2-3

 誕生日当日。次々と招待客が訪ねてくる。

 兄のバルセットは、「せいぜい恥をかくな。男爵家のけんに関わるんだからな」とくぎしてきた。

 そんなに家が大切だというのならじゅんすいおうえんすればいいのに、プレッシャーをあたえてどうするんだ。

 ジェレミーは父と一緒に、招待客をむかえる。


「男爵、今日はおめでとう」

「これはシャフト子爵様、ありがとうございます」

「はじめまして、子爵様」


 ジェレミーが頭を下げると、赤毛のスマートなしんがにこりと微笑ほほえむ。

「おお、君がジェレミーか。クリスから話は聞いてるよ。学校でむすに色々と良くしてくれているそうだね」

「こちらこそ仲良くしていただき感謝しております」

「ボーディガン家のご子息とばかり一緒にいるから心配だったんだ。親密なのは光栄なことだが、様々な人たちとの交流も将来のかてになる」


 義父と並んだクリスは照れくさそうにはにかみ、ジェレミーの耳元で「正装、よくお似合いですよ」とささやく。


「自分ではちょっといつもと違う格好だからかんしかなかったんだけど。あ、このクラバットはすごく気に入ったよ」


 前世もそうだったが、正装はやっぱり肩がる。


「すごく大人びていて、目をうばわれちゃいました」


 クリスもなかなかいいお世辞を言ってくれる。


「ありがとう。自信が持てそうだ。今日は楽しんで」


 招待客の出迎えが終わると、改めて客人たちへあいさつまわりを行う。

 一段落つくと、ジェレミーはクリスの元へ向かった。

 クリスといると気心が知れている分、ほっとできる。


「楽しめてる?」


 クリスはみょうな笑みを見せた。


「まだこういう場にはぜんぜん慣れなくて。すごくきんちょうしています」

「肩の力をいて。大してかしこまった席じゃないし」

「ありがとうございます。……ところで、どうしてルーファス先輩はいらっしゃらないんですか?」

「色々あって招待できなかったんだ」

「残念ですね。ジェレミー先輩にとって大切な日なのに」


 その時、場がどよめく。


「何だ?」

「行ってください」


 げんかんへ向かう。


「――男爵、悪いな。招待状をなくしてしまったんだが……当然、入れてくれるだろ。ジェレミーは従者だ。その成人を祝うパーティーに主人がいなければ、始まらない」

「!?」


 黒いシックな夜会服に身を包んだルーファスが何食わぬ顔でいた。

 思わずそのモデルのような姿に見とれてしまう。

 その場の誰もが右手を胸に当てながら深々と頭を下げ、王族への敬意を示す。

 無能者、王家のてんと呼ばれていても、王族である以上、無下にできるはずもなかった。

 あれだけとうしていたオイラスもまた、最敬礼をしている。


「も、もちろんでございます……」

「安心した」


 口元に満足げな笑みを浮かべたルーファスと、目が合った。


「……」

「殿下……?」


 ジェレミーを見つめたまま何も言わないルーファスに、気まずさを覚えてしまう。

 ルーファスははっと我に返ったように、せきばらいをする。


「……誕生日おめでとう、ジェレミー」

「ありがとうございます」


 ルーファスはバルセットの元へ向かう。

 自分より頭一つ分高いルーファスに見下ろされたバルセットはあせをかき、がちになった。


「殿下、このたびは弟のためにおでくださりまことに……」


 ルーファスはえりくびを摑み、強く引き寄せた。

 バルセットの顔がる。


「……クラバットが曲がっているぞ。まともに服も着られないのか?」

「も、申し訳ございません……っ」


 ぞくりとするような低い声で言ったルーファスは、オイラスに微笑んでみせた。


「男爵。ジェレミーと二人きりになりたい。プレゼントを渡したいんだ」

「もちろんでございます。ジェレミー、そうのないようにな」

「僕の部屋へどうぞ」


 ジェレミーは、ルーファスと一緒に二階に上がると、部屋へ案内した。


「オイラスの顔を見たか? 冷や汗でとんでもないことになっていたぞ。私への招待状をきゃっした男には見えなかったな」


 ルーファスは悪役笑顔を見せ、かいそうに言った。

 確かに招待状をきょぜつされた彼からしたらりゅういんが下がっただろう。


「殿下、いらっしゃってくださったのはすごく嬉しいんですけど、でもどうして? 招待状が出せないと知ってあっさり引き下がったのに」

「最初はお前の誕生会など行かなくとも構わないと思ったが……押しかけた時のオイラスの顔が見たくなったんだ。私を拒絶した男がどう反応するか」

(行動が少し悪役だ……)

「それにしてもプレゼントを渡すくらいであれば、わざわざ二人きりにならなくても……」

「お前があまりにつかれた顔をしていたからな。人にでもったか?」

「分かりました……?」

「一目でな。お前は分かりやすい」

「そう言えば、子どものころにもそう言ってましたね」

「そうだったか?」

「目を見れば、僕がどんなことを考えてるかが分かるって」

「忘れた」


 ジェレミーにとって子どもの頃のことは大切な思い出だ。

 昔の話だから仕方がないとはいえ、ルーファスが忘れていたのは少しさびしかった。


「ほら」


 ルーファスがラッピングした手の平サイズのケースを差し出してくれる。


「ありがとうございます。開けても?」

「ただのこうすいだ。お前もこれから私の従者として社交界に出る機会も増えるだろう。身だしなみには気を配れ」

「殿下と同じ香り……オレンジ、ですか……?」

かんきつ系のシトラス、あといくつか花の香りも調合されているオリジナルだ」

「ありがとうございます。香水って大人になったみたいです」


 ルーファスはほんだなに目をめ、一冊の本を抜き出す。


「この本」

「子どもの頃、殿下が僕の誕生日を初めてお祝いしてくれた時のプレゼントですよ」


 特別めずらしくもない、ありきたりなどう物語だ。

 それでも夢中で何度もかえし読んだ、ジェレミーの宝物。

 お陰でボロボロ。それを補修を重ねてだまし騙し、読んでいた。

 内容が楽しかったのはもちろんだが、それ以上に家族からじゃけんにされていたジェレミーにとって、初めてもらった誕生日プレゼントというのがすごく大きかったのだ。


「こんな本、まだ持っていたのか。どれだけ物持ちがいいんだ。大した本じゃない。安物だ」

「値段は関係ありません。殿下から初めて頂いたものだから大事なんです」

「……物好きな奴」

「他のプレゼントも全部、取ってありますよ」


 ジェレミーはプレゼントの数々を、ルーファスに見せた。

 ペンやしおり、辞書にかん……。


「子どもの頃の私は相当、物好きだったんだな。従者にここまでするとは」


 そう、確かにただの主従であればそうだろう。

 でも当時、ルーファスとジェレミーは親友だった。


「ところで、これからどうされますか? クリスと庭を散歩しますか?」

「なぜクリスの名前が出てくる?」

「だって、クリスも招待客の一人ですから。会場にいましたけど気付きませんでした

か?」

「……そうだったか?」

「それでクリスとは」

「今日はやめておく。仮にもお前の誕生日だからな」

「そこは気にしなくても……」

「変に気を回すな。クリスとは学校でも会える」

「分かりました」


 ルーファスらしからぬ反応にジェレミーは首をかしげつつ、彼と共に部屋を出て階下へ降りると、貴族たちが集まってきた。

 ルーファスはおうようとして対応する。

 いつの間にかパーティーの主役はルーファスになっていたがどうでもいいことだ。

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