものだとしても、この学校のニコさんの仕業であると確定できるわけではないのだから。


「……人はみんな、死にたくないもんだよ」


 とりあえず。これだけは言っておかなければいけない。


「どうせもうすぐ呪われて死ぬ、なんて言われて怖くない人がいると思う?灰田さんが何を信じても自由だし、私も全部疑うわけじゃないけど……みんなが死ぬと思ってるなら尚更、それをわざわざ伝えて怖がらせる必要ないよ」

「あら、そう?知っていなければ、未来は選択できないと思うけど」

「どうせみんな死んじゃう、と思ってるのに選択もくそもないと思うんだけど?……とにかく、怖がってるし茶川さんたちの前でそういう話はやめよう、ね?」

「…………」


 かなり言葉は選んだつもりだったが、美冬は随分不満そうだった。「間違ったことなんて何一つ言ってないのに」という顔である。


「あんたまだ何か言うつもりなん?ええ加減に……!」


 沈黙に耐えかねて沙穂が口を開いた、その時だった。


「皆さん、いつまで騒いでるんですか!」


 がらがらがらがら、と教室のスライドドアが開いて、先生が室内に入ってきた。自分達の担任、山吹想子先生だ。四十代半ば、長い髪を一つ結びにした上品な女性教師は、自分達をぐるりと見渡して言う。


「外まで聞こえるくらいの声でしたよ。ホームルーム始めますから席についてください。……来ている生徒は、これだけですか」

「そうみたいです」

「ああやっぱり。……困ったわね。いえ、雪で来られないのは仕方ないけれど……」


 先生は教壇に立ち、出席簿を開いた。


「とりあえず、出席を取ります。皆さん、席に座って!」




 ***




 出席を取っている間に誰か来ないかと思ったが、案の定と言うべきかこれ以上生徒は出席してこないようだった。

 窓の外は、もはや吹雪に近い有様と化している。教室に暖房がついていて本当に良かったと思うゆいなである。


「来ているのは十一人だけですか」


 うーん、と山吹先生は困ったように頬を掻いた。


「心配ね。何人かは欠席の連絡が入ってるんだけど、一部の人はその連絡もないんです。どこかの道で立ち往生していたり、雪の中で迷子になっていたりしないといいんだけど。なんせ、こんなに雪が降ったことなんてここ数十年なかったことですから。皆さん経験もないでしょう?」

「そうですね。ていうか、さっきからスマホの電波もちょっと弱くなってる気がします。電話が繋がらないのはそのせいかも。今はもう、家に家電ないって人も珍しくないし」

「吹雪のせいかしら。……白樺さん、もし誰かからメールとかLINEとかが来たら教えてくださいね」

「はい」


 スマホを見つつ、頷くゆいな。いつもならフルに立ってるはずの電波が、今日は半分になったりゼロになったりを繰り返している。霊障なんてものじゃないといいけど――と少し縁起が悪いことを思ってしまった。100%、さっきの美冬の話のせいだ。


「先生達、来てるんですかあ?」


 ぽっちゃりおっとり系女子、木肌真梨衣がひらひらと手を上げて言う。のんびりした性格で、さっきの沙穂と美冬の言い争いも静観していた一人だ。


「それが、先生たちも全員来られてなくて」


 眉をひそめる山吹先生。


「正直、今日は休校にしましょうかって校長先生が言ってます。問題はこの調子だと、校舎を出るのも危ないってことだけど。雪がもう少し収まってきたら、皆さん帰宅していいですよ」


 それを聴いて、おおおおやったああ!とわかりやすく三つ子が両手を挙げて万歳した。休校=家で好きなだけ遊んでいいという認識らしい。ゆいなもそうしたいのはやまやまだったが。


「その代わり、皆さんにはたっぷり宿題を出しますからね」

「まぢで!?」

「うっそん!」

「ああああああああ」


――やっぱりい!!


 そりゃそうなるだろうな、としか言いようがない。何もない、本当にただ遊んでいい“自習”にしてはもらえないのだろうか。ただでさえゆいなはテスト勉強もろくに進んでいないし、なんなら作文だって終わっていなくて喘いでいるのだから。


「先生」


 その時だ。ふと、美冬が手を挙げて言ったのだった。


「そろそろ、来ます。時間になったみたい」

「え」


 何のこと?と山吹先生が首を傾げる。しかし、彼女が気付くよりも先に――ゆいな達が気付いていた。

 否、見えていたというべきだろうか。何故ならば。


「せ、先生、うしろ……」


 この教室の中で唯一、先生だけが黒板を背にして立っている。自分達には、彼女の後ろの光景がありのまま見えていたのだから。


「え?」


 振り返る山吹先生。その喉が、小さな悲鳴を絞り出したのを自分たちは聴いていた。

 それもそうだろう。

 黒板の前で――ふわりと浮かび上がったチョークが、勝手に文字を書き始めていたのだから。

 赤いチョークは、以下の文章を示した。


『さあ、はじまり、はじまり。ニコさんの復讐のはじまり。

 みんなが死んじゃう、パーティの始まり』

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