第2話:約束を信じた日

「なあ、みどりちゃん。

俺、ちょっとだけ外の世界を信じてみるよ。

すぐ戻るからな」


そう誓い、翌日には投票所へ足を運んでいた。

名前はたしか……天野真里。


そうだ、天野真里だ。


時は流れた。

両親が相次いで亡くなり、

蓄えも底をつく。


わずかに残った親族は、

顔を合わせるたびに口を揃えて言った。

「魚なんか飼っている場合か。働け」と。


俺は水槽にすがるように語りかけた。


「みどりちゃん……。

もう、お前しかいないんだ、俺には。

ずっと、一緒だからな」


炊飯器は埃をかぶり、

冷蔵庫はとうにただの箱と化した。


残されたのは、

みどりちゃんの餌である

乾燥クリルだけ。


ある夜、俺は吸い寄せられるように

それを手に取った。


指でひとつまみ、口へ運ぶ。

塩辛く、粉っぽい。

乾いた笑いがこぼれた。


「……クリルって、こんな味がするのか」


――そうだ。これが、敗者の味だ。


「……見捨てないって言ったくせに。

やっぱり、嘘だったじゃないか」


言葉は吐息となり、水槽の前で消えた。

俺は、懺悔するように呟いた。


「……ごめんな、みどりちゃん。

お前の飯なのに……

俺、これしかなくて……

全部、食べちまった」

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