第36話「ヒナと運命の遊園地デート〜前編」
翌日(とある休日)
ついにこの時が来てしまった。どうするのか心の中の結論は出ないまま、俺はヒナを連れて遊園地に向かう列車へ乗り込んでいた。
ルルは車内の俺たちから少し離れたところから様子を見ている。
「もう、ヒナちゃんの好感度は300近いし、ここまで来たんだから特に教えることはないよ。おかしなことをした時だけ教えてあげる」
サングラスをかけてはいるが、そう言ったルルの柔らかな微笑みは、どこか別れの訪れを予感させて、胸が痛かった。
それとあと三人、バジリコ三姉妹も、さすがに動向が気になるようで、ルルと一緒に立って俺たちの方を見つめている。
どう考えても、デートに集中できる雰囲気とは程遠かった。
「ねえ、カナメくん、どうかした?」
ヒナが不安そうに俺の顔を覗き込んだ。俺は慌てて笑顔を作る。
「なんでもないよ!ちょっと、遊園地デートなんて初めてだし緊張してさ。……ヒナちゃんは?」
「うーん、私もちょっと緊張してるかな。でも、それよりも楽しみの方が大きいよ」
ヒナは少し頬を染めて、俺の腕に軽く触れた。その温かい感触が、俺の心を大きく揺さぶる。このままキスをすれば、ルルとの愛の道が閉ざされる。ヒナの愛に応えることと、ルルたちを失うことが、天秤の上で激しく釣り合っていた。
俺はちらりと視線を遠くに向けた。ルルたち四人組は、まるで壁の絵画のように微動だにせず立っている。しかし、彼らが放つ「契約終了」と「ワープ道閉鎖」の重圧は、車内の喧騒よりも大きかった。
特に、ラヴィーナは腕を組み、リリカは今にも泣き出しそうな顔で俺たちを見つめている。マルティナに至っては、ポケットから異世界電卓を取り出して、「ワープ道維持にかかる費用…」とかブツブツ言いながら何やら計算しているようだった。
俺は、ルルたちからヒナに視線を戻し尋ねた。
「今日のデート、楽しみにしててくれた?」
「もちろん!」
ヒナは満面の笑みで頷いた。今日は、いつも制服姿で見慣れた彼女とは全く違っていた。
淡いピンクの可愛らしいワンピースに、白いカーディガンを羽織り、髪に付けた控えめなリボンのカチューシャが凄く似合っている。その姿は、まるで雑誌から抜け出してきたようにキラキラとしていて、このデートにかける彼女の特別な想いが伝わってくる。
「カナメくんと付き合い始めてから、初めてのデートだもん!なんだか、今日のカナメくん、いつもよりカッコいいって言うか……真剣な感じがして、私も頑張らなきゃって思ってるんだ!」
ヒナはそう言いながら、俺の両腕をさするように握った。彼女の純粋な期待と、何も知らない無邪気な笑顔が、俺の胸を締め付けた。彼女は、俺の様子がおかしいのは「久しぶりのデートに気合が入っているからだ」と解釈してくれている。
「私、今日はカナメくんと最高の思い出を作って、私たち二人の関係を、もっと確かなものにしたいんだ」
ヒナの健気で、本来なら嬉しくてしょうがないはずの言葉が、別れを決定づけるトリガーのように聞こえてしまう。俺は、ヒナの純粋な愛と、ルルへの想いと、バジリコ三姉妹との友情と、地球への未練の板挟みになっていた。
そんな俺に構わず、電車は遊園地の駅に到着した。
「さあ、念願の遊園地デートの始まりだよ!今日は何から始めようか?カナメくん!」
ヒナは立ち上がり、俺の手を引いた。その瞬間、背後からついてくるルルたちの重圧が、一気に強まったように感じた。
———
遊園地のゲートをくぐると、非日常の華やかな空気が、昨日までの重苦しい空気を一掃してくれた。ヒナの顔は、さらにキラキラと輝いている。
「ね、まずあれに乗ろうよ!絶叫系得意なんだ!」
ヒナはジェットコースターを指差した。俺は「よし、行くぞ!」と快活に答えたが、心の中では(ジェットコースターはキスに繋がるアトラクションじゃないよな)と計算している自分がいた。
ジェットコースターの長い列に並んでいる間も、俺の視界にはルルたち四人組が映り込んでいる。
マルティナはポケットから出した小さな双眼鏡で俺たちを凝視し、リリカは透明な壁に頭を打ち付けて「キスするなっすよ!」と無言のプレッシャーをかけている。
「カナメくん、私といるの、楽しくない?」ヒナが不安そうに尋ねた。
「楽しいよ!最高に!ただ、ちょっと思い出の遊園地だから、感傷的になってた」
「え?この遊園地、カナメくん初めてって言ってなかった?」
「いや、その……ここじゃなくて、遊園地に来たこと自体が遠い懐かしい思い出って言うか……」
俺は必死に誤魔化した。ヒナは納得してくれたようだが、ルルが一瞬で近寄って来て俺の耳元に顔を寄せ、「バレやすい嘘つかないの。それがヒナちゃんの好感度を下げるのよ」と鋭く囁いた。
そして俺たちは、先日ルルと一緒に楽しんだジェットコースターに乗っていた。先日は怖くて引き攣ってた俺だが、さすがに今回は少し慣れている。コースターが急降下する瞬間、ヒナはキャーキャーと楽しそうな悲鳴を上げた。しかし俺は、自分のすぐ隣の空中に宙吊りになって、無表情でこちらを見つめるラヴィーナの顔が気になって、心底楽しむことができなかった。
昼食は、ヒナが楽しみにしていたテラス席のカフェで取った。カレー好きなヒナはカレー味のポップコーンを嬉しそうに食べている。
「これ、美味しいね!カナメくんも食べてみて!」
ヒナの笑顔は、このデートを心から楽しんでいる証拠だった。この最高に幸せな時間を、俺が原因で全て終わらせてしまうのか。
「ねえ、カナメくん、次はどうする?」
ヒナが尋ねる。俺は 「キスに繋がらないアトラクション」を必死に検索した。メリーゴーランド?ティーカップ?
すると、ルルが手のひらを俺の前にかざし、「変な検索の仕方しないの!カナメくんにやる気がないってことになったら、私、星に帰らなくちゃだよ。でもメリーゴーランドは一人一人乗るやつだし、いい感じだよね」と、さりげなく親指を立ててオススメしてきた。
リリカも寄ってきて、テーブルを叩き、「プリクラはあぶねっす!距離が近くなりすぎてキスしてる連中いるし危険っす!」と叫んだ。
俺がキョロキョロしていると、ヒナは俺の異様な様子を不審に思っているように見つめていた。
「ごめん、ヒナちゃん。ちょっとだけトイレに行ってきていいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
俺は立ち上がり、ルルたちに向かって、「ちょっとみんな落ち着け!」と口パクした。ルルたちは慌てた様子で、俺の後を追ってきて、「その調子だぞカナメ!」「頑張らないでくださいませ!」 と声をかけてきた。一体俺は何のためにデートに来たんだろうか……。
トイレから帰ると、俺はヒナに開口一番言った。
「考えたけど、遊園地と言えばメリーゴーランドだよな!」
そう言った俺にヒナは意外そうに返す。
「えっ?カナメくんの中では、そうなの?私、ティーカップの方が、二人で乗れて楽しいかなって思うんだけど……」
「あぁ、えっと、やっぱそうだよね……時代はティーカップだよね……」
引き攣りながらそう答えた俺。
「あはは!変なカナメくん!時代はティーカップなの?それじゃ仲良く乗ろうね♡」
ヤバい。これ、ムード出ちゃうんじゃないか?そんなことをモヤモヤ考えていると、ルルが話しかけてきた。
「いいからちゃんと集中してね。やる気出さないとダメだよ」
それと同時にヒナは俺の袖を軽く引っ張り、「さ、行こ!」と笑った。
ヒナの無邪気な笑顔と、ルルの張り詰めた視線。
その落差が、俺の心臓をきつく締め上げた。やはり逃げ場はない。もう、流れに身を任せて楽しむしかないんだ……。
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