第10話 キーワード 《看守視点》
八十九回目の人生を終えた宮前眞知が刑務所に戻って来た。あれだけ関わりたくないと言っていた相手と結婚して戻って来るなんて……人間と言う生き物は摩訶不思議なものだ。
「……幸せだったわ」
「まだ何も訊いていませんよ?」
「じゃあ、早く訊いて」
初めてここに収容された時とは真逆の態度に苦笑が漏れる。死んでいると言うのに生命力に溢れとても幸せそうだ。
しかしそんな幸せとは裏腹に彼女の置かれている状況は切羽詰まっている。
人間界に死刑があるようにあの世と呼ばれるこの世界にも死刑があるのだ。それはキーワードを導き出さない魂には輪廻の輪に戻る価値無しとして魂が処分されるのだ。
その線引きが人生百回目。
人生を百回繰り返しても答えを出せないでいると死刑になる。
ちなみに彼女の母親だった魂は未だに変化は見られない……おそらく死刑だろう。
囚人に感情移入する事は無いが……出来れば輪廻の輪に戻してやりたいものだ。
「たった今、三枝(母の再婚相手の苗字)眞知の人生を終えて何を思ったか聞かせてください」
七十九回目の人生を終えて戻って来た年老いた三枝眞知はシクシクと泣いていた。
「うっ……うっ……折角前世を思い出したのに……幸せな最期じゃ無かった……淋しかった」
「そうですか……けれど長生きできたじゃないですか」
「…………長生き? ああ! そうだわ! 私、天寿を全うした! やっとここから出られるのね!」
「いえいえ、まだここを出られるキーワードを言っていません」
「天寿を全うしたがキーワードじゃないの?」
「違います」
「嘘……」
それからも彼女の口からキーワードが発せられる事は無かった。
DV男の所為で死んだ時は……。
「きっと男運が無いのよ、私の人生は!」
「不正解です」
詐欺に遭って孤独死した時は……。
「呪われているんじゃないの? 私の人生」
「不正解です」
ペットロスになった時は……。
「ここでペット飼っても良い?」
「良い訳無いでしょう! 不正解です!」
「楽しい人生だった」
「不正解です」
「幸せな人生だった」
「不正解です」
「思い残す事のない人生だった」
「不正解です」
「正解ってあるの?」
「ありますよ」
そして八十九回目の問いかけをした。
「たった今、宮前眞知の人生を終えて何を思ったか聞かせてください」
「幸せで最高の人生だった。彼と出会えて良かった……」
「そうですか……」
「ただ、彼の子を産めなかったことが……」
私が不正解と言いそうになった時、その言葉が出た。
「心残りなの」
そう……キーワードは【心残り】だ。
人は誰しも死にゆくとき、大なり小なりの心残りがあるものだ。
それは残して逝く愛する家族や恋人。それは果たせなかった約束。それは汗水流して蓄えた財産。
ずっと一緒に居たくても居られない。果たしたくても果たせない。持っていきたくても持っていけない……そんな執着……そんな未練。
ここに来る者は執着も未練も無い者だけだ。あるのならば自殺などしないだろう。苦しみから解放されたくて安易に命を絶つ。
その苦しい人生がずっと続くとは思わずに……。
そして人生を繰り返す内に人生に未練や執着が芽生える。それを解消したくて「今度こそ……」と言う欲望が生まれる。
「だから……今度は彼の子供を産んで育てたいのよ……」
何度も言ったと思うが……ここの神は意地が悪い。人生に執着を見せた途端、出所させるのだ。
嫌がらせの為に……。
私は彼女に向かってニッコリ微笑んだ。
「えっ? なに? 笑い顔が怖いんだけど……」
最後まで失礼な囚人だったな。こっちは丁寧な言葉で接していたと言うのに……。
「おめでとうございます。出所です。新しい生命に転生です」
「えっ? 出所?」
「そうです。アナタの今までの記憶は消去され魂は浄化され輪廻の輪に戻されるのです」
「えっ……そんな……」
白い扉が音も無く開いた。扉の奥が煌々と光り輝く。
「待って! そんないきなり転生だなんて……」
彼女の身体が扉に吸い込まれ音も無く閉まった。
これから彼女の魂は浄化され終わり次第転生させられるだろう。男か女か、金持ちか貧乏か、美しいのか醜いのか……それは神の采配。一刑務官の私には計り知れない事……。
ただ……個人的には彼女の来世に幸多からんことを願う。
おっと、いけない。刑務官として出所する彼女に掛ける言葉を言い忘れてしまっていた。
私は既に閉まってしまった白い扉に向かって声を掛ける。
「もう此処へは戻ってきてはいけませんよ」
死後刑務所 瑳帆 @mitosaho
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