言葉集めの掌編

みかみ

第1話 かわたれ時

 小学六年生の夏休み。かわたれ時は、いつも祖父と一緒だった。

 僕らを囲む田畑の緑は、夜明け前の薄暗闇を葉先に宿しているように深い色を纏っていて、蛙の濁った「ゲコゲコ」と、ヒグラシの澄んだ「カナカナ」が、皺だらけの手を引いて歩く僕の気持ちをいっそう寂しく落ち込ませた。

 鶏よりも早い起床で影となってうろつく祖父は、早く畑に行かねばならぬとしつこい程に繰り返し、家族みんなを困らせた。そんな口からは、腐った玉葱と同じ臭いがした。

 骨に皮を貼り付かせているだけのミイラと変わらないガリガリの肩。そこに鍬を担ぐワガママ者の手を引きながら、僕は言った。

「爺ちゃん、臭いから喋らないで」

 歯の抜けた口が、「そうかそうか」とただ笑った。

 かわたれ時のあの人の臭いは、僕の喉を詰まらせ、苛立たせ、時に酷いことを口走らせた。

 十年後。

 僕は一人で、かわたれ時の農道を歩く。

 道の先には、駐車場に変わった祖父の畑。

 そこには僕と、家族の車。

 もうこの世にいない匂いを思い出して、痛いくらいに胸が詰まった。


*かわたれ時……

 夕暮れや夜明けの薄暗い時。

 漢字で「彼は誰時」と書く。

 人や物の姿がはっきりみわけられなくなる薄暗い時間帯。

 もともと、夕暮れ時と明け方の両方に使われてきたが、現在は特に明け方をさす事が多い。

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