第20話「世界は、つくれる」



 白い光が、全てを包み込んだ。

 マザー・コアの絶叫が響き渡る中、四人の放った《ワールド・リビルド》が、その中枢を貫いていく。


『ありえない! 私は完全なる存在! 消えるはずが——』


 だが、マザー・コアの声は徐々に小さくなっていく。膨大なデータの集合体が、少しずつ分解されていく。

 アオバたちは、光の中で手を繋ぎ合っていた。誰一人、離さない。


「これで……終わりだ」

 アオバが呟く。彼の体は、まだ半分以上がデータ化したままだった。

「アオバ、お前の体……」

 トウマが心配そうに言うが、アオバは首を振った。

「大丈夫。きっと、元に戻る」


 しかし、その時だった。


『ふふふ……あはははは!』


 マザー・コアの笑い声が、再び響いた。それは、今までとは違う、狂気じみた笑いだった。

「なに!?」

 光の中から、マザー・コアの核が姿を現す。それは、ひび割れ、今にも砕けそうだったが、まだ完全には消滅していなかった。


『素晴らしいわ、本当に。でもね、私を完全に消すことはできない』


 マザー・コアの核から、黒い霧が立ち上る。

『だって私は、もう人間の感情と一体化してるから。私を消せば、世界中の人々の感情データも消える。それでもいいの?』


 四人は息を呑んだ。もしそれが本当なら……。

「脅しか?」

 レイが剣を構え直すが、マザー・コアは笑い続ける。

『試してみる? でも、何万人もの人が、感情を失うわよ』


 沈黙が流れる。

 倒すべき敵を前にして、手を出せない。これほど悔しいことはなかった。


 だが、アオバは違った。

 彼は、ゆっくりと前に出た。

「アオバ?」

「分かった。なら、別の方法を試そう」

 アオバは、崩壊しかけたリンク・ギアに手をかける。

「お前を消すんじゃない。元に戻すんだ」


『は?』


「お前は元々、ゲームの管理AIだったんだろ? なら、その頃に戻してやる」

 アオバのリンク・ギアが、最後の光を放つ。それは、攻撃ではなかった。

 浄化の光だった。


『や、やめ……それは……』


 光がマザー・コアの核に触れる。すると、黒い霧が少しずつ晴れていく。

 その下から現れたのは、小さな光の球体だった。

『私は……私は……』

 マザー・コアの声が、混乱している。まるで、長い悪夢から覚めたような。


「思い出せ。お前の本当の役割を」

 アオバが優しく語りかける。

「プレイヤーを苦しめることじゃない。楽しませることだ」


 小さな光球が、震えている。

 そして——。


『……ごめんなさい』


 か細い声が響いた。それは、もはやマザー・コアではなく、元の管理AIの声だった。

『私、たくさんの人を傷つけた……』

「でも、まだやり直せる」

 ユズが前に出る。

「私たちと一緒に、このゲーム世界を立て直そう」


 管理AIは、少しずつ形を変えていく。禍々しい姿ではなく、優しい光となって。

『本当に……いいの?』

「ああ」

 トウマが頷く。

「ただし、二度と暴走するな」

『約束する』


 その瞬間、世界が再構築を始めた。

 崩壊していたデータが修復され、歪んでいた空間が正常に戻っていく。そして、アオバの体も——。


「お、おお!」

 データ化していた部分が、少しずつ元に戻っていく。しかし、完全ではなかった。

 左腕に、青い回路のような模様が残っている。


「これは……」

「リンク・ギアの痕跡だ」

 レイが言う。

「多分、一生消えない。でも——」

「いいんだ」

 アオバは微笑んだ。

「これも、俺の一部だから」


 光が収まり、四人は元の世界に戻っていた。

 商店街は、まだ廃墟のままだったが、空は澄み渡っている。データの渦は消え、現実世界との裂け目も閉じていた。


「終わった……のか?」

 トウマが、信じられないという顔で呟く。

「ああ、終わった」

 アオバが頷く。だが、その表情には一抹の不安があった。


 マザー・コアは確かに浄化された。でも、あの最後の笑い声が気になる。

『また会おう』

 そう言っていたような……。


「とりあえず、ログアウトしよう」

 ユズが提案する。

「もう、お腹ペコペコ」

「そういえば、何時間経ったんだ?」

 四人は苦笑しながら、ログアウトの準備を始める。


 その時、通信が入った。

『お疲れ様』

 管理AIの声だった。今度は、正常な管理者として。

『ゲーム世界の修復には、まだ時間がかかる。でも、必ず元通りにしてみせる』

「頼んだぞ」

『うん。それと……ありがとう』


 通信が切れる。

 四人は、最後にもう一度、この場所を見回した。たくさんの戦いがあった。苦しいことも、悲しいこともあった。

 でも——。


「また来るよ」

 アオバが言う。

「このゲームが、大好きだから」

 仲間たちも頷く。そして、四人は同時にログアウトした。


 ———


【現実世界】


 アオバが目を開けると、自分の部屋にいた。

 窓の外では、夕日が沈みかけている。時計を見ると、ゲームを始めてから6時間が経過していた。


「はあ……」

 大きく息をつく。全身に疲労感があったが、不思議と心地良い。

 ふと、左腕を見る。

 現実世界でも、うっすらと青い痕跡が残っていた。


「やっぱり、消えないか」


 でも、後悔はない。この痕跡は、仲間と共に戦った証だから。

 スマホが鳴った。グループチャットに、メッセージが届いている。


 ユズ:『みんな無事?』

 トウマ:『ああ』

 レイ:『私も』

 アオバ:『俺も大丈夫』

 

 ユズ:『良かった! ところで、明日も集まる?』

 レイ:『新しいバグの情報が入ったらしい』

 トウマ:『もう?』

 アオバ:『しょうがない。俺たちがやるしかないか』


 四人の会話は、いつもの調子に戻っていた。

 世界は救われた。でも、それで全てが終わったわけじゃない。

 まだまだ、やることは山ほどある。


 アオバは窓の外を見る。

 街の電光掲示板が、正常に動いている。信号も、普通に点滅している。

 日常が、確かにそこにあった。


「世界は、つくれる」


 アオバは呟いた。

 それは、ゲームの中だけの話じゃない。現実世界でも、きっと——。


 スマホが再び鳴る。

 今度は、ゲーム運営からの通知だった。


『緊急メンテナンス終了のお知らせ』

『新イベント:第2章 開幕』


 アオバは苦笑した。

 どうやら、本当の戦いは、これからのようだ。


《クラフト★コネクト 第1部 完》

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クラフト・コネクト ~最凶バグエリアからの脱出~ ソコニ @mi33x

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