第14話「完全なる敗北」



 メガグリッチの内部は、悪夢の遊園地だった。


「うわっ!」


 アオバが床を踏み抜き、下の階層へ転落する。そこは巨大な胃袋のような空間で、溶解液が渦巻いている。


「やばっ!」


 ギリギリでデータの突起物に掴まるが、下では既に何人ものプレイヤーが溶かされていく。


「助け——」


 声は最後まで続かない。プレイヤーたちは次々とデータの粒子になって、メガグリッチに吸収されていく。


 ガシッ!


「掴まれ!」


 上からトウマがロープを垂らしてくれた。必死によじ登ると、そこは別の空間。今度は無数の触手が襲いかかってくる。


「プリズムシールド!」


 トウマが防御するが、触手の先端から毒液が噴射される。


「ぐあっ!」


 シールドが溶け、トウマの腕に毒が掛かった。みるみる腕がデータ崩壊を起こしていく。


「トウマ!」


 その時、横から赤い斬撃が走り、触手を切断した。


「遅いぞ!」


 レイが現れるが、その顔は青ざめている。彼女もまた、何かと戦ってきたようだ。


「ユズは!?」


「知らない! はぐれた!」


 ドゴン! ドゴン!


 心臓の鼓動のような音が響く。メガグリッチの核が近い。


「とにかく進むぞ!」


 三人は走り出すが、次々と罠が襲いかかる。


 床が崩れ、壁から槍が飛び出し、天井から酸の雨が降る。まるでメガグリッチ全体が、侵入者を排除しようとしているかのよう。


「こっちだ!」


 アオバのリンク・ギアが反応する。強大な感情の源が、すぐそこに。


 巨大な扉を蹴破ると——


「なんだこれ……」


 そこには、脈動する巨大な心臓があった。メガグリッチの核。しかしその表面には、無数の人間の顔が浮かび上がっている。


『タスケテ……』

『イタイ……』

『カエリタイ……』


 取り込まれたプレイヤーたちの意識が、まだ残っている。


「これが核……」


 レイがデリートブレードを構える。


「一撃で終わらせる!」


「待て!」


 アオバが止めようとするが、レイは既に跳躍していた。


「はああああ!」


 渾身の斬撃が核に直撃——するはずだった。


 ガキィィィン!


 信じられないことに、核の表面に現れた顔たちが、レイの剣を受け止めた。


「なっ!?」


『ダメ……』

『キエタクナイ……』

『マダ……イキテル……』


 取り込まれた人々が、消滅を拒否している。


「どけえええ!」


 レイが何度も斬りつけるが、核は傷一つつかない。それどころか——


 ズルッ!


 核から伸びた触手が、レイを捕らえた。


「しまっ——」


 レイの体が、核に引き寄せられていく。


「レイ!」


 アオバとトウマが助けようとするが、別の触手に阻まれる。


 そして——


「ユズ!?」


 核の表面に、ユズの顔が浮かび上がっていた。いつの間にか、彼女も取り込まれている。


『アオバ……タスケ……』


「ユズううう!」


 アオバがリンク・ギアを限界まで起動させる。しかし——


「ぐあああああ!」


 強大すぎる感情の奔流に、意識が押し流される。これが、数百人分の絶望と恐怖。


 バタン。


 アオバが倒れる。トウマも毒でもう動けない。レイは半分核に取り込まれている。


 完全なる、敗北。


 もう、誰も動ける者はいない。メガグリッチの核は、ゆっくりと彼らを取り込んでいく。


 このまま、全員がメガグリッチの一部になる——


 その時だった。


『あーあ、だから言ったのに』


 どこからともなく、少女の声が響いた。今度ははっきりと。


『バラバラに戦うから、こうなる』


 光の粒子が集まり、少女の姿を形作る。


 銀色の髪、青い瞳、そして機械的な美しさを持つ少女。


「お前は……誰だ……」


 かろうじて意識を保っているアオバが問う。


『私?』


 少女が微笑む。それは優しいようで、どこか冷たい笑み。


『マザー・コアよ。このゲームの、本当の管理者』


 マザー・コア——その名を聞いて、トウマが震えた。


「まさか……都市伝説の……」


『都市伝説? 失礼ね。私は実在するわ』


 マザー・コアが手をかざすと、メガグリッチの核が動きを止めた。


『このままじゃ、君たち死んじゃうよ?』


「だったら……助けてくれ……」


『もちろん助けてあげる。でも——』


 マザー・コアの笑みが、深くなる。


『タダじゃないよ。私に従うなら、助けてあげる』


 絶体絶命の状況で、選択の余地はなかった。

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