第13話 母の体調不良

「母さん、大丈夫?」

 眠っていた母さんが、うっすらと瞼を開いた。目を彷徨わせる。


「病院だよ。お客さんが救急車呼んでくれたって、菅原のおばさんが教えてくれた」

 昼間、円花さんと来た病院に、母さんは救急搬送されていた。

「遥さんが付き添ってくれて、僕と交代で帰ってもらった」


 遥さんは菅原のおばさんの娘。今年新卒で就職したばかりで、自宅で仕事関連の勉強をしていた。その遥さんから叔母さんに連絡があって、搬送先がわかった。


「お客さんに迷惑かけちゃったね。お医者さん、何か言ってた?」

「過労だって。念のため、今日は入院しろってさ」

「過労‥‥‥? 体力には自信あったんだけどな」


 はあと、母さんが溜め息を吐く。こんなに弱っている母さんを見るのは、珍しい。風邪だってほとんどひかない人なのに。


「母さん、何歳になったんだっけ」

「えっと、46? あ、47か」

「自分の歳、間違えんなよ」

「わかんなくなるのよ」


 僕が笑って言うと、母さんも釣られたように軽く笑った。


「自分の歳がわかんなくなるぐらいだから、体力だって落ちてるだろ。休業日増やすか、スタッフ入れたら?」


 美容室の休業日は月曜日だけ。他にスタッフがいれば交代で休めるんだろうけど、母さんはずっとひとりでやっている。


「お金かかるし、その子の人生の一端に触れるって思うと、覚悟がいるのよ」

「遠慮して体壊してたら、だめじゃね」

「まあ、そうなんだけどね」

「とりあえず、明日までしっかり休みなよ。あ、叔父さんが、もうちょっとしたら着くって言ってたよ」

「篤志に連絡したの? そんなに大げさにしなくてもいいのに」


 言っているうちに、病室のドアの辺りで、「どこだ?」と戸惑う声が聞こえた。


 病室は六人の相部屋で、僕が来た時も全部のベッドにカーテンがかかっていた。たまたま病室にいた看護師さんに教えてもらえたから、ドア近くの母さんのベッドに辿り着けた。


 連絡しておけば良かったなと思いながら、

「叔父さん、ここ」

 カーテンを少し開けて顔をだす。いつもおっとりしている叔父さんが、珍しく焦っている顔つきだった。


「祐嗣くん、姉さんは」

「さっき目が覚めた。過労だって」


 叔父さんは、こくんと小さく呟いて、カーテンの中に入った。


「姉さん、大丈夫?」

「平気平気。ちょっと疲れてただけだって」


 姉弟が会話をしている中、物静かに待っている女性に僕は目を向けた。母さんへの見舞い品だろう、ラッピングされた籠を持っている。籠の中身は果物。


「こんにちは」

「こんにちは。祐嗣くん」


 囁くように小声で挨拶を交わす。相手は叔父さんの奥さんの眞紗美さん。僕の義理の叔母さんになる。叔父さんと結婚して二年だから、まだ新婚さん。


「わざわざ来てくれて、すみません」

 僕が頭を下げると、叔母さんは首を横に振った。ストレートの黒髪が、ゆっくりと揺れる。


「いいえ。倒れるなんてよっぽどだもの。心配したでしょう」

「はい、まあ。びっくりしました」


 僕の後ろにいる円花さんが「きれいな人」と呟いた。


 そうなんだよ、と反応しそうになるのを堪える。叔母さんは元バレリーナで今はバレエ教室を開いている。だからスタイルがとても良いし、姿勢が特にきれいな人だ。

 県庁で働いている地味な叔父さんとは、あまり釣り合わない。叔母さんと呼ぶのも、気が引けるほど。


「眞紗美さんも来てくれたの?」

 声を聞いた母さんが、カーテンの向こうから声をかけてくる。カーテンをもう少し開ける。


「お義姉ねえさん、大変でしたね。私まで押しかけてきてすみません」

「心配してくれてありがとうね。すぐに元気になるから」


 母さんが明るく答えると、眞紗美さんは安心したように微笑んだ。


 果物のお見舞い品に母さんは礼を言い、受け取った僕がサイドテーブルに置いた。叔父さん夫婦に席を譲って、僕は病室から出た。


 廊下で立っていると、

「お母さんが大変な時に、私に付き合わせちゃって、ごめんなさい」

 ついてきていた円花さんが頭を下げてきた。


 僕は小声で話す。病院内だからスマホを取り出すのはやめておいた。

「円花さんの件とは関係ないよ。母さん、今朝もいつもと同じだったから、僕も気づかなかった。体力だけはあるっていつも自慢してて、細い僕に筋力つけろって言ってきて、うざいなと思ってた。だから母さんは元気な人って思いこんでた。僕が気をつけてあげないといけなかったな」


「心配だね」

 円花さんが、その透き通った手を僕の肩に乗せる。

 感じられなくても寄り添ってくれているんだと思うと、不安な気持ちがやわらいだ。


 病室のスライドドアが開いて、叔父さんと叔母さんが出てくる。

「姉さん、寝るって」

「わかった。少しだけ顔見て、僕も帰るよ」


 叔父さんに伝えてからベッドに戻ると、母さんはもう寝息を立てていた。

 これからの生活について、退院後に話そうと決めて、ベッドを離れた。


 病室の外で、叔父さんたちは待っていた。

「祐嗣くん、少し早いけど、夕飯一緒にどうかな?」

 叔父さんからの誘いに、僕は頷いた。




   次回⇒14話 信じたい

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