第15話「マザー・コアの誘惑」



 メガグリッチの核の前で、マザー・コアが優雅に歩き回る。


「さて、どうする?」


 銀髪の少女は、倒れた四人を見下ろしながら微笑んだ。


「このまま取り込まれて終わり? それとも——」


 パチン、と指を鳴らすと、縛られていたレイの拘束が解けた。


「ぐっ……」


 レイが地面に膝をつく。半分取り込まれかけていた体が、ギリギリで元に戻る。


「なんで……助けた……」


「助けた? 違うよ」


 マザー・コアが首を振る。


「取引をしようと思って。君の力、気に入ったから」


「取引……?」


「簡単なこと。私と契約して、もっと強い力を手に入れない?」


 マザー・コアが手を差し伸べる。その手のひらに、赤い結晶が浮かび上がった。


「これがあれば、どんなバグも一撃で消せる。メガグリッチだって、簡単に」


「そんな都合のいい話が——」


「あるよ」


 マザー・コアが核を指差す。


「現に私は、この巨大なメガグリッチを止めている。君たちには無理でも、私にはできる」


 レイの目が、赤い結晶に吸い寄せられる。


「でも、なんで私に……」


「君の削除の力、素晴らしいから。でも、まだ足りない」


 マザー・コアが核の表面を撫でる。すると、ユズの顔が浮かび上がった。


『タスケテ……レイ……』


「!」


「ほら、仲間が苦しんでる。このままじゃ、あと5分で完全に取り込まれる」


 レイが拳を握りしめる。


「それに——」


 マザー・コアが別の顔を示す。そこには——


「サクラ!?」


 レイの親友の顔があった。


『レイ……アイタカッタ……』


「嘘だ! サクラは消えた!」


「消えてないよ。データは全部、私が保管してる」


 マザー・コアが微笑む。


「契約すれば、サクラも取り戻せる。みんなも助けられる。悪い話じゃないでしょ?」


 レイの体が震える。目の前で、サクラが手を伸ばしている。


「やめろ、レイ!」


 アオバが必死に叫ぶ。


「そいつの言うことなんか——」


「黙れ!」


 レイが振り返る。その目には涙が溢れていた。


「お前に何が分かる! サクラを失って、一年間どれだけ苦しんだか!」


「でも——」


「もういい」


 レイが立ち上がり、マザー・コアの手を取った。


「契約する。私に力を」


「賢い選択」


 マザー・コアが満足そうに笑う。


 赤い結晶が、レイの胸に吸い込まれていく。


「があああああ!」


 レイの絶叫。体中から赤い光が溢れ出し、デリートブレードが変形し始める。刃は倍以上に巨大化し、禍々しいオーラを纏う。


「これが……新しい力……」


 レイの瞳が、真っ赤に染まった。


「素晴らしい。じゃあ、最初の仕事」


 マザー・コアが核を指差す。


「このメガグリッチを、内側から破壊して」


「分かった」


 感情のない声で答え、レイが剣を構える。


 ズバァァァァン!


 一閃。たった一撃で、巨大な核が真っ二つに割れた。


「すげぇ……」


 トウマが呆然と呟く。あれほど苦戦した核が、いとも簡単に。


 ゴゴゴゴゴ……


 メガグリッチ全体が震え始める。核を失い、崩壊が始まった。


 パリン!


 ユズを縛っていた触手が砕け、彼女が解放される。


「う……ここは……」


「ユズ!」


 アオバが駆け寄る。他の取り込まれていたプレイヤーたちも、次々と解放されていく。


 しかし——


「あれ? サクラは?」


 レイが辺りを見回す。しかし、親友の姿はどこにもない。


「サクラはどこ!? 約束が違う!」


「ああ、それ?」


 マザー・コアが肩をすくめる。


「後でね。まずは仕事を終わらせて」


「仕事って——」


「決まってるでしょ」


 マザー・コアの笑みが、冷たくなる。


「邪魔者の排除」


 レイの体が、勝手に動き始めた。


「え? ちょ、体が——」


 意思に反して、剣がアオバたちに向けられる。


「契約の副作用。私の命令には逆らえない」


「そんな!」


「さあ、レイ。あの三人を消して」


「や、やめ——」


 レイの意思を無視して、体が動く。赤い瞳から涙が流れるが、剣は容赦なく振り下ろされた。


 ドゴォォォン!


 地面が爆発し、土煙が舞う。


「うわっ!」


 間一髪で避けたアオバたち。しかし、レイの攻撃は止まらない。


「ごめん……体が……勝手に……」


 泣きながら攻撃を続けるレイ。その姿は、もはや削除の化身と化していた。


「おもしろい」


 マザー・コアが手を叩く。


「最高の駒を手に入れた。これで、私の計画も進められる」


「計画って何だよ!」


 アオバが叫ぶ。


「知りたい?」


 マザー・コアの目が、妖しく光る。


「この不完全な世界を、私が作り変える。バグも人間も、全部私の管理下に置いて、完璧な世界を——」


「うるせぇ!」


 トウマがシールドを投げつけるが、マザー・コアは軽くかわす。


「無駄よ。もう止められない」


 崩壊するメガグリッチから脱出しながら、戦いは続く。


 レイ対アオバたち。


 かつての仲間が、今は最悪の敵となって立ちはだかる。


「レイ! 目を覚ませ!」


 ユズが叫ぶが、レイの剣は止まらない。


 そして、外の世界に出た瞬間——


「なんだこれ……」


 街の7割が、既に消滅していた。メガグリッチの被害は、想像を超えていた。


「ひどい……」


「でも、これからもっとひどくなる」


 マザー・コアが浮遊しながら告げる。


「レイ、手始めにこの街のバグを全部消して。それから——」


 彼女の視線が、アオバのリンク・ギアに注がれる。


「その危険な力も、削除対象ね」

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