第8話:姉弟と過度な愛情

 パーティーの日から約二年が経った。レベッカももう九歳である。時の流れが早く感じるのは歳だからだろうか。


ルーヴァンとの交流は今も文通を通して続いている。

お互い家名も知らないのにどうやったのか、ルーヴァンに聞いても何も教えてはくれなかった。


今となっては親の目など気にせず、一日の大半を研究室で過ごす以前のような生活に戻った。

最初の頃は随分と文句を言われたが、次第に何も言わなくなってきた。呆れられたのか、それとももう諦めたのか。どちらかは分からないが、レベッカとしては都合が良かった。



そんなレベッカの前に、一つの問題が生じていた。


「僕を匿ってください、レベッカさん」


 いつものように研究室で起きて、昨日作成した資料を確認していた時だった。

この隠し金庫を改造した部屋に、見覚えのない男の子が入ってきたのだ。

この部屋の位置は教えたが、解除方法は秘匿していたはずなのだが。


「貴方…名前は?」

「あ、ごめんなさい。僕はシャーロス。去年からここでお世話になっています。貴方の弟です」


 弟。そういえばそんなこともあった。母の浮気は虚偽で、別荘で暮らす子供は両親の実の子供だったことが判明したのだ。

去年の丁度今頃に屋敷にやってきた、血のつながった姉弟。

研究に必死で興味が無かったのもあるが、姉弟となるとキャルロしか認められないと距離を取っていたのだ。

レベッカにとって愛した姉妹はキャルロだけで良い、と。


 向こうもどうやらレベッカとは関わるなと教育していたようなのだ。しかし弟の方からくるとは思わなかった。

しかも匿えと来た。レベッカがシャーロスとかかわったと両親が知ったら激怒するだろうことは容易に想像できる。


「匿ってくれませんか」

「…私と関わったら怒られるわよ」


 部屋から出してもらえなくなるかも、と少しばかり脅すも、シャーロスはめげない。それどころか更に強く懇願してきた。

何だか嫌な流れだな、と思いつつも、レベッカはシャーロスの話を聞くことにした。


「母様は毎日、僕の着る服も髪型も勝手に決めるんです。それもフリルが沢山ついたやつです」


 そういえばシャーロスが今着ている服も、男の子にしては少し華美すぎるものだ。どちらかと言うとウィルモットが好みそうな部類である。嫌な者は嫌だろう。


「父様に一日のスケジュールは一分単位で決められます。休む暇もないくらいに詰められて、かなりきついです」

「…私の時はそこまでやる人たちじゃなかったわよ…?」

「僕が後継ぎだからでしょうね」


 そこから更に語られたのは流石に貴族とはいえやりすぎなものが大半を占めていた。

稽古や勉強は分かるが、毎日母親とお茶会をするのは流石に頻度が高すぎるだろう。

それに話す内容は談笑などではなく、シャーロスにどれだけお金をかけて、どれだけ期待しているか、という子からすれば聞きたくもない内容ばかりだった。


 今までレベッカにかけるはずだった費用も、シャーロスにつぎ込める。そうなれば段々とシャーロスの方に期待や愛情が偏るのは必然だった。

また、レベッカとは違い、シャーロスは前世の記憶などないただの子どもだ。可愛がりたくなるのだろう。


 しかしまぁ何事も節度というものが存在する。両親はどう考えてもやりすぎだ。

シャーロスがこの屋敷に来てから一年。毎日こんな生活をしていたら逃げ出したくもなるだろう。


「事情は分かったわ。ここに二人は来れないし、好きにしなさい」


 何か言われても私が対処するから。と微笑むレベッカ。

シャーロスはレベッカの顔をパチパチと見た後、嬉しそうにお礼を言った。

どうやら許可が貰えると思っていなかったらしい。本当にダメもとで相談したのが功を奏したと喜んでいる。


「レベッカさんの事は頭が悪くてどうしようもない人だと聞かされていましたが、こんなに優しい人だったなんて」

「あら、言ってくれるじゃないの…。まぁ良いわ。私の事は名前で呼ばないでくれるかしら。なんだか違和感を感じるのよ」

「分かりました、姉さん。僕の事は好きに呼んでください」


 レベッカもなんだかんだいってお姉さん気質なのだ。年下から敬語で話されたり名前にさん付けで呼ばれるのは慣れていなかった。

敬語の事も訂正させると満足したレベッカは早速今日やる予定だった実験の為用意を始めた。


「…僕ホントにここにいて良いの?」

「別にいいわよ。好きに過ごしてなさい」


 そう言い残してレベッカは部屋の奥に引っ込んでいった。

一人残されたシャーロスはやる事もないので近くに置いてあった本を手に取る。

内容は子供が読むようなものではなく、かなり難しい。しかしシャーロスは勤勉家であったため、時間をかければ何とか内容を理解することはできた。







 こうしてただ本を読むだけの時間を過ごして一週間が経った。かなり長い間居座っているが、レベッカは特に何も言わない。。

両親はシャーロスが姿を消すたびに騒いでいたが、勉強はきちんとやっていると伝えたら食事の時に嫌味を言われる程度までには収まった。


 こうやってゆっくりと過ごしたのは別荘にいた時以来だ、とシャーロスは固くなった肩をほぐす。

やっと一冊本を読み終えた。論文のような内容に頭を悩ませつつ偶にレベッカに教えてもらうことで理解することができた。

自分から手を付けたものをやり遂げた達成感は、どんな習い事をしている時よりも楽しい。


 レベッカの研究室で好きな事をするのは気楽で楽しかった。

しかしシャーロスには一つ不満なことがあった。レベッカがあまり会話をしてくれないのだ。

話しかけても返事は曖昧で、偶に今は話しかけるなと奥に引っ込んでいくこともある。


「姉さん、今日はあの蝶いないの?僕餌やりしたい」

「あの子は今外にいるわよ」

「そうなの?あ、そうだ。今度一緒に買い物行こうよ。僕この辺の街見て回りたかったんだ」

「今度ね」


 レベッカの第一優先は研究で、用が無い時は見向きもしてくれない。

シャーロスは基本はお喋り大好きな甘えん坊だったのだ。ここに来てからは構われすぎたせいで嫌気が差していたが。


「シャーロス、貴方甘えん坊なのは良いけどちゃんと勉強してるの?また先生に怒られても知らないわよ」

「大丈夫だよ姉さん。今度は上手くやるから。それより僕って甘えん坊なの?そんなこと言われたら気になっちゃうよ」

「私からしたらそう見えるわ。ほんとは母様達にも構って欲しいんじゃと思うくらいにはね」

「…あの二人は嫌だ。姉さんに構って欲しいの」


 レベッカに言われて思い出す。両親と話している時の主導権は常に向こうにある為、何を離してもつまらないし、内容も有意義とも思えない。

しかしレベッカとの会話は楽しい。レベッカは聞き上手で、頭も良いから勉強になる。

だが、気が向いた時や資料をまとめる際にしかまともに話をしてくれないのだ。頭を使う時は話しかけても上の空である。


 しかし、レベッカの傍にいるのはなんだか安心する。彼女の人柄ゆえだろうか。悪意を感じないし、基本は優しい人だ。

レベッカが手紙を書いている所を邪魔しても、咎めはしたが怒りはしなかった。

レベッカがシャーロスに甘いのは弟という立場もあるだろうが、一番は境遇故だ。使用人がいたとはいえ家族がいない別荘で独りぼっち。

人間は孤独に弱い生き物だと知っているレベッカはどうしてもシャーロスには強くあたれないようだ。


 シャーロスがそのことを知ったのは何気なく別荘での生活の話をした時、レベッカが優しく頭を撫でてくれた時だった。


「…寂しかったでしょう」

「え…ま、まぁそうだね。心細かったのは間違いないかな」


 その時のレベッカの手は酷く優しいものだった。そこで察したのだ。

そこからのシャーロスの構ってアピールは凄まじいものだった。レベッカが呆れてしまう程にはしつこいものだったのだ。

一通り構えば収まるが、少し経つと再びのべつ幕無しに話し始める。

研究に集中したいとお願いすれば止んだが、一体どうしたものかとレベッカは頭を悩ませた。

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