虐げられ姫は、一途に王弟殿下を愛している
衿乃 光希
第1話 辺境伯の娘、着飾る
鏡の前に立つ私は、いつもの私らしくない。見慣れない姿。
淡い黄色のふわふわしたドレスは、私に似合っているとは思えなかった。リボンがあちこちに付いているのも、好みじゃない。
いつも着ているのはブラウスとロングのジャンパースカート。刺繍が凝っていてすごく気に入っている。
「私らしくない」
「どこからどうみても、貴族の娘でございますよ、クリスタお嬢様」
「本当に? なんか笑ってない?」
「いえいえ。笑ってなどおりませんよ。決して」
侍女エイネはほがらかに笑っている。似合ってないとは顔に書いてないように見えるけど、本音を隠しているかもしれない。そんな人じゃないのは知ってるけど。
ためしに貴族の挨拶をしてみる。片膝を折り、腰を下げる。
「ええええ。お可愛いですよ」
エイネが目尻を下げて褒めてくれるんなら、まあいいか。軽いから動きやすいし。
私はくるりとターンを決める。
今日はお城でパーティがある。10歳になると出席できる催しで、私は両親とともに馬車に乗り、南の領地サーラスティから一カ月近くかけて王都にやってきた。
領地から出るのは初めて。ドキドキわくわくの馬車の旅はずっと楽しかった。お母様は腰が痛いと嘆いていたけれど。
王都の冬は雪が積もると聞いていたのだけど、今は夏だから、雪はなかった。残念。
着飾ったお父様お母様と一緒に馬車に乗り、王城に向かった。
十歳年の離れたお兄様は、領地でお留守番。うちは隣国との国境を守っているから、お父様とお兄様が一緒に行動をすることはないようにしている。何かあった場合に備えているかららしい。
お兄様は一度だけこの会に出席したことがあって、どんなパーティなのか訊ねたら、やたらおしゃれなご飯が食べられた、としか教えてくれなかった。
ダンスタイムもあるって言っていたけど、どんな相手と踊るんだろう。お父様のお知り合いの子供とかかしら。私はダンスが得意だから、どんな相手とだって踊れると思うわ。
王城への道中、ずっとわくわくが止まらなかった。
順番を待って馬車から降りて、両親について進むんでいく。きょろきょろしていると、お母様にたしなめられてしまった。だって領地の屋敷よりも広いし、きらきら輝いていて、煌びやかなんですもの。
「サーラスティ辺境伯様、ご到着でございます」
お父様はお母様をエスコートして、堂々と入室する。私も後をついていった。
開けられた扉の向こうは、とても華やかな世界が広がっていた。
大きな窓から夏の陽光が室内に入り、部屋全体が眩しいくらい明るい。天井から大きなシャンデリアがたくさん釣り下がっていて、光を浴びてきらきらと輝いている。
両親以上に着飾ったたくさんの大人がいて、飲み物が入った銀食器を片手に、談笑している。
子供たちも大人に負けない華やかなドレスを着ていた。胸元が広く開いていたり、両肩が出ていたり、大人が着ているドレスをそのまま子供用に仕立てたみたいだった。
私のドレスはもしかすると子供っぽいかもしれない。
気後れしてしまいそうになったけれど、用意されたものを着ちゃったんだから、もうどうしようもないよね。
すぐに切り替えて、私は両親の後ろをとことこついて回り、いろんな家族に挨拶をしていった。
しばらくして、別の部屋に移動することになった。どうやらここは本会場ではなかったらしく、移動先の部屋はもっと大きな広間だった。
壁際の長机にたくさんのお料理やお菓子が並んでいて、かぐわしい香りが漂ってくる。
音楽も聴こえてきて、中央ではダンスが始まった。
「食べていいの?」
お母様に訊ねると、「もちろんよ」と了解をもらったから、食事が並んでいる長机に走って行こうとすると、手を掴まれた。
「クリスタ。走ってはいけません。子供たちをごらんなさい」
着飾っている子供たちは誰も騒いだり、走ったりしていない。行儀よくしている。
領地にいるときみたいにはしゃいではいけないんだと悟って、私はお母様と約束をした。
「良い子にしています」
料理を取り分けてくれるメイドや黒服の男性に、食べたい物を伝えてお皿に取り分けてもらって、長机から離れたところにあるイスに座って食事をした。
お兄様が言っていたように、お料理はとてもおしゃれに盛り付けられていた。食べやすいように一口サイズにまとめてくれているし、肉料理はとても柔らかくて、子供の私にも食べやすくしてくれていた。
お菓子は焼き菓子やケーキも小さいので、いろいろ食べられて大満足だった。
お腹がいっぱいになると、やることがなくて暇になった。
大人たちはダンスをし、お話をしている。子供たちはどうしているのかなと思って、広間を歩いてみる。
すると、子供たちも大人と同じように数人が集まって話をしていた。男の子も女の子も。なかにはダンスをしている子もいたけど、少なかった。
話しかけていいのかわからなくて、通り過ぎるだけになった。
知り合い同士で話しているみたいで、気軽に入れそうになかった。私みたいに一人の子がいたら良かったのに。
年上の子たちは何度も出席しているだろうから、顔見知りがいるのはわかるけど、私と同じぐらいの子たちも、仲が良さそうに見えた。
みんな王都に住んでいるのかな。私は辺境伯の娘だから、サーラスティ以外に住む貴族の子に知り合いは誰もいない。
もう帰りたいかも。でも一人じゃ帰れないし。待ってるしかないから、人を見ていようかな、とイスに座ってぼんやりしていると、
「ねえ」
女の子四人が、私に声をかけてくれた。
「知り合いいないの?」
「あ、うん。王都に住んでないから、友達はいないの」
「だったら、話し相手になってあげてもいいわよ」
あれ? なんか、上から言われているような気がした。でも女の子たちはにこにこと微笑んでいる。王都ではこういう話し方をするのかなと、気にしないことにした。
「ねえ、そのドレス。どこで買ったの?」
「知らない。屋敷に用意してくれていたものだから」
「流行知らないの?」
「流行?」
「今年の流行は、肩出しなのよ」
どおりで大人も子供も、肩を出したドレスが多いなと思ってはいた。
「そうなんだ。流行ってあるんだ」
私が言うと、女の子たちは一瞬きょとんとした顔をしてから、くすくすと笑い始めた。
「流行を知らないなんて。どんな田舎に住んでるのよ」
「領地はどこなの?」
訊ねられて、
「サーラスティよ」
と答えた。するともっと笑われた。
えっと、領地を教えて笑われるとは思ってなかったから、私は戸惑った。
これはなんだろう。もしかして、バカにされてる?
こんな扱いを受けたのは初めてだったから、私はどうしたらいいのかわからなかった。
女の子たちは、私のドレスを見て「いつの時代のドレスなの」と言って笑う。
お母様と約束をしたから良い子でいないといけないのに、だんだんと不愉快な気持ちになってきた。
怒っちゃっていいかな、様子を窺っていると、
「なにが楽しいんだ」
ひやりと冷たい響きの男の子の声が割り込んだ。
次回⇒2話 辺境伯の娘、運命の人に出会う
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