3 歩道橋
その犬は大きな
わたしの日課は朝の散歩。生まれつき目は見えないが、半径一メートルの範囲であれば、障害物の把握が出来る特殊な体質をしていた。
感覚的に言えば、全身から超音波のようなものが放射状に出ていて、物体がソレに当たると、跳ね返ったソレの
いつものように常温の緑茶を入れた水筒を、斜め掛けのボトルカバーに入れて肩から下げる。小さなリュックには、お昼に食べるハムとサラダのサンドイッチを詰めた。
あてもなくぶらぶらと散策し、昼食を食べ、のんびり過ごして帰宅するのが、いつものパターン。
その日は
しばらく歩いていると、前方から前かがみに歩く人物が近づいて来た。まだ半径一メートルには届かないが、波動と
わたしは傘を
「待ちなさい」
わたしはびくりとして、立ち止まった。
「わたしに何か
振り向いて返事を待つと、その人物はゆっくりとした口調で言った。
「
「大丈夫ですよ。雨も
わたしが
「いいにゃ、こんな時は、家で
わたしは聞こえない振りをして、そそくさと立ち去った。
鼻歌を口ずさみながら三十分ほど歩くと、車の行き交う音が聞こえた。大きな交差点がある感じ。前方右寄りには歩道橋があった。点字ブロックを
三百二十五、三百二十六……。わたしは
疑問を振り払って再び再開する。上りの階段は、ちょうど四百段で終わりを告げた。
歩道橋はしんと静まり返っているが、時折横風に
朝の散歩で今日ほど不安を感じたのは初めてだ。先程の世話焼きお婆さんの予想が的中したのかも知れない。占いや迷信などに関心が無いわたしだが、この時ばかりは不安も手伝ってか、散歩に出掛けた事を後悔し始めていた。
体感で五十メートルほど進むと、前方に気配を感じた。歩くペースを緩め、手摺につかまりながら
歩道橋の上に
「お嬢さん。帽子はいかがかな?」
唐突にその露天商は言った。歩道橋の上にブルーシートを敷き、数点の帽子を並べているようだ。
「ごめんなさい。わたしは
「こいつがよく似合う」
露天商はそう言うと、わたしの頭にぴったりの帽子を
「ありがとう。残念だけど今、持ち合わせがないの」
「リュックの中身で手を打とうか?」
「折角のお昼が無くなる」
露天商はしばらく押し
「半分で手を打とう。昨日から何も食べていないのだ」
わたしは小さなリュックからサンドイッチケースを取り出した。ふたを開けると、ハムとドレッシングの
「ハムの方がいいな」
露天商が
「好きなものを半分取っていいわ。その代わり帽子はわたしのものよ」
雨が
先程の不安が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます