第18話「ルル、いなくなる」

 異世界ラブバトルの疲れがまだ残る夜。俺は布団にぐったりと横になり、天井の蛍光灯をぼんやり眺めていた。ルルはそんな俺の隣に座り、軽く笑みを浮かべている。


「……カナメくん、さっきは無事でよかったわね」

ルルの声はいつもより柔らかく、でもどこか色気があった。俺は少し意識しすぎて、顔が熱くなる。


「……ああ、でも、マジであの三姉妹は……疲れたわ」

俺がそう呟くと、ルルはにやりと笑った。


「ふふ、じゃあさ、前回のキスの練習の続きをやる?」

「え、また……?」俺は少し戸惑った。

ルルは俺の手を軽く握り、じっと見つめる。


「……カナメくん、私に見せてよ、どれだけ成長したか」


その言葉に、俺はふと真剣な顔になった。

「……ルル、俺、聞きたいことがある」


ルルは眉をひそめずっと見ている。

「……お前、本当に俺とヒナのこと、応援してるのか?」


ルルの顔が一瞬こわばったように見えた。でもすぐに、いつもの笑みを取り戻す。

「……もちろんよ。応援してるに決まってるじゃない。私がここにいられるためのルールなんだから」


建前の笑顔。けれど、その目の端で少しだけ、ためらいと苦しさが揺れる。

俺はそれを見逃さず、胸がぎゅっとなる。


「……でも、なんか……それって本心か?」

「本心……?」ルルは首をかしげる。でも、笑顔の奥でほんのわずかに指先が震えていた。


「……お前、俺のこと、好きなんだろ……?」

ルルの目が一瞬、真っ赤に燃えたように見えた。


「……そ、そんなこと、言えるわけ……ないじゃない」

そう言いつつ、ルルは俺にぎゅっと抱きつく。熱く柔らかい感触が、俺の胸に直接響く。


俺も気づくと自然に、ルルを抱き返していた。

「……でも、俺も、お前のこと、大事になってるんだ」


ルルは驚いたように少し離れ、でもすぐに顔を近づける。

「ふふ……そう、なの? カナメくん……」


二人きりの夜、静かな時間。外の世界も、三姉妹も、ヒナも、すべて遠くに消えた気がした。

ルルの唇が、俺の唇にほんのわずかに触れる。その瞬間、心の奥にずっと抑えていた感情が溢れそうになる。


「……ルル……」

「……カナメくん……」


互いに見つめ合い、言葉はいらなかった。ただ、今、この瞬間を確かめ合うように。

建前の応援も、本音の独占欲も、全部含めて、二人の距離が一気に縮まる夜だった。



……と言う夢を見た。


夜中の2時、周りを見渡すとルルがいない。

布団の横は冷たく、いつもの静けさだけが部屋に残っていた。


「……ルル……?」

呟いてみるが、返事はない。胸の奥にぽっかり穴が開いたように寂しさが広がる。


そのとき、エアコンの風にそっと揺れるカーテンに目をやる。夢の中で感じたルルの温もりや囁きが、まるでそこに残っているかのように心に触れた。

もちろん、現実のルルはいない。でも、その感覚だけで胸がぎゅっと締め付けられる。


「……やっぱり、俺……お前のこと、大事になってるんだな……」

小さく自分に言い聞かせる。ルルは今はいない。でも、確かに俺の心の中にいる――そう思うだけで、少しだけ温かく、そして切ない夜だった。



朝、もう一度目を覚ましても、ルルはいなかった。


きっと異世界に何か忘れ物でも取りに帰ったんだろうと思うことにした。


いつものように朝食を食べても、隣でこっそり俺のパンをちぎって食べるルルはいない。


家を出ても、登校中、妙な異世界のラブソングを歌う、ルルは隣にいなかった。


学校に着いた。


「おはようヒナちゃん」

「おはようカナメくん」


いつもより、すんなり挨拶が出るのもルルがいないのに気を取られて、緊張していないせいだろう。


「カナメくん、映画最高だったね!良かったらもう一回行く?」


「あ、ああ、そうだね。行こうよ」


とんでもない美味しい誘いをもらってるのに、ルルがいないせいで、心は集中しきれていなかった。


それでも、ヒナは俺に優しくしてくれた。


——昼休み


「カナメくん!今日なんだか元気ないね?」


「……え、そうかな?」


「うん、何か今も返事がワンテンポ遅れてるし、何か悩みがあるんなら、私が聞いてあげるよ?」


「優しいね、ヒナちゃん」


「ふふっ、大事な鬼熱仲間だもん。あとカレーもまた食べたいし?」


「あはは、そういやカレーまた作らないとね」


「あ、やっと笑った!」


憧れだったヒナは相変わらず可愛くて、どんどん仲良くなってくれる。でも、不思議なことに、彼女の優しさでルルがいない寂しさを紛らわそうとしている自分に気づいて、複雑な気持ちになった。


昼休みが終わるベルの音が鳴り、自分の席に戻りながら、ふと心の中でルルのことを思い浮かべる。

「……やっぱり、俺、ルルのことが気になって仕方ないんだな……」


休み時間ごとに、ヒナが前から明るく話しかけてくれるけれど、笑顔で返事しつつも、頭の中にはルルの笑顔や声、温もりがちらつく。


放課後、窓の外、校庭に揺れる木の葉を見ながら、心の奥で小さくつぶやく。

「……俺、ルルのこと、こんなに想ってたんだ……」


そっと目を閉じると、夢の中で感じたルルの温もりや囁きが、頭の片隅にふわりと蘇る。もちろん、現実のルルはいない。でも、その感覚だけで胸がぎゅっとなる。

「……ま、嫌われた気はしないし、きっとすぐ戻ってくるだろうな」


「カナメくん、帰りにアニメイト寄らない?」

ヒナに誘われるまま、アニメショップへ向かう。


鬼熱グッズに気を取られていると、「カナメくん、このフィギュア可愛いよね!」とヒナが笑いながら俺の腕を軽くつついてきた。


映画館での「手繋ぎ」を思い出すような近さに、ドキドキしていると、不意にヒナの小さな手が俺の指にそっと絡まった。彼女はグッズを見ながら、まるで何もなかったかのように振る舞っていて、俺の心臓は破裂しそうだった。



しかし、次の瞬間。

背後から聞き覚えのある笑い声が聞こえた。


「ふふん、ここにいたのね?三姉妹に反撃されててめっちゃキツかったんだから……って何勝手にめっちゃ上手くいってんの!?」


背後からルルの声。振り向くと、ルルはニヤッとして、どこか小さな道具を取り出した。


「……え、ルル?」


小さな風船みたいなもので、ぽんっと押すとプスッと音がして、ほのかにオナラの匂いが漂う。


「おま!邪魔すんなよ!」


「え?カナメくん誰と話してるの?」


「いや。それは……」


ヒナが俺の手を離した。


「カナメくん、私怖いの苦手なの……」


ルルが笑いながら、サングラスを抑える。

「あちゃー!惜しかったね……。ヒナちゃんの好感度さっきまで220.8だったのに、今はもう、190.8まで落ちたよ!」


「お前のせいだろうが!!」

本気で怒ったが、どこか嬉しくて涙が出そうな俺がいた。

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