第20話 試食

 京が考えた作戦は、『出勤前に試食してもらい、昼に食べに来てもらう』というものだった。


「あ、そこのお兄さん達!!」


 京は、よく通る声で男性四人組を呼び止めた。建設系の仕事だろうか。全員、体格が良かった。


「なんだ?」

「俺たちのことか?」


 京は顔が厳つい、自分より大きい男四人に囲まれても気にせず、愛想の良い笑顔を浮かべた。


「はい!! 良ければ、試食いかがですか?」

「試食?」


 人見知りの自覚がある鏡花は、八月一日くん凄い、と内心拍手を送っていた。


「僕たち、今日から屋台を出したんです。でも、新しい料理を、急に買う人は少ないでしょう? なので、無料で配ってます!!」


 鏡花も、昔はプレゼンや発表にやりがいを感じていたのだが。最近は、意見を言っても受け入れられることはなくて。

 今ではすっかり、人前で話すこと自体、苦手意識を持っていた。


 ちり、と小さな痛みを感じ、鏡花は静かに胸元を押さえた。


「兄ちゃん、随分気前がいいなぁ」


「勿論、一回食べたら買ってもらえる自信はあるんで」


 どうですか、と京が提案すれば。興味を持った四人組は、導かれるまま屋台の前にやってきた。


「焼いてるってことは肉か?」

「干し肉は硬くて無理だろ」


 焼き始めたばかりの『火豆串』を覗き込みながら、男達は味を予想している。


 作業を見守る男と、偶々、目が合ったのだろう。輝夜は串と男を交互に見て、蕩けるような笑みを浮かべた。


「美味しさは、オレが保証するよ」


 色気のあるテノールに、目が合った男が小さな悲鳴をあげた。輝夜が微笑んだ相手は、よくこうなるのだ。


「び、びっくりした……」

「ふふ、ごめんね」


 言いながらウインクをするので、全く反省はしていない。

 それで、食べないの。ゆったりとした口調で輝夜が問えば、一番後ろにいた纏め役らしき男が答えた。


「こりゃまた美人な兄ちゃんだな。じゃ、一つ貰おうか」


 輝夜は無言で仕上げを始めた。ハーブは焦げやすいので、最後に追加で付けて焼くのだ。


 ふわり、と一層強い香りが周囲に広がる。ごくり、と誰かが喉を鳴らした。一拍おいて、残りの三人も屋台に体を乗り出す。


「俺も」

「一個くれ」

「タダだしな」


 輝夜は、元より試食を断られるとは思っていない。仕上げをしていた四個の団子を一個ずつ串に刺し、男達に差し出した。


「焼きたてだから、火傷に気をつけてね」

「一応、水の準備はしてあるがな」


 わかってるよ、と返事をしながら、男達は串を受け取る。既に視線は串に釘付けだ。


「ハーブの匂いがするな」

「この匂い、俺んちでも育ててるやつだ」


 周囲に広がるハーブの香りは、この辺りでは家庭でも育てられるものだ。男達は、馴染みのある匂いに相好を崩し、大きな口でかぶりつく。


「お、うまいな。でも、肉じゃねえな?」

「干し肉はしょっぱいもんな」

「うまいけど、なんだこれ」

「この味、知ってる気がすんだけどなぁ……」


 はふはふと口の中を冷ましながら、男達は味覚に意識を集中させているようだ。徐々に口数が減っていく。


 結局、誰も答えには辿りつかなかったようで。


「答え教えてくれ」


 串を回収に行った鏡花は、チラリと輝夜を見た。教えていいよ、と目線が返ってきたので、短く息を吐いてから答えた。


「豆を、焼いた料理です」

「豆?」

「保存食のか?」


 四人が四人、目が皿のようになった。口も半開きのまま固まっている。


「豆って、煮る以外でも美味しいんだよ。野菜も練り込んでるし、ハーブと獣脂の香りで食欲も増すでしょ?」


「赤い団子のやつとは何が違うんだ?」


「ビーツを混ぜてあるだけだよ。甘いのが好きなら、赤の方が好きだと思うよ」


 成程なぁ、と男達は顎に手を当て小さく頷いた。味に驚きはしたものの、材料を聞いて納得してくれたようだ。


「これ、豆だから食べごたえあるんです。お兄さん達みたいな、体動かす人にもオススメですよ」


 京は腕に力こぶを作るような仕草をしながら、男達に言う。


「へぇ。確かに、食った感じはあるな」

「ま、気が向いたら昼に来るわ」

「俺は今日はこれにしよっかな。赤い団子、甘くて美味かったし」

「じゃ、俺も」


 時間が迫っているのだろう。増えて来た人の波に紛れ込むように、男達は屋台から離れ道の中央へと戻っていく。


「「「ありがとうございました」」」

「また来てね」


 男達のうち、三人はひらひらと後ろ手で手を振りながら去っていく。

 昼に来ると言った男だけはチラチラ此方を見て、輝夜に手を振られると嬉しそうに振り返してから走り去っていった。


「……悪くはない反応だったな」


 四人の姿が完全に見えなくなってから、御門は口元を僅かに緩めた。輝夜は片眉だけ綺麗に上げて、御門の肩を小突いた。


「当然でしょ」


 輝夜はそのまま、鏡花に手のひらを差し出す。ぱちん、と小気味良い音が響く。


「身近な食材なのも、良かったみたいだね」

「ね」


 視線を合わせて、ふふふ、と笑い合う。


「ほらほら、喋ってないで声掛けに行くよ」


 一組目の反応が上々だったこともあり、京はやる気に満ち溢れていた。今度は輝夜を残して、三人それぞれ声をかけに行こう、と鏡花と御門を促す。


「さぁ!! できたての火豆串、あっついうちにどうぞ! ! 今なら一本、無料です!!」


 二人が返事をするより前に、京は早速次の客に声を掛けており。


「…………八月一日、輝いてるな」

「イキイキしてるね」

「本領発揮、って感じなのかな」


 一人に働かせているわけにはいかない。御門は声掛けに、鏡花はトレイに焼き上がった試食を持って京の方へ向かう。

 輝夜は時折、試食の反応を見ながら、次々団子を焼いていくのだった。


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