「東屋」

低迷アクション

第1話


 「最初から、可笑しいと思ってたんだ。よく考えてみりゃわかる。あれの配置されてる場所は山から、この麓の町だ。わかるか?皆知ってたんだ。知ってて、見て見ぬフリしてた。俺があそこを通る事をわかってた癖にな。皆知らないなんて、ぬかしやがって…畜生」


電話越しでも、相手の怯えている顔が想像できる。声を張り上げているのは、極度の緊張と、この時期、最早当たり前となったゲリラ豪雨の音に負けないためだろう。


“あれ”とか“あそこ”と言った抽象的な表現はわかりにくかったが、電話の話を聞く内に、相手が友人の紹介で知り合った“H”だと言う事がわかる。


記憶を辿れば、彼と会ったのは半年前だ。体験を話してもらって以降、音信不通となっていたから、すっかり忘れていた。何か変化があったと言う事だろうか?そのまま、Hの“その後”を取材した。以下に記すのは、半年前と現在進行形で起こっているモノである。



 彼の仕事は廃棄物の処理だ。家庭から業者ごみ、あらゆるモノを分別、処理を行う。これらの作業施設は大抵、山奥などの人口密集地でない場所に作られる。


金のある自治体では、廃棄処理工程がしっかりとした設備を設け、臭いや有害物質が極力出ないを建前とした施設を市内に作る事が出来るが、Hの町は金が無い方だった。


かつて、林業で栄えた山間は、不法投棄の遺棄所の上に立つ自然公園と、その隣で有害ではないと言い切る煙を周囲に垂れ流す処理施設に姿を変える。


これらは昭和中期に行われた事であり、平成、令和の時代を生きるHや、その家族に以前の山を知る者はいない。


また、彼等より上の高齢世代も、特に昔を懐かしむ様子はなかったし、何よりH自身が、この変容した山の環境を好いていた。


処理施設の仕事は危険や健康被害の不安はあるが、単調で余暇を取りやすいし、通勤に使う自然公園は適度に舗装されており、自転車に持ってこいだ。

Hはサイクリングを趣味としている。毎朝片道8キロと山道を駆け上がり、汗を流している。行きは、町からジョギングする人達と一緒に登り、帰りは、公園内に設けられた貸し農園を利用した町の人達と下りる。


何処か半田舎を思わせる生活スタイルが、自身に合っていると思えた。

処理施設の古参は皆、山の出身だが、町で姿を見かける事が多いと感じる。


「土地売った金で設けたかって?そんなの一部の奴らよ。テメーの儲けにもならなかった公園なんか、誰が行くよ?」


業務中の会話で一人納得した。自分にとっては都合がよくても、見方は立場によって変わる。


それだけだと思っていた、ある雨の日…


「おい、H、外凄い雨だぞ?自転車積むから乗ってけ」


「大丈夫ですよ。〇〇さん、雨具は持ってきてますから」


先輩の気遣いをやんわり固辞したHは雨が降る外へ、自転車を走らせた。

数年も通勤していれば、多少の雨や雪程度は慣れる。何より毎回天候が崩れる度に、送ってもらうのは、気が引けた。


午後から降り出した雨も小雨になっている。この程度ならば…


そう思いながら、人気のない公園を進む。大型駐車場を通過すると、芝生が敷かれた円形の広場に出る。広場に沿うように設けられた歩道を抜ければ、後は一気に下るだけ…と、天候を気にする、焦りにも似た感情がいけなかった。


ペダルを漕ぐ足に力を入れた瞬間、不覚にも滑って踏み外す。


自転車の軌道が大きくズレ、慌ててバランスを取るも、間に合わず…

歩道の端々に設置されている東屋に乗り入れてしまう。中には2人の少年…


立ちあがって、こちらを見ている。突然の闖入者に驚いたと言った様子だ。


「す、すいません」


自分より年が下であるのに関わらず、咄嗟の謝罪を口にすると、自転車に跨り、すぐに飛び出した。雨で滑りやすい坂道を下り、一般道を走っている内に、ふと気づく。


(俺は何で謝った?それも敬語で)


何かいけないものを見たと言う覚えがある。立ち上がる前、二人の少年が頭と頭を突き合わせて…


「それは、古い言い方かもしれないけど、睦言、いや、直球表現だと、男同士でキスをしていたって事か?何て言うか、今の時代なら驚く話じゃないだろ?まぁ、差別、偏見抜きに見ても、気まずい所に居合わせて、思わず敬語ってのは、わかるよ。実際…」


「いや、そうじゃないんだ。そのキスってのも怪しい。俺が見たのは、東屋のベンチに片方が仰向けに寝そべってて、もう片方が、そいつの頭の方から覗きこむように顔を近づけるって感じの奴で、何か変だった。それに服装も何処か古めかしい。あれは…着物、ほら、大正、明治くらいの学生ふ…」


「悪いけどな。H、恋愛の仕方だって、色々だよ。雨の野外で誰もいない空間での秘め事なんて、カップルなら興奮するんじゃないか?スリル感もあるし。服装にしても、雨と夕暮れで視界悪い中での話だろ?それを変なの見たみたいに言っちゃうのは、ちょっとどうかと思うぞ?」


こちらの指摘にHは黙り込み、話は終わった…



 それが半年前であり、現在の性急な電話に話は戻る。


「あれ以降、雨の日に東屋の前を通っても、何もいなかった。だけど、先週、晴れの日の夕方だ。山から下りた先にある川の土手に設けられてる東屋、いや、休憩所…


屋根のある場所なら、何処でもいいんだ…とにかく、あいつ等がいた。こないだみたいに顔を突き合わせてる訳じゃない。土手から俺がいる歩道を真っ直ぐに指さしてた。


無表情で俺を見ていた。今度はハッキリと見た。連中、とても今を生きてる人間じゃない。明治と昭和の学生服だ。服の色褪せ具合をあんなにハッキリ再現出来るコスプレなんてねぇぞ?


絶対に生きてる奴等じゃない。しかも、いいか?この話はこれで終わりじゃない。

昨日は俺ん家前の公園にある屋根付きスペースの中から、手招きしてやがった。俺を真っ直ぐ無表情にガン見しながらな」


更にHはこの2人について、山に暮らす職場の先輩達にも、話を聞いたと言う。しかし、今まで、どんな質問や難題にも、好々爺のように答えてくれた彼等は、東屋の2人の話になった途端、全員が顔を強張らせ、彼から離れていった。


それでも、どうにか頼みこみ、1人を説き伏せると、相手は辺りを伺いながら、低い声で


「どっか遠くに行け。仕事も辞めてな」


と言う。そんなに不味い状況なのか?と強く問い詰めれば、


「お前は選ばれちまった。昔は当たり前だったんだ。山で生きていくためにはな?

だけど、戦争が終わった頃から、もうそんな話は時代錯誤だし、山だけで生きる必要もない…実際、かなりの人が山を下りたからな。でも、暮らしてかなきゃいけない人間もいる…だから


"もう、アンタ等に頼らなくても、俺等は生きていける"


って事を示す意味で、社(やしろ)潰して、処理場と産廃なんかの投棄場所を作った。


人間も忌み嫌う場所にすりゃ、連中も引っ込むだろうとな?問題はこれで治まった。ところがだ。何も知らない世代が公園なんかにしちまった。わかるか?人がまた入るようになって、アイツ等は必要とされたと勘違いした。東屋は社の代わりと認識されたんだ。


ホントに馬鹿な話だ。余計なモンを呼び起こした上に、町のよい所を活かす政策とかで、山から町まで下りる道、要所、要所に東屋みたいな休憩スペースを設けたんだからな。


連中の通り道まで作って、麓まで来れるようにしやがった。


俺達は仕方ないと諦めた。こんな話、誰も信じないし、環境保全だSDなんたらの建前にのってはしゃぐ町の奴等なんて知った事か?ってんだ。


まさかお前が公園を通ってるとは、知らなかった。早く、ここから逃げた方がいい。


お祓いとかは意味ねぇ。そもそも力を借りる側の奴の祓いなんて出来ねぇ話だ。

わかるだろ?」


これらの顛末を当てつけのように捲し立てた後、Hは電話を一方的に切る。こちらからのかけ直しやショートメッセージにも返事はなかった。


その後の彼の顛末は、ネットで掲載された地方紙の記事と友人達からの話で知る事が出来た。


彼等の話によれば、電話をした次の日に、Hはこの町を出た。午前中一杯自転車を飛ばし、休憩した場所で彼は心不全を起こし、亡くなった。


周囲の人間の証言によれば、Hは近くにいた2人組の少年を指さした直後に倒れ、死亡したと言う。


彼が立ち寄った場所は山の間にある道の駅だった…(終)

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