第19話「ルルのピンチと、恋の成就」


 家に帰り、ソファに座ると、ルルがそっと隣にやってきた。膝を抱えたまま沈んだ表情で、普段の軽口はどこへやら、真剣な声を漏らす。


「……カナメくん、さっきはごめん。ヒナちゃんとのいい空気を邪魔しちゃって……」


俺は少し戸惑いながらも言った。

「……ルル、そんなに落ち込まなくても……」


ルルは肩をすくめ、ため息をつく。

「でも、私……ちょっと嫉妬して、妨害アイテム使ったよね……恋マスターは絶対やっちゃいけないことで、絶対ペナルティ来るやつだ……」


その瞬間、ふわりと小さな何かが現れ、ルルの頭に乗った。


小さな妖精。頭にうさ耳、翼、ハートのワッペンがたくさんついた白い衣装――ただし顔はどう見てもヒゲヅラのおじさんだ。


「そうラビよ!恋マスター協会から来た″ラビ山″ラビ。恋マスタールル、あなたにイエローカードラビよ!」


ルルの目が一瞬で見開かれる。

「えっ!? ちょ、ちょっと待って!イエロー?」


「そうラビ、今度、依頼者の恋路の妨害行為をしたら、あなたには恋マスター免許剥奪と、ラブラブ星への強制送還が待ってるラビ」


「え、……あれは軽い冗談のつもりだったんです!」

ルルが泣きそうな声を上げる。


「愛する、二人の前でオナラの匂いをさせるのがいい冗談ラビか?それをきっかけに好感度が上がるならまだしも、30も下がってしまったラビ。あなたは、恋マスター界の恥さらしラビ!」



ルルは、言い返せず俯いてしまった。


「これから、あなたに課せられるノルマは、カナメくんとヒナちゃんの相互好感度を250以上にすることラビ。それまでは、私があなたの働き方を監視するラビよ」


そう言うと、ラビ山はハートの警棒をブンと振るが、誤ってハート型の紙吹雪を部屋中に撒き散らした。


「おっと、お仕置きの練習のつもりが愛のゴミ撒いたラビ!」と笑う。


ルルはそれでも顔面蒼白になった。

「そ、そんな……!ヤバい……!」


「と言っても、私だって忙しいラビ。あなたがアクションを起こすまではラブラブ星に戻るラビ。それでも監視下にあることは忘れないでラビ」


ラビ山はぷいっと空中に飛んで消えた。


俺は落ち込むルルを見て、自然と決意が湧いた。

(……よし、何としても、俺もちゃんとやらなきゃ。ルルのためにも、ヒナにちゃんとアプローチする……!)


その夜、ルルは反省の色を浮かべつつ、あるアイテムを取り出す。


「……カナメくん、これで次回のヒナちゃんとの映画デートをもっといい雰囲気にしよう!」


手にしたのは、ハート型の小さなキャンドル。ラブゾンから取り寄せたという〝ラブゾン・ロマンスキャンドル〟だ。キャンドルと言うが、火は使わず、電気で点灯させるとロマンチックな香りが漂い、好感度アップを狙えるらしい。


俺は笑いながら応じた。

「おお、いいね!これでデートも完璧だな」


ルルは少し照れながら頷く。

「基本的に二人は上手く行ってるから、次回のデートで上手く行けば、好感度もすぐ250くらいになると思う」


「そっか、じゃあ俺ヒナに言って、映画明日にでも見に行くことにするよ。俺が奢るから」


「え……?いいの?」


「ああ、ルルのペナルティなくなって欲しいし、早く仲良くなれれば一石二鳥だしな」


ルルがぎゅっと抱きつく。俺もぎゅっと強く抱きしめた。


そのとき、ラビ山がふっと現れた。

「その行為は依頼者の対象に対する恋心の邪魔になりかねないラビよ」


俺は慌てて弁解する。

「こういうのはチームワークが大事だから、円陣組んでるみたいなもんだ。ヒナへの気持ちの邪魔にはならないよ」


「あー、そうラビか?それは失礼ラビ、勝手に続けるラビ」


ラビ山はぷいっと消えた。


「ありがとう、カナメくん……。絶対成功させようね」


「あぁ、何がなんでもだ」


そして、俺たちはラビ山の目が気になり、この夜は大人しく寝ることにした。



———


翌朝、俺は目覚めるとすぐに決意を新たにしていた。


(よし、今日はルルのためにも、ちゃんと行動しよう……ヒナちゃんにしっかりアプローチして、映画デートを成功させる!)



「……カナメくん、今日の映画デート、絶対成功させるよ!」


「うん、俺も頑張るからサポート頼んだよ」


「うん、任せといて、絶対やり遂げるから」


ルルはキャンドルや小道具を手に取り、慎重に計画を練っている。俺はその指示に従い、基本的にルルの戦略通りに動くつもりだ。

(でも、上手く行かない時のことも想定してないとな……)



その後、教室に着くと、ヒナはいつも通り明るく笑っていた。俺は深呼吸して、今日の決意を胸に押し込める。


(よし、今日はルルのためにも、ちゃんと動く……!)


「……あのさ、ヒナちゃん」

少し声を低くして呼びかける。ヒナは振り向き、好奇そうに目を細める。


「ん?どうしたの、カナメくん」


俺は思い切って言った。

「今夜、鬼熱の映画をもう一度見に行かない?」


ヒナの目が一瞬ぱっと輝いた。

「えっ、ほんとに?いいの、カナメくん?」


「うん、俺が奢るからさ。もう一度細かいとこまで、楽しもうと思って」


ヒナはにっこり笑い、少し照れた様子で頷く。

「わかった、楽しみにしてるね!」


俺は内心、胸の高鳴りを抑えながら、心の中でルルのことを思い浮かべた。

(よし、このデート、絶対成功させる……!ルルのためにも、ヒナのためにも……)



放課後、俺と、ヒナは映画館に直行した。

俺がチケット代を払うと、ヒナが「ありがとう、ほんとにいいの?」と、目を丸くして喜んでくれた。


俺は前回同様大きなキャラメルポップコーンとジュースを買って、ヒナに手渡した。


ニコニコのヒナ。前振りは完璧だった。


もちろん俺の左隣には、ルルが座っている。

そして、例のやつを手渡してきた。


「はい、〝ラブゾン・ロマンスキャンドル″ヒナちゃんとの間の足元で点灯させて」


「了解!」



言われた通りに点灯させると、ふわりと不思議な空気が立ち上った――と思ったら、むせ返るほどの激辛カレーの匂いが辺りに充満する。



「……えっ、なにこれ!?」俺は咳き込みながら顔をしかめる。

ヒナも顔をしかめ、目をぱちぱちさせた。

「カナメくん、なんか……強烈なカレー持ってきた!?」



ルルは慌ててキャンドルを消しながら、顔を真っ赤にしてうめく。

「ヤバい!匂い設定ミスった!インドの宮殿風ってあったのに」


俺は思わず突っ込む。

「ルル、なんでインドカレーだよ!」


ルルは首をかしげながらも、少し笑っていた。


「カナメくん、でも不思議……ヒナちゃんカレー好きだよね?」


俺はもう突っ込み疲れた。ルルは慌てて、設定を変えようとしていたが、焦りすぎてハート型のピンク煙がぽこぽこ出て、映画館内がカオスになりつつあった。


(……これから、ルルと一緒に、ヒナとの好感度を上げていく戦いが始まるんだな……)


「えっ?何この煙?ピンクでかわいい!」


ヒナが意外にも笑ってくれたので、俺は勢いで言った。


「これは、その、俺からの気持ちって言うか……」


「きゃははは、おもしろ〜い!カナメくん最高!でも、始まったら消してね」


「あぁもちろん……俺の気持ちは消さないけどね?」


「あはは!……あんまり笑わせないで…… あ〜お腹痛い」


「カナメくん、ナイスフォロー!ヒナちゃんの好感度。230だよ!」


煙のカオスが収まったと思った瞬間、ルルがまた手に何かを握りしめて立ち上がる。

「……カナメくん、次はこれでいくよ!」


彼女の手にあったのは、やたらピンク色に輝くブレスレット。

「《ラブリングブレス》。好感度の高い人と手を繋ぐと、恋の力がもっと高まるの。……今のうちに着けておいて」


「マジか……ありがとな」


俺はそれを受け取り、袖の下でこっそり手首にはめた。

——どうせなら自然に握りたい。余計なことは考えるな。


そのまま俺たちは映画に見入った。

二度目の鑑賞だから筋は分かっている。けど、何度観てもあの「瘴哭鬼」の登場シーンは怖い。

ヒナは前回と同じようにビクリと肩を震わせ、そして……俺の手を、きゅっと握ってきた。


次の瞬間、視界が一瞬ピンクに染まった。

ヒナの手から、熱い何か――恋のエネルギーがぐんぐんと流れ込んでくる感覚。

胸の奥がカーッと熱くなり、心臓が破裂しそうなほど早鐘を打った。


「……カナメ……」

横で、ヒナの瞳が潤んで俺を見つめていた。

映画のシーンなんて、もう頭に入ってこない。


――やばい、これ……!


「やった!」

その掛け声と共に、俺は、隣のシートからさらに強い力で手を掴まれる感触に気づく。

もう片方の手は、ルルがしっかり握っていた。


「えっ……おま、お前まで!?」


ピンクの光がまた弾け、今度はルルの笑顔が、妙に近い。

そして――映画のクライマックスのシーンに合わせるように、ルルがぐいっと顔を寄せて――。


胸が灼けるように熱くなり、気付いたら——唇が触れていた。


「……っ」

ルルの吐息が震え、俺の心臓も暴れる。

それはほんの一瞬のはずなのに、熱く、優しく、甘すぎる時間が溶けたように長く続いた。


互いに、もう離れられないかのように。

映画館の暗闇はすべてを隠し、俺とルルだけの世界になった。


だが——

ふと、スクリーンの光の合間に、ラビ山の影が浮かび上がる。

空中に立ち、こちらを見下ろすその姿に、俺たちは弾かれたように離れた。


「ルルさん、残念ながらあなたは……」

ラビ山が口を開いたその刹那——


ヤバい……!


ルルの手を離し、反射的にヒナを振り向き、我に返った俺の口から、理性をすり抜けた言葉が迸った。


「……好きだ、ヒナちゃん!」


そう言った瞬間、映画の音も、ルルの視線も、何もかもが遠のいて、世界には俺とヒナだけが残ったように感じた。


スクリーンの光に照らされた、美しいヒナの目が見開かれる。

驚きと、戸惑いと、そしてかすかな涙のきらめき――。


「……私もよ、カナメくん!ずっと…カナメくんのそばにいたかったの」


ヒナの声に、胸が張り裂けそうな喜びを感じた瞬間。

俺の隣でルルが、小さく息を呑むのが聞こえた気がした。


——次の瞬間


「グッジョブラビ!!ベリーグッジョブラビ!!」

目の前でラビ山が立ち上がり、号泣しながら拍手をしていた。

そのハンカチはすでにびしょびしょで、鼻もずるずる。


「邪魔だから、星に帰れ!」

ヒナに聞こえないようにそう呟くと、ラビ山は大きく頷いた。


「分かったラビ。帰りますラビ。ルルさんあなたも帰るラビか?」


「いえ、私はもっとカナメくんたちを後押しします」


「分かったラビ、この二人の感動的な恋をしっかり守るラビよ」


「はい、精進します!」


ラビ山はもう一度俺たちに拍手をして、消えていった。


「ありがとうカナメくん、それと……おめでとう!」


どこか寂し気な笑顔を見せるルルに俺は軽く頷いた。

俺の横では、ヒナが手を強く握ったまま、俺の肩に優しく頭を預けていた。

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