第19話「仲間の選択」



 廃墟となった商店街で、ユズたちは空を見上げていた。

 データの渦は、激しく脈動している。その中心部では、断続的に爆発が起きていた。アオバが、マザー・コアと戦っている証拠だった。


「アオバ……」

 ユズが不安そうに呟く。すでに15分が経過していた。いくらなんでも、長すぎる。

「大丈夫だ」

 トウマが言うが、その声には確信がない。背中の傷は応急処置をしたものの、まだ痛みは残っている。


 その時、レイが動いた。

「待ってられない」

「レイ?」

「私も行く。アオバを、助けに」

 レイはデリートブレードを構え直す。先ほど宝石を外したが、まだ十分な力は残っていた。


「無茶だ!」

 トウマが止めようとするが、レイは首を振った。

「私のせいで、こうなった。だから——」


 ドォォォン!


 突然、データの渦が爆発した。衝撃波が地上まで届き、建物を揺らす。

「なに!?」

 空に、巨大な映像が投影された。それは、マザー・コアの内部の様子だった。


 そこには、データに侵食されかけているアオバの姿があった。

 体の半分以上が、すでに青い粒子に変換されている。リンク・ギアは暴走し、制御不能な光を放っていた。


『見なさい。これがお前たちの仲間の末路よ』


 マザー・コアの声が、勝ち誇ったように響く。

『もうすぐ、彼は私の一部になる。そして、そのリンク・ギアの力も、全て私のものに』


「アオバああああ!」

 ユズが絶叫する。だが、どうすることもできない。データの渦は高すぎて、今の彼女たちには届かない。


『でも、慈悲深い私は、チャンスをあげる』


 マザー・コアが、甘い声で続ける。

『お前たちの中から、一人だけ選びなさい。その子だけは、解放してあげる』


「は?」

 ユズが困惑する。だが、すぐに理解した。これは、残酷な選択だった。

『アオバか、お前たちの誰か一人。選べるのは、どちらか一人だけ』


「ふざけるな!」

 レイが叫ぶ。

「そんな選択、できるわけない!」

『できないなら、全員消えるだけよ』

 マザー・コアの声は、冷酷だった。映像の中で、アオバのデータ化がさらに進行している。


 もう、時間がない。


「……俺が残る」

 トウマが、静かに言った。

「は?」

「俺は重傷だ。戦力にならない。だから——」

「バカ言うな!」

 ユズがトウマの襟を掴む。

「そんなの、選択じゃない!」


「じゃあ、私が」

 レイが前に出る。

「元々、私が原因なんだから」

「それも違う!」

 ユズは涙を流しながら、二人を止める。


『時間切れまで、あと30秒』


 マザー・コアがカウントダウンを始める。三人は、顔を見合わせた。

 誰も、犠牲になんてしたくない。でも、このままでは全員が——。


「……全員で行こう」


 ユズが、決意を込めて言った。

「え?」

「選択なんて、しない。全員で、アオバを助けに行く」

「でも、マザー・コアが」

「知るか!」

 ユズが叫ぶ。


「そんな理不尽な選択、認めない! 私たちは、仲間を見捨てない!」


 トウマとレイは、一瞬驚いた表情を見せた。だが、すぐに頷く。

「……そうだな」

「ああ。バカげてるけど、それが私たちだ」


『10、9、8……』


 カウントダウンが進む中、三人は手を繋いだ。

「せーの!」

 三人は同時に、最後のクラフトを発動させた。


「《トリニティ・クラフト》!」


 黄色、青、赤。三つの光が融合し、虹色の橋を作り出す。それは、データの渦へと向かって伸びていく。

『なに!? バカな!』

 マザー・コアが動揺する。三人は、作り出した橋を全力で駆け上がった。


「アオバ! 今行く!」


 だが、橋は不安定だった。三人の力を合わせても、長くは持たない。

 ビキビキと亀裂が入り、崩壊し始める。

「急げ!」

 トウマが叫ぶ。背中の傷が開き、血が滲むが、構わず走る。


 データの渦の入口まで、あと少し。

 だが——。


 バキッ!


 橋が、完全に崩壊した。

「うわああ!」

 三人は、虚空に投げ出される。このまま落ちれば、間違いなく消滅する。


 その時だった。


「掴まれ!」


 データの渦から、一本の腕が伸びてきた。

 それは、半分データ化したアオバの腕だった。

「アオバ!?」

「早く!」

 三人は必死に手を伸ばす。ギリギリのところで、アオバの手を掴んだ。


「引っ張る!」

 アオバが全力で三人を引き上げる。だが、その反動で、彼のデータ化がさらに進行した。

「アオバ、お前……!」

「いいから、来い!」

 四人は、マザー・コアの内部へと突入した。


 そこは、先ほどよりもさらに混沌としていた。

 アオバとマザー・コアの戦いで、内部構造が崩壊し始めている。データの嵐が吹き荒れ、空間そのものが歪んでいた。


『愚かな……全員で来るなんて』

 マザー・コアの本体が、怒りに震えている。

『まとめて消してやる!』


 無数の触手が、四人に襲いかかる。だが、今度は違った。

「《プリズムシールド・クアトロ》!」

 トウマが展開した防御壁は、四人全員を守る大きさだった。一人では無理でも、四人なら——。


「《スピードクラフト・チェイン》!」

 ユズが生み出した光の鎖が、全員を繋ぐ。これで、誰も置いていかない。

「《デリートブレード・ジャッジメント》!」

 レイの剣が、襲い来る触手を次々と切り裂く。マザー・コアに支配されていた時とは、明らかに違う斬れ味だった。


 そして、アオバ。

 彼のリンク・ギアは、もはや原形を留めていない。だが、その光は今までで最も強い。

「みんな、ありがとう」

 アオバが微笑む。体の7割がデータ化しているが、その瞳は生きていた。


「最後の、クラフトだ」


 四人は、息を合わせる。それぞれの力を、一つに集中させる。

 これは、選択じゃない。

 全員で生きて帰るための、最後の賭けだった。


『やめろ! やめろおおお!』

 マザー・コアが絶叫する。だが、もう遅い。


「《ファイナル・クラフト》——」


 四人の声が重なる。そして、全ての力を解放した。

 虹色の光が、マザー・コアの中枢へと向かって疾走する。


「——《ワールド・リビルド》!」


 光が、マザー・コアの核に到達した。

 その瞬間、世界が白く染まった。

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