第21話 魔法式コンロ

 試食作戦は、警戒心を解く効果を覿面に発揮した。営業二日目の朝、屋台を開くと既に数人が並んでいた。


「おはようございます」


「兄ちゃん、『火豆串』4本くれ」


「かしこまりました」


 一番前に並んでいたのは、昨日の昼にも来ていた四人組の一人だった。確か、輝夜に手を振られて照れていた人だ。
 鏡花は紙で串の持ち手を包みつつ、そっと耳打ちする。


「今なら混んでないし、折角だから、手渡してあげたらどうかな」


 輝夜は少しだけ目を見開き、左耳に髪をかけながら笑った。


「今日も来てくれて、ありがとう。まだお客さん少ないから、特別ね」


 パチン、とウインクを決めながら輝夜が手渡せば、男性はたちまち瞳を輝かせ。


「あ、ああ!! 昼も来る!!」


 大きく頷き、串を両手でしっかりと持って去っていった。その軽い足取りに、鏡花は輝夜と目を合わせ、微笑んだ。


「喜んでくれたね」

「ね」



「蓬莱、赤2本と白5本注文だ」


「待って、まだ焼けてない」


「火力強くできないの?」


「無理無理。これ、火加減調整できないもん」


 輝夜が指差したのは、屋台に備え付けの魔法式コンロだ。炉の下には、幾何学的な線と記号で構成された魔法陣が、ぼんやりと赤い光を放っている。


 鏡花は輝夜の邪魔にならないように、斜め後ろからコンロを見つめる。


「魔法式コンロ、だよね?」


「そう。比較的新しい型らしいけど、全然安定しくて」


 日本と比べるのが間違ってるのかなぁ、と輝夜が焦げた串をひっくり返しながら答える。


「蓬莱くん、まだできない!?」


「できた!! ごめんね、はい」


 鏡花は火のゆらめきと、その下に広がる魔法陣を交互に観察する。


 時折、火が大きくなりすぎたり、ほとんど消えかけたりするのは、単なる魔力の不安定さではない気がした。


 何か、おかしい。


 魔法式のコンロは、鏡花達、異世界人や、この世界の魔力の少ない人でも使えるような設計になっている。


 だから、火加減を調整できないのは、外部から供給される魔力の「調整機能がない」のではなく、出力側に欠陥があるのではないだろうか。


 ふと、そんな考えがよぎった。


 魔力は魔石から供給されていて、供給は魔法式の水道と一括管理。


 きゅ、と栓を捻ると、水は思った通りの量が出た。水道に問題はないから、やっぱり供給側は問題ない可能性が高い。


「なら……」


 魔法陣に目を落とす。炎の合間から見える、赤く光る魔法陣の線を目で追い、鏡花は服の裾を握った。


 線が、左右対称じゃない。火が強く出ている場所には、模様が多くあるので、きっとそれが火を出す魔法陣なのだろう。

 だが、魔法陣の線はどこか歪で、恐らく、左右で対象になるはずの図形が潰れて重なっている箇所があるように見えた。


 今は忙しいけど、あとで写し取っておこう。


「お客さん、だいぶ増えて来たね」


 鏡花が考えていると、後ろから声。輝夜だ。自身の屋台に並ぶ人を見て、目を細めている。


 その声音は、少しだけ浮かれていて。鏡花も少しだけ、口角を上げて答えた。



「昨日の試食で、口コミ広がったおかげかな」


「香りも強いから、店の位置もわかりやすいみたいだね」


 京も参加して、三人で顔を見合わせて笑う。慣れない接客で気疲れはするが、目に見える形の成果があれば頑張れるものだ。


 この調子で頑張ろう、と鏡花が小さく拳を握り直したところ。


「とはいえ、問題も多い。揉め事を起こされて、責任を取る羽目になれば本末転倒だぞ」


 後方で御門が冷静に言った。鏡花達が振り返ると、腕を組みながら顎先でコンロを示した。


「販売用と試食用を分けて作ると、時間も足りていないだろう」


 先に串に通しておく販売用と違って、試食用は団子一個を焼いてから爪楊枝に刺している。効率が悪いと言えば否定はできない。



「確かに。あと、まだ覚えられてるけど、そろそろ誰が試食済みかわかんなくなってきたかも」


 鏡花ちゃんは、と聞かれて首を横に振る。鏡花は輝夜以上に、人の顔を覚えるのが苦手だ。


 最初の、輝夜に照れていた客のように目立つ相手なら覚えているが、そうでない相手は全く覚えられない。


 御門もあまり他人に興味はない。唯一、京は人を覚えるのが得意だが、それも限界があるだろう。


 少しの沈黙の後、京が軽く手を叩き、話を切り上げた。


「その辺りは、僕が対策を考えておくよ」


 客足が落ち着いてきたとはいえ、まだまだ昼時。もうひと頑張りしようか、と京は握り拳を作り、気合いを入れる。


 だが、明るい表情とは裏腹に、顔色はあまり良くない。お節介かもと思いつつ、鏡花は小さな声で尋ねた。


「……八月一日くん、朝から休憩とってないよね。少し裏で休む?」


「大丈夫。このくらい、起業した時の方が忙しかったし」


「ごめんね、オレ達、経営のことは全然役に立たなくって」


「いやいや。蓬莱くんには料理作ってもらってるし、黛くんも眞金さんも、専門外なのに積極的に動いてくれてるから、楽な方だよ」


 新人に仕事を教えるだけでも普通は一苦労だから、と笑う京に、鏡花は無言で輝夜と目を合わせ、頷く。


「……私も、対策考えてみるね」


「ありがとう、眞金さん」


 いい案が、思いつかなくても。一人に任せないことが、大切だと思うから。でも、私に任せてとは、言えなくて。


 中途半端な自分に、鏡花は小さく息を吐く。落とした視線の先にあるのは、魔法陣。


 ちらちらと不安定に揺れる炎は、今の強化に、どこか似ている。だけど、安定させることができるなら。


 きっと、良い方に動くはずだから。まずは、できそうなことから、一つずつ。目の前のコンロを、じっと見つめた。

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