『魅了』の正しい使い方
もおきんるい
りんご一個・・
「力が、足りない!!圧倒的、力不足・・!!能力が・・」
大神官様が四つん這いにへたり込み、地を這うような声で仰いました。
「能力不足とは・・・能無しとは・・・しかも、こんな・・・適齢期を過ぎた女とは」
かちーーーん。
わたしの背後にはごおごおと立ち上るオーラ、四つん這いのおっさんの後頭部にかかと落とし食らわせて、床に叩きつけてやった。
「勝手にここに呼びおったくせによぉ言うた。あぁ?!おら立たんかい!!」
女性らしからぬ怒号が召喚の間に響き渡った・・
彼女は突然異世界に拉致監禁、いや・・異世界転移されたアラサーの向井美穂。
売れ残りのお局とか言われても平気なバリバリのキャリアウーマン。
仕事が出来ないボンクラ上司に同期を蹴り落とし、本部長にのし上がった有能過ぎる女性。
もう結婚しなくてもいいくらいの貯金もある。だって無趣味、いや貯金が趣味か。
8桁最高。
稀に男が寄ってきても、こいつ金目当てで口説いてるわーって、有能すぎて金目当てだとわかるこの審美眼が憎い。恋にのめり込めない冷徹さ。
でも好きになってくれた人も、わたしの高学歴、本部長という肩書を知るや、いじけたり自信無くしたりで去っていく。あ。でも一人だけいたな。
わたしより、もっと有能だったあいつは・・まあいっか。
女には『男だったらよかったのに』とか言われる。女にモテモテですよ!
バリキャリな人生で終わるのか・・と思っていたら、まさかの異世界転移。
おい、どういうこった。
でも、ここにきて・・・まさかの能無しとか!!能無し呼ばわり!!
いろいろ有能すぎてスゲーーとしか言われなかったわたしが、初めて言われる『能無し』!!
・・・・・・。
なんだろう。
この・・・胸がメラメラーーー!!って来た来た来たーーーー!!
闘争心、キターーー!!
で、この大神官に聞いたのだ。どう言う了見でわたしはここに連れてこられたのかと。
『聖女の役割をしてもらおう』・・?
この世界の、厄介ごとは『他人に丸投げ』事案で呼ばれたと言う事が分かった。
聖女とはなんぞや、と聞けば。
なんかよくわからないが、聖女の力によって世界が安定するんだと。
魔物が狂わなくなり、人や家畜などを無闇に襲わなくなる。
人の精神も安定して穏やかになり、喧嘩や諍いを起こしにくくなる。戦争になりにくくなる。
植物も育ちが良くなる。作物の収穫も増える。
天候も大雨や豪雪が少なくなる。
などなど。
なにそれ、便利やな。
むしろわたしの世界に欲しいわ、聖女。あ、わたしか。
だけど、わたし、聖女の力があるらしいが、少ないんだとか。
こら、呼ぶ前にそこはチェックしとけよチェック。
ほんっと、仕事できねー奴ってこういうとこ甘い!詰めが甘すぎる!!
そしてもう一撃、大神官に喰らわせる。わたしの気持ちの持って行き様は、大神官の脳天だ。八つ当たりでは無い、これは正当な抗議だ。
でもまあ、仕事はやらなくては気が済まないわたしだ。
有能なところを見せつけないと気が済まない!!能無し呼ばわりでは我慢ならない。
割り当てられた客間のベッドで悶々としていても始まらない。
ガバッと飛び起き、大神官の部屋に突撃する。
「こら、大神官。起きろ。起きやがれ」
「んっ、ふはあっ」
爪先を大神官の脇腹にグリグリと擦りつけるとくすぐったかったのか、彼は変な声を漏らして目を覚ました。
良く見ると大神官、ハンサムだ。イケオジだ。好みじゃ無いけどね。
「まあ仕事だから引き受けてやる。まずはこの世界の構造を教えてもらおうか」
「明日なんとかしますから寝かせてください〜・・」
召喚して疲れている、だと?勝手なことほざきおって・・頭きて布団の上からエルボーを食らわせてやった。
ギョホゥって変な声出してる。
直に食らわなかっただけありがたいと思え。
翌日・・なんと!この世界の事を教え、身の回りの世話もしてくれる可愛らしい侍女が付きました!
モッサちゃん16歳!可愛い!!
「モッサちゃん、わたしの娘にならないかい?」
「え?!娘ですか?聖女様はお若いので、あたしのおねーさんですよね?」
ゔっ、なんて可愛いの何だこの子、これが尊いってことか・・・?
うわーーーん、うれしいよぉーーー!!おねーさんだって!!
聖女は大喜び、豪涙です!
侍女モッサちゃんに、わたしはこの世界の歴史とか、聖女のすることを教わった。
この世界では、おおよそ100年に一度、聖女を召喚して世界を安定してもらっているのだとか。
その儀式というのが『聖光拡祭』。
大きな魔法陣の中央に立ち、儀式の祝詞を謳い祷るのだそうだ。
すると聖なる光が世界中に広がり、浄化されて安定するのだとか。
すごいじゃん。
能力不足だけど、選ばれるだけでわたしもすごいじゃん。
でも圧倒的力不足だそうで。
なら力を増やせばいいじゃん?
そしてわたしは今夜も真夜中なのに大神官の寝室に突撃した!!いやがらせです!!
「な、な、なんです聖女様!」
「わたしは今までの聖女のどれくらい力不足なの?」
「・・え?」
「わたしを1とすると、今までの聖女はどれくらいなの?」
「・・いち?」
「分かれよぉ〜〜〜。じゃあ、わたしはりんご1個分の力しか持っていない。今までの聖女の力は、りんごどのくらいなのか!」
寝ぼけていた大神官は、やっとわたしの言いたい事が分かったらしい。
「りんご・・・1000個以上です」
1000個、だと?
「ぐはっ!!そ、そこまで少なかったの?」
「・・・はい」
「ごめん大神官、申し訳なさ過ぎて、本当・・・圧倒的力不足だったわ・・・でもそれならなんでわたしを呼んだんだよぉ」
「つまり・・その時あなた以上の力を持った聖女様がいなかったのでしょう」
「聖女諦めて、聖者はダメだったのかぁ〜〜?」
大神官、ピタ、と固まった。
「その発想はなかった・・・ずっと聖女様にお越し頂いていたので・・」
「お越し頂くじゃないじゃん、強引に拉致監禁じゃん」
「ええい、世界の安寧のためには、犠牲はつきものなのです」
「この悪のイケオジめーー!」
「ぐえ」
ベッドのスプリングを生かし、かかと落としを食らわせたのでした。
翌日。
未だベッドから起きない大神官・・首が調子悪いとか、安静にしている彼に、またもわたし聖女が突撃!
「聖女様のせいで、首の具合が」
「なにをいうか、この悪のイケオジめ。で、聖者召喚するの?」
「する為の用意・・・召喚には膨大な魔力が必要なんです」
「ふーん。その膨大な魔力は、りんご何個分?」
「・・・100個分ですかね」
「わたしより力があるーーー!!」
「という事で、すぐには召喚出来ないのです」
「かと言って、わたしでは任務遂行には無理な力しかないですよー」
「そうですね・・どうすればいいでしょう・・」
大神官はまた寝てしまった。しまった、やりすぎたか。
反省しそうになるが、はっとなる。
いやいや待て待てぃ、こいつはわたしを勝手に異世界転移したんだぞ。
やらんでいい仕事と責任を丸投げしようとしているんだぞ。
もう一発、いや二発、かかと落としを食らわせてもいい輩だぞ。
イケオジは寝ているので、かかと落としではなくエルボーをぶっ込んでおいた。
また変な声を出しよるわ。
布団の上から食らわせたんだ、ダメージは少ない!!
部屋に戻ると、可愛い侍女がお茶を用意してくれていた。
「さあて。わたしの力がとても少ないそうなんだ。世界の安定、安寧はやってやりたいが力及ばず。どうしたらいいかしらね」
聖女の様子に、侍女ちゃんが涙ぐみます。
「聖女様は素晴らしいです!あたしがもしも同じ目にあったら、踵で蹴るだけでは済ませませんし、世界を救おうなんて思いません。聖女様は、本当に素晴らしいです!」
あー、侍女ちゃんに褒められるだけで幸せですわ・・・
まあ、侍女ちゃんのために、頑張ろうかしらね?そしたら褒めてね。
聖女は自分のステータスを見てみる事にした。
ピロリンっとな。
向井美穂 34歳
技能・ 魅了 回復術 聖女
ふむ。魅了か。よく小説で王子とかをたぶらかす術だっけ。
そして魔力・・
魔力・・・りんご1個・・
「うわあああ!!昨日例えでりんごを使ったからか?!」
昨日は数字だった様な・・でも分かりやすい・・そうじゃない。
現在進行形で大問題が勃発!!
魔力が世界中で単位が『りんご』になっていた!!!
ちょうどギルドにいたエドールさんが、ステータスを見て叫んだのだった。
「なんで魔力単位がりんごなんだーーー?!」
そこらじゅうで『りんごーーー!!』の絶叫が・・
彼のステータスの魔力表示が、『魔力・りんご5500/5022個』になっていた。
全世界の魔力ゲージがこう表示されるようになっていた。そりゃ絶叫するわ。
やはり聖女の力は凄いのだった。
「うかつになんでも言えないわねぇ〜」
わたしは大いに反省しましたが、今更りんごを修正するのも変かと思い、魔力はりんご表示のままです。
さて、その『聖光拡祭』とやらですが、聖女を召喚してから1年後に通常は開催されるそうです。
召喚して1年の間、力を発揮するように訓練したり、式典場所を整備したりと色々の準備期間だそうで。
ふむ、なるほど。
一応、儀式までは約1年ほど時間があるのね。
圧倒的すぎる魔力不足が1年でりんご1000個になるとは思えない、思わない。
「だが!!大手世界規模スーパーとの事業案件を、何度も達成してきたわたしに出来ない事はない!!」
わたしだけの力を使うと、この世界隅々まで行き渡らない。
行き渡らせるには、魔力が足りない。
足りないなら・・・・
みんなで補えばいいんじゃない?
ここからが、私の真骨頂だ。本部長の本気だ。
こうして『オラに元気を分けてくれーーー!!』作戦は決行されたのだった!!
『わたしも手伝うけどさー、自分の世界は自分たちでなんとかしなよ〜、自分たちの力を使おうよ〜』って事。
隅々まで行き渡らせる、からの発想の転換。
私の微々たる力を、送り込むにはどうすればいい?
聖女の力はあるんだ、あとはパワーだ。魔力だ。そう、人海戦術だ!
伝達方法をイケオジ大神官に相談すると、この世界での伝達方法というのが魔法陣と魔法陣を・・わたしの世界風に言うと、ワープとかテレポートさせて希望の場所にある魔法陣に繋げるのだそう。
なにそれ!現代に持っていきたい!!エコじゃん〜。施工費用が少ないじゃん〜〜、便利じゃん〜〜!魔法無いからダメだけど。
よっしゃ、それ採用。魔法陣ケーブル。今わたしが名前を付けた。
というわけで、この1年、『聖女』として全世界行脚をし、各地に魔法陣ケーブルを設置する事にしたのであるっ!
で、そこに住む人々と対話し、不満な事をアンケートしつつ・・わたし聖女は『魅了』を撒き散らすのだ!!
で、式典当日、わたしの指示に従って動いてね!!って頼んで回るのだ!!
『うるせー、面倒だ』『なんでそんな事をしなくちゃいけないんだ』とか、言われないようにね。
『しかたねーな、おばちゃんの言うこと聞いてやるかな』って、快く協力してもらうためですよ!
王子達をたぶらかす様な強力なのではなく、微風の様な優しい力加減でね。
道中は危ないと言う事で、聖獣が移動手段となりました。同行するのは、可愛い侍女ちゃんと魔法が使える冒険者、先ほど出てきたエドールさんです。彼は護衛も兼ねてます。
ペンギンに似た聖獣エンペに、3人は各自一体に乗って滑空します。
ちょっと楽しい。
わたし聖女はご満悦です。可愛い聖獣に乗っての旅で、侍女ちゃんも嬉しそう。
唯一不満げなのは、エドールさんです。成人男性には可愛すぎるもんね。
こうしてあちこち国内を巡り、魔法陣を設置して、人と楽しくお話をし、調子に乗って昔大好きだったアニメの主題歌を歌って大喝采を受けたり。
勿論、魅了は欠かしませんとも。結構楽しく全国行脚をするのでした。
2ヶ月掛けて国内の主要都市と街を巡ったら、次は海外です。
ここでもわたしは大歓迎されます。だって、聖女ですもの。
おしゃべりをし、不満をアンケートで調査し、わたしと侍女ちゃんが人々とコミュニケーションしている間に、エドールさんが魔法陣を設置します。
「来年の『聖光拡祭』、式典でわたしの姿と声を皆様にお届けします!是非、来てくださいね!」
そして、魅了をぽわ〜〜〜〜・・・
エドールさんは聖女のせいで魔法単位がりんごになったのを知っているので、能力を信じてない訳ではないんですが、 魅了が効いてるようには見えないのでした。
普通、魅了にかかったら、ストーカー並に付き纏ったり、厄介なこじらせ方をするものですが、皆さん普通です。
設置完了したエドールさんが戻ると、聖獣に乗り、3人は次の街へ。
夕方や夜に到着したら、聖獣達を小さくして偽名で宿泊。身分がバレないように抜かり無しです。行く先々で歓迎とか、無駄金を使う気は無いので。
収納袋という異世界アイテムから、ティーセットを取り出した侍女ちゃんに傅かれてお茶を飲みます。あ〜おいし。
これが最近のわたし聖女の憩いの時間です。エドールさんと侍女ちゃんも混じって、ゆっくりまったり。
彼らの話を聞いたりわたしの世界の話をしたりと、楽しい夕べを過ごすのだ。
この頃侍女ちゃんとエドールさんがいい雰囲気なので、『おばちゃん応援するよ!』と思うわたし聖女様でした。
設置が機能しているかの確認に、神殿にいるイケオジ大神官に連絡をするのだが、彼がいない時には神官長のカンカラさんが受信してくれる。
最近はイケオジは忙しいとか言って、全然話すことが無いが。
絶対にサボりだとわたし聖女はしらっとした顔で聞いている。今度会ったら踵落としを喰らわす所存である。
「さあ、デートしておいで!」
「え、聖女様、でも」
「私の大事な侍女だからね。護衛宜しくぅ!」
「全く・・畏まりました」
「ついでになにか茶菓子も買ってきてね」
「はい!行ってまいります!」
大きな街に到着して宿を先に取り、侍女ちゃんとエドールさんを追い出して、わたしはゴロリとベッドに横たわる。
ちょっと疲れたので、昼寝です。二人には夕食も食べて来いと言っておきました。
こうでもしないと、二人が心配する。ついでにデートさせるなんて、わたしって本当有能ね。
ふぅ・・・目を閉じ、何度かの深呼吸ののち、眠りの淵へ・・・
最近疲れやすいのよね・・
あれ、なんか見覚えのある・・・ここ、会社だわ
夢かな?それとも、本当に現世かな?
「向井・・・どこに行ったんだ」
誰かがわたしの名を呟いている
窓の外には照明瞬く夜の街が見えます
窓際にはひとりの男が立っていて・・・誰かな?心配させちゃったなー
わたしが消えたのは、たしか6月だった 異世界では半年過ぎたけど
デスクにあるミニカレンダーは、12月だ。あまり時間差はないのね
誰ですかー わたしを心配してくれてるのはー
あれ?窓ガラスに、わたしの姿が写ってる?夢じゃ無い?
「え?」
窓ガラスに映るわたしの姿に、気付いた男がこっちを振り返るけど
男の手に持ったアレに、視線は外れて
アレはお守りだ スギライトの腕輪
誰にあげたんだっけ
名前と同じ
これ、パワーストーンだよってあげたんだっけ
そしたら、このライトは光じゃないだろうって笑って
海外でも頑張れって
・・ああ、海外に出向した、わたしよりも有能で先に出世した
同期で背が高くて、猫みたいな目で・・
椙光・・すぎ ひかる、だ
「聖女様!!大丈夫ですか!!」
目を覚ますと、侍女が涙をこぼしている。エドールさんも心配げに見下ろしている。
二人は夕食前に戻ってきたようで、部屋に入るとわたしがぐったりと眠っていたと言う。
「ちょっと疲れて熟睡しただけよ。心配させちゃったわね」
返事しながら、わたし聖女は残念と思った。腕輪が気になり、彼の顔を身損ねてしまった。
彼が会社にいたと言うことは・・
椙は日本に帰ってきていたのだ
で、わたしが行方不明の話を聞いたのだろう
彼と最後に会ったのは、出向先に行く前日だ
今どんな顔をしてるのだろう。それが残念だった
お守りはまだ持っているようだ
捨てたっていいのに。私はもらった指輪は捨てたんだから
そっちで結婚相手が出来たって噂で聞いた
出向してもう3年が過ぎた
私も本部長に出世した。日本を離れることが余計出来なくなった
二人の縁もここまでだ・・
・・・ああ、もう思い出すまい。
アンケートに書いてもらったそれぞれの街の不満や要望を纏めながら、お茶を一服。
どの街や村も、似たような不満が多かった。
これらを各国の文官に渡して改善してもらう事にしよう。
いよいよ『聖光拡祭』の開催日も決まった。
世界行脚ももう残りわずか、いくつかの街を残すのみだ。
大神官が先週状況を見にきた。相変わらずのイケオジだ。
「どうです、聖女様。状況は」
「今の所ミスも無し。どうにかなりそうよ」
「しかし、あなたの発案には、皆も驚きました」
「わたしみたいな力不足な子が来ても、これでどうにか出来るモデルケースを構築してあげたんだから、有難がれ」
「聖女様は相変わらずな物言いですな」
大神官にもこの態度!不遜と言わば言え。イケオジだからって容赦はしないわよ。
「それでさ。前から聞こうと思ってたんだけど」
「なんでしょう?」
「式典が終わったら、わたしはどこで暮らせばいいの?」
「それはもう。お好きな所で、お好きなように。国から支給される福利厚生で永眠まで保証されます」
なるほど。で、本当に聞きたかったのは・・・
「わたし、帰れる?」
イケオジはしばし黙って・・告げたのだった。
「戻られる方もいますが、ここを気に入って、戻らない方が多いですよ。そのままこの世界で永住されます」
「戻られるってのは、どうやって戻るの?」
「・・・己の力を使って、です。聖女様では戻れない・・力が足りません。戻りたいですか?」
「ちょっとね」
「ちょっとでしたら・・見に行くだけなら。少ししか力を使わないので。ですが、聖女様では何回も行けませんよ」
そうか。
ちょっと見ることは出来るんだ。
ちょっと戻って、様子を見て、結婚おめでとうとサヨナラを言う。
式典が終わって、落ち着いたら、ちょっと。
それまではきちんと仕事しなくてはね。
残りの街にて魔法陣を設置。
約1年の作業は終了した。
神殿に戻り、細々とした用意をしていると、侍女ちゃんがやって来た。
「あの・・」
「うん。エドールさんと結婚かな?」
「あ、はいっ!分かっちゃいましたね」
「おねーちゃんは鋭いのです。いつするの?」
「式典が終わって3ヶ月くらい後に」
「よかったね!おめでとう!わたしも式に出席するからね、いっぱいお祝い用意するよ」
妹のように可愛がっていた侍女ちゃんが、男前なエドールさんと結婚!喜ばしい!!
「でもわたし・・聖女様のお世話をこれからもしていきたいのです・・だめでしょうか」
「え?でも、エドールさんはなんて言ってるの?」
「聖女様のお住まいになる場所の近くに家を作って、通いで行くのはどうかと言ってくれたんです」
「えーー!エドールさんに悪いじゃん!!よし、あんた達の家はわたしが離れに作ってあげるから。二人ともおいで。子供も生まれたら、構ってあげるし」
「聖女様、でも御迷惑では」
「わたしはもう子供なんか産める気がしないからね。侍女ちゃんの子供を可愛がるのもいいかなーって思うし」
うん、悪くない。
そう言う未来もいいだろう。
今更現世に帰っても、1年仕事をほったらかしたんだ。
キャリアはもうボロボロよ。
本当の事を言っても、信じるとは思えないし。異世界で聖女やってた、なんて!
誰が信じるっての!
そして数日後。
『聖光拡祭』は始まったのだ。
世界中に設置した魔法陣ケーブルを解放!そして全世界は一つに繋がったのだ!
わたし聖女の姿が、声が、魔法陣によって中継される。
『皆様、ミホ・ムカイです。お元気でしょうか。今から『聖光拡祭』が始まります。皆様、わたしと共に祈りましょう。世界の安寧を。素晴らしい世界を想像しましょう。あなたの未来が輝く日々でありますように。深く、深く、心深く祈りましょう。そして、皆様のお力をわたしにお貸しください。もっともっと、もっと!この世界を、皆の力で!!強く祈りましょう!!より良き世界を作るのは、貴方方なのです!!わたし一人では成しえません!!さあ、皆様!!祈りましょう!!そして、歌いましょう!!声に出して、皆と一つになって、世界をより良くしていくのです!!』
わたしの声と共に、魔法陣を通して力『りんご一個』が拡散していく。
わたしの祷りと共に、聖なる力と魔力が優しく交わって、光の帯となって天に登る。
人々は聖女の言葉を胸に、神殿の賛美歌を謳うと身体がほんのり光り、体から光がふわりと離れて空に登って。
ひとりひとりの光が集まって、空で光の帯になる。
そして光る帯は空に巨大な魔法陣を描いていく
世界中の空に、夜空に、朝焼けの、夕焼けの、空には光る帯がクルクルと回り、繋がっていく。
聖女は『聖光拡祭』の呪文を詠唱し、印を結ぶと世界中の空に浮かぶ魔法陣が輝いて、花火の様に弾け、キラキラと光の粒が舞い落ちる。
魅了は成功していた。
彼女と会った人々だけではない、会った人から話を聞いた人々も、聖女の魅了に掛かったのだ。
『聖光拡祭』に、皆は協力して魔力を貸してくれたのだった。
キラキラと瞬く粒が舞い落ちる中、聖女は音を立てる事なく地面に描かれた魔法陣の中心で倒れた。
喧騒は彼女の耳に入って来なかった。
・・・・?
あ
まただわ
ここ、現世ね?また会社だわ
でもあいつはいないわね
今いるところは分からないし探す時間もない
デスクはあるかしら
腕輪が机に置いてある、ここがあいつの席か
・・・・・
腕輪、もう身に付けていないんだね
いいや、もう
ああ、メモがある
書けるかな
ペン、持てた
さ・よ・な・ら、と・・・・・・・・
よし、書けた
カレンダーは・・・ああ、もう春なんだ
「向井?」
後ろから声がした
だけど、もう振り向かない
わたしの足が、膝が、下からすーーっとね、消えていく
「待て!」
肩を掴もうとした
でもすり抜けた
・・わたしは目を閉じた
『聖光拡祭』が終わって2ヶ月くらい経った。
「聖女様、お食事ですよ」
「あまり食べたくないの」
「だめです!最近全然食べないじゃないですか!」
侍女ちゃんに心配ばかりさせて申し訳ない・・
結婚は本当はまだ先だったのに、わたしを看病するために早めてくれて、夫婦揃ってわたしについて来てくれた。
なんと有難い事だろうか。わたし聖女は妹分の愛情と献身に感謝しかなかった。
妻の気持ちを汲んで共に来てくれたエドールさんにも感謝していた。
わたし聖女は『聖光拡祭』の後、力の使いすぎで虚弱な体になってしまった。
歩く事も出来なくなって、毎日ベッドで過ごしている。
聖女の報酬として、何処かの小綺麗な屋敷を貰い受け、離れにはエドール夫婦が住み、世話をしてくれるのに甘えている。この分だともう間も無く、わたしは天に召されるだろう。
今のうちに報酬を貰えるものは貰い、面倒を見てくれたエドール夫妻にこの家等を遺産として渡すつもりだ。少しは報いたいもんね・・
わたしはぼんやりと、青い空を窓越しに見つめる・・・
・・うん。
わたしにしては頑張ったかな?
空にはたったひとつだけ、弾け散らなかった巨大な魔法陣が浮かんでいる。
あれが消える頃には、聖女の効果が切れる。
いい目安だ。
消えそうになったら、また召喚するといい。
この世界で私が死んだら、よその世界の人間である私はどこに転生するのだろう。
今度はもっと素直になって、好きな人から離れないようにしよう。
そして出来すぎる能力をあまりひけらかさない、負けず嫌いな所も直そう。
ああ、なんか眠い・・
わたしは目を閉じて・・・
『帰ってこい!!!』
「大丈夫か」
え?
「まったく、お前は・・・」
なんでわたしはここにいるんだ?
現世?
「もう俺の側を離れるなよ」
強く手を握られた。
ここは、会社内にある医務室のベッドだわ・・・
二度とも顔を見なかった彼の顔が、目の前にあった。
目尻に少しシワが増えてる。貴様もアラサーだもんね。
わたしが帰って来た事で、この世界は辻褄合わせ、時空の改変を行ったらしい。
わたしが消えたことが『無かった事』になっていた。
それと、椙が出向先から帰って来ていた。
実は彼の結婚話も噂だけだった。
「そんな噂が広がっているとは知らなかった!」
椙は吃驚していた。
頭に来て悔しくて、指輪を捨てたと言ったら、逆に喜ばれた。
「やきもちとか。あの鬼の本部長が、可愛いじゃないか」
「うるせーーやいっ」
「ふふ。前のよりももっといいのを買ってやるからな。今度見に行こう」
何よ、馴れ馴れしい。やーめーろー、髪がくしゃくしゃになるーー。
体力もなんだか戻ったのか、前の世界にいた時よりも具合が良くなっている?
異世界を救ったわたしへのご褒美なのだろう、うまく辻褄を合わせてくれていた。
驚きだったのは、椙もわたしが異世界に行って来たのを、『知っていた』事だ。
現世に戻ってきて早2ヶ月。
わたしは相変わらず出来ないバカどもをこき使っている。
で、椙は出向先から帰ってCEOになっていた。ついに我が社も『欧米か!』わたしの上司だ。チッ。
世界規模スーパーの入札もバッチリ勝ち、今年もわたしの独壇場だ!
もう指針は決まっているから、デザイナーともうまく調整していかなければ。
「飯食いにこう」
最近椙は、こうしてコミュニケーションを取ろうと計ってくる。わたしはばたっと机に伏せ、
「ああ〜〜、だめだぁ〜〜〜今はだめだぁ〜〜〜。酒が、酒がないとぉ〜〜〜」
椙はぶっ、と吹き出した。
「はいはい。じゃ、7時に何時もの場所で」
何時もの場所です。これで通じちゃうとか。恋人か!
椙は駅前のタワーマンションに住んでいるので、そこです。鍵ももらってるし。
椙の家に行くようになったきっかけは、『異世界』の話をするためだった。
こんな内容、創作でも人前では出来ない。
あの二度目に会社に『来た』わたしを見た椙は、捕まえようとして伸ばした手がわたしの体からすり抜けて・・
気が付くと、真っ白な空間に立っていたそうだ。
で、急に綺麗な女性が現れたんだそう。
なんでも転移の女神だとか。
どうしてわたしが呼ばれたか、その理由も教えてくれたのだそうで。
「彼女は力が少なくて、『聖光拡祭』をしたらきっと死んでしまうわ。自力では戻る力もないの。だから、貴方は彼女に『帰ってこい』と呼んでください。彼女を戻してあげます」
帰るタイミングになったら教えるから、その時に『呼べ』と。
ああ、あの『帰ってこい!!』は、それだったのだ。この世界へ引っ張り上げる役。
言われたとおり、わたしを呼ぶと彼の腕の中に戻って来た。わたしは気を失っていて、ぐったりしていて。
なんだか痩せていて、華奢に見えたそうだ。もう死にかけだったものね、わたし。
で、椙はわたしの服がどうやら寝巻き、ナチュラル派のワンピースにも見えたが、寝巻き。彼は焦ったそうだ。
だろうねぇ・・・会社に寝巻き姿とか。わたしの本部長としての立場が!!
まあわたし、気を失っていたんですけどね?
わたしが現世に戻ると同時に、突然周りの景色がばらばらばらと剥がれ落ちた、気がしたそうだ。
気がしたと言うのは、剥がれた筈の破片が落ちていなかったので、『これ』が時間改変だったのだろう。
「おい、どうした!」
「向井本部長、大丈夫ですか」
さっきまで誰もいなかったはずの通路に、社員が彼の傍に駆け寄って来て、さらに焦ったんだって。
椙に抱き抱えられているわたしを見て驚いた顔をしてたとか。そりゃそうだ。
「向井のこんな格好は誰にも見せられない!寝巻きだぞ!というか、見せてなるものか!素顔だし!素足だし!この姿は俺自分だけしか見せたくない!って思った、ははは」
なんですかねぇ・・・恥ずかしいですねぇ、照れちゃいますねぇ。
それから彼は言い訳を適当にして、大急ぎで医務室に駆け込んだと。
そして数時間後、勤務時間が終了となっても、まだ寝ているわたしを起こしたと言う事だ。
カレンダーは約一年、きちんとわたしが消えてからの日々が経過していた。これは無しになっていなかった。
いない間は『長期出張』と、わたしを知る皆の記憶に摺り込まれている。女神有能凄い。
「その・・転移の女神が、『改変辻褄合せ』してくれたと」
「仕事もしていた事になっている。長期出張とかな。上手い言い訳を考えてくれたものだ」
「ま、仕事はわたしがいなくてもいい段取りにはしておいたからね!わたしってば有能〜!」
「はいはい・・・くす」
元聖女はこの世界に戻る前、思っていた事がある。
今度はもっと素直になって、好きな人から離れないようにしよう
そして出来すぎる能力をあまりひけらかさない、負けず嫌いな所も直そう、と。
「おい、そろそろ二人の時は椙って呼ぶのやめろよ」
「じゃーあんたも向井って呼ぶのやめーーい」
「んじゃ・・・聖女」
「ぐはっ!やーらーれーたぁ〜」
わたしはどてんとソファに寝転んだ。
彼がじりじりとにじり寄って来て、頬に音を立ててじゅーーーとキスをした。
「ぎゃーー、やーめーれーー」
「そろそろ結婚しませんかー。出産もそろそろ限界時期に近付いてるんじゃないですかー?」
「え!わたしとの子供が欲しいですと??」
「優秀な俺と、有能なお前、出来の良い子供が出来る可能性無限大」
「ははっ!」
・・もっと素直に。好きな人から離れないように。
「しかたがないわねー。あんたみたいな人相手に出来るのはわたししかいない・・かな?」
「なんだ最後の自信の無さは」
「もう少し慎ましく行こうと」
「へぇ。可愛げが出て来たか?美穂」
ニヤニヤする彼に、じろっと睨むもまだニヤつく彼の顔がにくたらしくて、彼の両頬を白刃取りした。
「こういうふうになるのは・・・光の前だけです」
彼の顔を引き寄せ、ちゅ。
「ほほーう、異世界で素直を学んだか。良き良き」
どうやらわたしは彼とどうにかなる予感。
異世界の妹分、モッサちゃん、いつかママになって、子供が出来たら可愛がるって約束破ってごめん。
男前のエドールさんと仲良くしているかな?わたしが急にいなくなったけど、二人とも悲しまないでね。
わたしの遺産は二人にあげるって手続きしておいたからね。二人には本当、感謝だよ。
・・最後に。
女神様ありがとう。転移して聖女頑張った甲斐がありました。
彼と一緒になれるのは、貴方のおかげです!
『魅了』の正しい使い方 もおきんるい @mokinrui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます