第2話 辺境伯の娘、運命の人に出会う
女の子たちの笑い声が止まった。振り返る。
「リクハルド様」
男の子が誰かわかると、女の子たちはそれぞれ違う方向を見だした。
「サーラスティは南だからとバカにしているのか。国民を支える農業地帯であり、国境の警備もしている大切な土地だ。お前たちは何も勉強していないのか」
「リクハルド王子、わたくしたち、用事を思い出しましたので、これにて失礼いたしますわ」
ちょんとカーテシーで挨拶をすると、四人はそそくさと離れて行った。
逃げるように離れて行った女の子たちを目で追っていた私は、お礼を言わなくちゃ、と立ち上がった。
男の子はすらりと背が高くて、見上げないといけなかった。
一つくくりにした長い髪を胸元に垂たしていた。私の髪より光沢がある。
「あの、助けてくれてありがとう」
「いいや。初めてのパーティであろう。嫌な思いをしたな」
女の子たちに向けられた声は冷たかったけど、私に向けられた声は温かかった。
「そんなでもないです。嫌な気持ちになったけど、南が田舎なのは本当だし」
人から言われるとむっとなるけど、王都に来て実際に感じていた。王都は洗練されている。
「嫌いなのか。自分の領地が」
「いいえ。大好き」
自分の領地に対して田舎だと認めたのが嫌だったのか、男の子は軽く眉をしかめたけど、私が大好きだと言って笑うと、安心したように表情を緩めた。
「私はサーラスティ辺境伯の娘、クリスタです」
「リクハルド・アールグレーンだ」
私が名乗ると、男の子も名前を教えてくれた。
アールグレーン? 国名と一緒? ということは、さっき女の子たちが王子と言っていたのは、
「第二王子の、リクハルド様?」
「いかにも」
男の子はうんと頷いた。
ええー。私の頭はまっ白になった。王族に対して、失礼な態度取っちゃったよね。
「わたし知らなくて、ええと、その、ちゃんとした話し方をしなくちゃ。ええっと」
慌てる私を見て、リクハルド王子はくすっと笑った。
「構わないよ、クリスタ嬢。話しやすいように話してくれ。肩ひじを張られるのは、僕も好きじゃない」
私はきょんとして、瞬きをした。いいの? 王族相手に?
いいって言ってくれたんだから、いいか。
「私は10歳になったの。王子は何歳?」
許可をもらったから、私は堂々といつものように話した。イスに座って。
「僕は13歳だ」
「南の領地のことに詳しいの?」
「勉強しているからな。マティアス兄上が王になるからといって、無知でいるわけにはいかない。いずれは兄上の補佐をしていくからな」
リクハルド様は何気ない風に言う。えっへんと胸を反らして自慢している感じもない。
「そっか。リクハルド王子はすごいんだね」
「何がだ?」
「勉強いっぱい頑張って、この国をもっと良くしてくれるんでしょう。すごいよ」
素直な感想を伝えても、
「あたりまえだ。すごくなんかない」
リクハルド様は首を横に振る。
「お父様が言ってたよ。隣国からこの国を守っていけるのは、王族が威張ってないからだって。仕える王様が良い人だと、守らないとって力が湧くって言ってたよ」
「サーラスティ辺境伯が?」
ずっと前にお父様から仕事の話を教えてもらったときに言っていたことを伝えると、リクハルド様は目を真ん丸に見開いた。
「辺境なんて言われているけど、国にとってとても大切な役割を長年担っているくれている一族が、そう思ってくれているのは、王族としてありがたく思う。ありがとう」
お礼を言われるなんて思ってなかったから、びっくりした。
「え? お礼言われるようなこと、私言ったかな?」
「ああ。嬉しいことを教えてもらった」
「そっか。うん」
リクハルド様はがそう言うなら、そうなんだろう。私も嬉しくなった。
「のど、乾かないか?」
「あ、うん。そうだね」
リクハルド様は顔を上げて、テーブル近くで待機している黒服の男性に手を上げて合図をした。
ささっとやってきたその人に、飲み物とお菓子を頼んだ。
取りに行くんじゃなくて、合図をして手配を頼むリクハルド様がスマートで、かっこいいと思った。
二人用のテーブルまで用意してもらい、二人だけの空間で話を続けた。
「実は、僕の母も南の領地出身なんだ。サーラスティの隣国にある漁業で有名なルスコなんだけど」
「行ったことはないけど、知ってるよ。そっか。だから南の領地も大切に思ってくれてるんだね」
「うん、まあ。南方の血が流れているからね」
国内だから、という理由だけじゃなくて、そういう理由があるんなら、と納得がいった。
「ルスコに行ったことはあるの?」
「残念ながらないんだ。母が生きているうちに連れて行ってあげたかった」
「王妃様、亡くなってるの?」
「うん。もう六年になるね」
六年前。私は四歳だから、憶えてない。知らされていなかったのかも。
「そうなんだ? 寂しいね」
「母にとっては、その方が幸せだったかもしれないけど……」
「ええ?」
「あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」
リクハルド王子は会が終わるまで、ずっと私とお話をしてくれた。小腹が空いたらお菓子を食べて、またお話して。とても楽しい時間を過ごした。
子供が参加できるこの会に、その後は行かなかった。特に理由はないけど、お兄様も一度しか行かなかったし、成人すれば社交界デビューするから、それまではいいだろう、というのがお父様の考えだったから、私はその考えに従った。
二年後に王様が事故で亡くなられ、国葬が行われた。王様と同年代のお父様は、惜しい方を亡くしてしまったと悲しんでいた。
その後、第一王位継承者だった第一王子マティアス様が即位された。
それから二年、私は14歳になった。
領地でのそれなりの勉強と、一応の礼儀作法と、楽しいダンスを習いながら、のほほんと過ごしていた私の元に、王様の使者がやってきた。
「クリスタが、第二王子リクハルド様の、妃候補にですか」
客間で迎えた王様の使者から渡された封書を開いたお父様が、驚きのあまり口調がぎこちなくなっていた。
そういう私もお母様も、声が出なかった。
「どういった経緯で、そうなったのでしょうか? 歳は確かに近いですが」
「わたくしは存じ上げません」
使者は首を振ってから、言葉を続けた。
「王命ではございませんから、お断わりになるのも可能です」
「他に候補はおられるのですか」
「今はまだおられません」
「そうですか」
お父様は思案顔。断ってしまうのかな。私の性格は、王族に向いていないかもしれないものね。
いつも庭を走り回っているし、土いじりが好きだし、お料理もお菓子作りもするし。失敗もするけれど。
姫らしくないとは言われてきている。子供の頃から。
両親にも兄にも、侍女どころか、執事やメイドたち、他の使用人からも。私は使用人や、領内で働く農民たちとも話をするから。仲良くなって、いろいろ教えてもらっている。植物の育て方や、収穫の仕方なんかも。
領地でのほほんと過ごしていたけれど、リクハルド様を忘れたことはなかった。また会えたらいいなと思っていた。
リクハルド様の妻か。どんな役割があるのかわからないけれど、お兄様を補佐していくと言っていたリクハルド様。
ご自分のすべきことに向き合われていて、謙虚な人だった。この人が国の頂点にいるなら、安心してついていけると、幼いながらに思った。
リクハルド様と二人三脚で、マティアス国王をお支えできるなら、頑張りたいと心から気持ちが湧き上がってきて――
「お父様! 私、お嫁に行きます!」
大声で宣言していた。
次回⇒3話辺境伯の娘、嗤われる
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