第18話:横取り

 屋敷に戻ったレベッカは早速薬を調合し、かゆみ止めを作る。

買い物をしていたら日が落ちてきたため、急いで帰ってきたのだ。


「全く、お前ら尾行とは趣味が悪いな」

「元はと言えば貴方が原因ですよ!」

「まぁまぁ。楽しかったしいいじゃんか」


 男が四人もいると必然的に騒がしくなる。そんな中でもレベッカの手つきが変わる事はなく、ほんの数分で薬は完成した。

色は何とも禍々しいが、早速塗ってみるとあっという間に痒みが収まる。

ティガは喜々としていつ開発された薬なのかと質問を始めるが、ルーヴァンによって止められた。


「もう遅い。そろそろ帰らないと夜になるぞ」

「う、うん…。じゃあ、ありがとうねレベッカちゃん」


 レベッカから処方箋を受け取ると颯爽と帰って行くルーヴァン。

ティガも置いていかれないよう急いで立ち上がり、小走りで行ってしまった。

騒がしい奴らだな、と悪態を吐くシャーロスだがその手にはお茶のお替りが握られていた。なんだかんだ歓迎していたようだ。

まだゆったりとくつろいでいるウィルモットにお茶をいれる。華やかな香りが部屋全体に広がった。


「あ、そうだ。渡し忘れてたものがあるんだよね」


 ウィルモットはそういって紙の束を取り出す。内容は不死の薬の研究をまとめた論文だ。

レベッカは軽く目を通し、抜けがない事を確認する。


「抜けはないようね。ありがとう」


 レベッカはそういって乱雑に論文を置くと、薬を作るために出したものを片付け始めた。

ウィルモットがちゃんと保管して、と注意しても生返事をするだけで効果はない。


ついでにと買ったものを棚にしまっていると、隅から蝶がフラフラと出てきた。

暫く姿を見ていないと思ったら、誤って棚の中に閉じ込めてしまっていたようだ。


「シャーロス、この子に蜂蜜あげてくれない?紅茶にいれるついでにお願い」

「分かった。ほらおいで」


 シャーロスは自身の肩に蝶を呼び寄せる。賢い蝶は大人しくそこに乗り、蜜を出してくれるのを待っている。

奥から瓶を取り出し、中身をスプーンですくう。甘味が強いそれは独特な香りを放っており、何の花の蜜なのか分からない。


「ウィルモットさんはいれますか?」

「お願いしようかな」


 蝶にあげる前に紅茶に少量いれる。ほんの少しでもかなり甘くなるのだ。

レベッカの分にも入れていると、早くよこせと言わんばかりに蝶が周りを飛び始めた。


「分かったから、顔の周りを飛ぶな。お前鱗粉が凄いんだよ」

「シャーロス君には懐いてるんだね、そいつ」

「どこが懐いて…あっ」


 鱗粉に気を取られていると、手が滑りスプーンを落としてしまった。

蜂蜜が付いたスプーンは運悪く論文の上に落ちる。

ウィルモットが慌てて拾い上げるも、時すでに遅し。蜂蜜がべっとりとついてしまっていた。


「あちゃ~」

「どどどどうしよう」


 落ち着いているウィルモットとは裏腹にシャーロスは動揺からかその場で右往左往し始めた。

一気に騒がしくなったのを聞きつけて何事かと顔を出すレベッカ。

何とも言い難いその現場を目にしてレベッカの頭には疑問符が浮かんだ。


「何してるのシャーロス」

「あ、姉さん!ごめんなさい、論文に蜂蜜がかかっちゃって…」


 レベッカは論文を手に取り多方面から見る。

怒られるのではとびくびくしていたシャーロス。機嫌を伺おうと顔を覗き込むと、レベッカの表情が思ったよりも柔らかい事に気づいた。


「これくらいなんともないわ。気にしないで」

「本当…?」

「レベッカがここに放置しとくから悪いんだよ」


 怒られたくないと目で語るシャーロスとは違い、ウィルモットは何とも余裕の表情である。

そのことが気に障ったのかウィルモットはもう家に帰れと追い出されてしまった。


「ウィルを見送るついでに薬草を取ってくるから、ティーセットを片付けてくれる?」

「分かった!姉さんが戻るまでには片しておくよ」


 忘れ物が無いか確認してから研究室を出るレベッカ。段々遠のいていく声は楽しげだ。

やきもちを焼いてもしかたないとシャーロスは言われた通りにティーセットを持ち、部屋を出た。

どうせキッチンはすぐそこだからとカギを開けたままにしておくシャーロス。


しかし、その判断がいけなかったのだ。


「シャーロス、貴方またあの子に良いように使われてるのね!?」

「自分で使った食器を運ぶくらいするよ」

「そんな使用人がするようなみっともない事しないで頂戴!」


 運悪く母親に足止めを喰らったシャーロス。

この状態だと三十分は説教を聞かされそうだ、とげんなりした。

なるべくキッチンからは離れたくなかったのだが、部屋へ来なさいと言われ渋々ついていく。




 無人になったキッチン周辺に、一つの人影が。

全身が闇に溶け込めるよう黒で統一されており、顔を見られないようマスクをした男はレベッカの研究室に忍び込む。


依頼人に頼まれたものは大分アバウトなもので、探すのに苦労するかと思われた。

しかし不用心にも机の上に置かれていた、その論文。

速読したため詳しい内容は分からなかったが、レベッカが生涯をかけて研究してきたものの研究結果だという事は理解できた。


「まさか公爵令嬢がこんなものを開発しようとしていたなんてな」


 依頼人が真に求めていたものとは違う。

しかしこれでも十分満足してもらえるどころか、お釣りがくる程のものではないか。

なんの恨みもないお嬢様を失意のどん底に落とす事になるが、致し方ない。


男は自身が入った痕跡を残していないか入念に調べた後、部屋の持ち主が戻ってくる前にその場を去った。

この間、僅か五分である。

そのたった五分の間に行われた事のせいで、世界が混乱に陥る事はまだ誰も知らない。

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