第3話


 


村の上空に、影が落ちた。


「……数、多すぎないか?」


俺が空を見上げながらぼそっと呟くと、アルトが苦笑した。

「ごめん、まさか三十頭もいるとは思わなかったんだよね」


三十頭のワイバーン。

しかも、村のすぐそばまで迫っている。

あれを放置したら、村ごと消し飛ぶだろう。


「ま、いいさ。ちょっと汗かくくらいで済むだろ」


俺は刀を抜いた。



マリが詠唱を開始し、炎と雷の魔法で牽制。

ルカは結界と回復の支援を続け、アルトは前線で斬り込みをかける。


だが、群れの動きは早い。

上空からの急降下、地面すれすれの滑空、尾の一撃——どれもが人間を簡単にミンチにできる威力だ。


「ちっ……おらァ!!」


アルトが一頭の首をはね飛ばした瞬間、背後からもう一頭が迫る。


「アルト、後ろ!」

「——わかってる!」


だがその一撃が届く前に、俺が飛び込んだ。


ザシュッ!


俺の刀が、ワイバーンの首を一閃で断ち切る。

血飛沫が月光に照らされ、赤黒い軌跡を描いた。


「ひっ……! な、何その速さ!?」とマリが思わず声を上げる。


「これがS級ソロの実力ってやつか……」とアルトが感嘆する間にも、俺は次々と地面を駆け抜けた。


一撃必殺。

魔法なんていらない。ただ刀の軌道と、殺意の最短距離を計算するだけ。


三十頭のワイバーンが、次々と大地に落ちていく。



「……ふぅ。終わったな」


最後の一頭を斬り伏せ、刀を鞘に収める。

ルカが駆け寄ってきて、嬉しそうに笑った。


「タツヤさん、やっぱりすごいですね〜!」


「いやいや、みんなのおかげだよ」


そう言って肩を回すと、村人たちが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「英雄様、ありがとう!!」


その夜、村では総出の宴会が開かれた。

焼かれた肉、酒、歌。

久しぶりに賑やかな夜だ。



宴会の余韻も残る深夜。

村の小道を一人歩く村娘の足音が、コツ、コツ、と控えめに響く。

目指す先は、英雄——つまり俺、タツヤが泊まる部屋だ。


あと少しで戸口に手が届く、というところで——


「こんな夜中に、どこへ行くのかな……お嬢さん?」


背後から、優しげな声がかかった。


振り返ると、月明かりに照らされた赤いポニーテールの影。

アルト・ベンダーが、穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。


——だが、その目だけは笑っていない。

深い森のように冷えた光を宿し、まるでこう告げているようだった。


「その先に行ったら、容赦しない」


村娘の背筋を、ぞわりと冷たいものが走る。


「い、いえ……ただ、通りかかっただけです!」


声を裏返らせながら、村娘は踵を返し、ほとんど駆け足で自分の家へと逃げ帰った。



「……意外ね、優しく帰すなんて」


静かに歩み寄ってきたのは、白銀の毛を月光に輝かせたハク。

子犬サイズの姿で、尻尾をゆらりと揺らしている。


アルトは肩をすくめ、にこりと笑って答えた。


「僕はいつだって優しいよ?」


その声には、先ほどの“優しさ”と同じ、底知れない圧が混じっていた。


 


そして——ふと、二人の視線が同じ方向に向く。


「タツヤのとこ、行こ」


声が重なった。



「……は? 何であんたと一緒に行かなきゃいけないわけ?」

「逆に聞くけど、何でハクが行くの?」


次の瞬間、空気がバチバチと弾けた。

言葉の応酬はいつの間にか、どちらが“タツヤの隣に寝るか”の主張合戦に変わっていく。


 


——そこへ、部屋の扉がガラリと開いた。


眠たげな顔の俺が現れ、低い声で一言。


「……二人とも、うるさい」


そしてそのまま、扉を閉めて部屋に戻った。



沈黙。


アルトとハクは顔を見合わせ、同時にため息をつく。


「……今日は、大人しく寝よっか」

「……そうね」


そうして二人は、しぶしぶ夜の闇に溶けていった。


 


——そして夜が明け、俺は何も知らぬまま爽やかに目を覚まし、王都への帰路につくのだった。


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