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 結果から言うと、お茶会は成功した。

 最初は話しにくそうだったが、ルーファスやジェレミーが間に入ることで、少しずつ会話ができる流れになっていった。

 そこで彼らもまたクリスと話したかったが、クラスのふん的に話しかけづらくて躊躇していたことが発覚する。

 これは原作になかった事実だ。

 場がほぐれてきたところで、ルーファスとジェレミーは中座した。

 とはいえ、ジェレミーは心配でかげから様子をうかがった。

 どうやらなごやかに会話ができているようで一安心。


(最愛の人との時間も大切だけど、友だちといっしょにいる時間も必要だよね)

「クリスたち、うまくいってるみたいです」

「そうか」


 ルーファスは満足そうにうなずく。そこにラインハルトがやってきた。


「クリスはどうだ?」

「自分の目で確かめてくればいい」

「俺がいると他の連中がこわがるだろ。じゃしたくねえんだよ。で?」

「うまくいっている」

「……そうか」


 ラインハルトはほっと息をす。


「クリスは、ラインハルト先輩のことを邪魔だなんて思いませんよ」

「どうだか」


 ラインハルトはふてくされたようにくちびるとがらせた。

 どくせんよくが強すぎるラインハルトとしては、クリスが自分でない誰かとあいあいとしているのがおもしろくないのかもしれない。

 それでも彼は、友人ができたことを喜ぶクリスを前にしたらそんな不満などおくびにも出さず、「良かったな。でも俺のことも忘れないでちゃんと構ってくれよ?」と二人の時にしか見せない少年めいた笑顔で、きしめて欲しいとねだるはずだ。


(クリスの身長に合わせるために、ラインハルト先輩がりょうひざをついて話す姿、すっごくいいんだよなぁ!)

 ラインハルトは熱いまなしでクリスを見つめながら立ち上がると、額や首筋に口づけの雨を降らせる。いとおしむように。いつくしむように。

 今思い出しても、最高のシーンだ。


「ルーファス。お前、まだクリスをねらってるのか」

「狙うなんて人聞きが悪い。クリスは私と結ばれるべき運命にある。お前ではなく」

「てめえ!」


 ラインハルトのこめかみに青筋が浮かぶ。


「安心しろ。前のようにちからくでどうこうするつもりは毛頭ない。私自身のりょくで、クリスを振り向かせてみせる。いくらお前でも、クリスの意思までは曲げられないだろ?」


 ラインハルトがうなる。


「ジェレミー、行くぞ」

「はいっ」


 馬車に乗り込んで学校をはなれてしばらくして、ルーファスが口を開く。


「そう言えば、今週末はお前の誕生日だったな」

「覚えててくれたんですか?」

「たまたま思い出しただけだ」


 この世界では、十六歳が成人のねんれい――社交界へ本格的に参加できるようになる。

 そのため今度開かれる誕生会は、十六歳を迎えたジェレミーの成人式もねていた。

 今まで一度も誕生日を祝ってくれたことのないオイラスもさすがに何もしないわけにはいかなかったのだろう。

 初めてまともにパーティーを開いてくれるらしい。

 そのせいで、家に帰れば社交界でのマナーを家庭教師からみっちり教わらなければならず、ごくだったが。

 文字通りナイフやフォーク、スプーンの上げ下げまで厳しく指導されたことにはへきえきしたが、やらざるをえない。

 しくじったら、オイラスに何をされるか分かったものじゃない。


「私のところにはまだ招待状が届いていないがどうなっている?」

「来てくださるんですかっ!?」

「お前の助言もあって、クリスとの関係は順調だからな。それに、従者が成人を迎えるんだ。主人が祝うのは当然だ。だからさっさと招待状を送ってこい」

「分かりました!」


 ジェレミーは帰宅するなり、オイラスのしょさいを訪ねた。


「どうした?」


 オイラスは書類から目をらすことなく告げる。


「父上。今週末のパーティーですが、招待していただきたいゲストがいるんです」

だ」

「まだ何も……」

「無能者をさそいたいと言うのだろう。いいか。お前はちゃくなんではないが、だんしゃくの人間なんだ。成人のパーティーは将来を左右すると言っても過言ではないほど重要なんだぞ」

「ですから、なおさらお願いしたいんです。王家とのつながりは大切です」

「あれとの繫がりは、大切とは言わんっ」

「ですが、仮にも僕の主人なわけで……」

「この話はもう終わりだ。家庭教師がもうすぐ来る。さっさと準備をしておけ。本番ではじをかくようなをしたら許さんからなっ」


 取りつく島もない。

 引き下がるしかなかった。

 昨日の今日でルーファスに招待できなくなったことを伝えなければいけないと思うと、気が重い。


(男爵ぜいにこうまでめられるとは! ってげきされたらどうしよう……)


 ルーファスと顔を合わせるのが気まずくて朝から避け続け、もう放課後だ。


(今日はこのまま帰ろうかな……)


 立ち上がったしゅんかん、教室がざわつく。

 顔を上げると、ルーファスが教室の出入り口に立っていた。

 来い、と顎をしゃくられる。


「で、殿下……すみません。今日はちょっと用事が。クリスたちとのお茶会はまた今度……急いでいるので失礼しますっ!!」

「待て」


 すれ違いざま強い力でうでつかまれ、あらがうこともできないままろうの人目につかない暗がりまで引きずられるや、愛情の欠片かけらもないかべドンをされてしまう。

 顔立ちが整っているから、余計にはくりょくがあった。


「一体どういうつもりで今日一日、私を避けている?」

「さ、避けるだなんて……」

「私に噓をつくとは、いい度胸だな」


 ここまでせまられたら、なおに言うしかない。


「……招待状の件です。父にお願いしたんですが、断られました。すみません!」

「そんなことで避けていたのか」

「え……。お、怒らないんですか?」

「送らないと決めたのは男爵だ。お前をりつけてもしょうがないだろ」

「どうにか父を説得しますので……」

「時間のだ。そんなことよりクリスたちと合流するぞ」

「……は、はい」


 あっさり許してもらって肩すかしを食らってしまう。

 カフェのテラス席に一足早く到着したジェレミーたちが待っていると、ラインハルトとクリスが仲良く話しながらやってきた。


「クリス。あれからクラスメートたちとはどうだ?」

「今日はお昼を一緒に食べましたし、週末に遊ぶ約束もしたんですっ」


 クリスは晴れやかな笑顔で報告してくれる。

 聞いてるこっちのほおまで勝手にゆるんだ。


「良かったね」

「これもルーファス先輩やジェレミー先輩のおかげです! ありがとうございます!」


 ちらりとラインハルトを窺うが、しっぶかい彼にしては冷静さを保っている。と、目が合う。


「何だ?」

「……ラインハルト先輩は何も言わないのかな、って思いまして」

「クリスが幸せならそれでいい。学生生活が台無しになることは俺だって望んでない。それに、最終的に帰ってくるのはいつだって俺の元だって分かっているしな」

「当然だよ」


 二人は熱い視線をからませ合う。


(ごちそうさまですっ!)

「ジェレミー先輩。今週末、お誕生日ですよね。少し早いですがどうぞ」


 ラッピングされた箱をわたされた。

「気をつかわなくてもいいのに」

「僕がおくりたいと思っただけなので」

「ありがとう。開けても?」

「どうぞ」


 包みを開けると、せいな花のそうしょくのついたクラバットが入っていた。


れいだ。ありがとう!」

「良かった」


 クリスが笑ってくれる。

 さすがは主人公。魅力的な笑顔にられ、ジェレミーも笑顔になった。

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