Shooting on the edge ―その少女は銃で天使を狩り神を穿つ―

涼風紫音

孤高の少女。それは天使を狩る者

 前方の廃墟都市の大通りから、いくつもの火線が上がり空を乱雑に切り裂く。


「愚か者が」


 少女はそう呟くと、慎重にトリガーに指をかけてスコープを覗き込む。赤い瞳で些細な動きも見逃すまいと瞬き一つしない。


「エンジェルクラスか……」


 ありふれた標的だと見定め、上下左右の不規則三次元機動を行う標的の動きを先読みするように銃身を僅かに右に動かした。


 エンジェルクラス――小さな胴体に小さな手足、それに比して大きな翼を持ったそれは、宙を踊るように軽快に廃墟都市の上を舞っていた。機械天使エンジェルユニットの中では最下級で、もっとも数が多い個体。


 廃墟都市から上がる火線はひっきりなしに乱れ撃つように蛇行し空の向こうへ。


 それらはエンジェルクラスにはまったく当たる様子がない。

 しかし、当たったところで大したダメージを与えられるわけではないことを、少女は知っていた。旧世代の小銃程度で太刀打ちできる相手ではない。


 バイポットで支えられた長大な銃身を小刻みに上下させ狙いを定め、衝撃を支えるようつま先を外に向けて大きく開いたすらりと長い両脚は、ピタリと地面に吸い付いているようだった。


 全身を包んだ都市型迷彩のバトルスーツは山林に潜むには不向きだったが、超長距離狙撃とあって、女はまったく頓着していない。


 数秒か、あるいは数分か。女は撃つべき瞬間をじっと呼吸を抑えながら焦れるように待った。腰まで伸びた銀髪は後ろで一本に束ねられ、その背で緩いS字を描く。


 やがて狙っていた標的が大きく上昇したかと思うと、直線機動で今度は急下降を始める。


「お前の弱点はそれだよ」


 スコープ越しに標的の動きを読み取った鋭い碧眼で眼光鋭く予測軌道を捉えた女は、やや低い声で誰にも言うでもなく呟く。


 下降する間すぼめていた翼が大きく開き、急制動をかけた標的は中空に静止したかと思うと、すぐさま胴体から二つの物体が放たれる。物体は煙の尾を引いて廃墟都市の火線の出元に向けて飛んでいく。


「広域榴弾散布ミサイル。そいつを放つ時、その瞬間だけお前は宙に止まる」


 少女がトリガーを引くと、狙撃用大口径対物ライフル――エンジェルキラー――から耳を衝く発砲音を上げ、銃口でマズルフラッシュが煌めく。対人狙撃であればすぐに狙撃位置が割り出されるためにサプレッサーなどで抑えるべき発火炎を、女は威力を落とさないためにそのままにしていた。


 銃声が木々にこだまし、その激しい音に驚いたのか、鳥が一斉に羽ばたいて逃げ散っていくが、それを気にする素振りはなかった。


 遠方の火線が蝋燭の炎が消えるように弱弱しくなり消えうせる。やがて一寸の間を置いて広範囲に煙が上がる。

 その刹那、ミサイルを放ったそれが再上昇しようと旋回を始めた瞬間を捉えた徹甲弾は、エンジェルクラスの固体が持つ鋼の翼を射貫き胴体を粉砕していた。


 揚力と姿勢制御を失った標的は、黒煙を上げながら地面へと落下していった。


 おそらく火線で空を薙いでいた連中は誰も生きていないだろうと女は思った。

 広域榴弾散布ミサイルは半径二百メートルを無差別に切り裂く子弾頭が数百発は詰め込まれた対人榴弾ミサイルであり、エンジェルクラスが装備するもっとも効果的な面制圧武器だったからだ。


「無人になっているからといって、迂闊に足を踏み入れるのが愚かなんだよ」


 無表情に吐き捨てた少女は、伏射姿勢を緩めてスコープを覗いていた顔を上げると、何事もなかったかのように撤収準備を始める。


 撃墜した標的は通称エンジェルクラス。自律して行動し敵と見定めた相手を容赦なく蹂躙する、空を舞う死神。珍しくもない獲物で、欲をかいて廃墟と化した都市に物資漁りに侵入する人間を襲う狩人だ。


 少女の背丈よりも大きいほどのライフルケースに、銃身が冷えるのを待ってから対物ライフルを丁寧にしまっていく。仕事道具でもあり命を守る術でもあるそれは、女にとってはかけがえのない相棒でもあった。粗略にできるものではない。


 百五十年前、狂信的な白人至上主義者がインターネット上にデジタルカテドラルを生み出した時、多くの人間は眉を顰め、あるいは嘲笑し、または冷笑した。誰もがそんなものは長続きするものではないとたかをくくり、規制すべきだとの声はテックエリートのイデオロギー指向によって無視された。


 それから五十年が過ぎ、テックエリートの陰陽の支援で急速に力をつけたデジタルカテドラルとその信奉者は、ある一つの企業を買収した。

 ミレナリズムに凝り固まった妄信は、加速主義を背景とし、人為的にハルマゲドンを引き起こして千年王国を降臨させるべく、買収した企業の工場生産ラインをフル活用して自律マシン=機械天使エンジェルユニットの製造を始め、世に解き放った。


 白人以外を淘汰する最終戦争で千年王国を実現する。そうプログラムされた自律機械は、瞬く間に手近な場所から虐殺を始めた。それらを生み出した張本人たちですら構わず襲う機械天使エンジェルユニットは、あっという間に世界規模へその展開エリアを拡大していった。


 原因は、自律AIが認識した人間を白人か非白人か区別のする術を持たなかったからだ。そもそも「白人」の定義すらあまりにも漠然として抽象的だった。

 当然そのような曖昧に規定されたプログラム上の「白人」の定義に幸運にも当てはまる者が事実上どこにも存在しないのだとそれを生み出した連中が気付いた頃には、すべてが手遅れだった。


 機械天使エンジェルユニットの製造は最初期から完全に自動化されており、その製造資源の調達もまた自動化されていた。様々なダミー企業を介して発注された資源は、無人輸送網を通じて陸続と工場に運び込まれ、全自動の製造ラインは延々と殺戮マシンの製造を続けた。


 工場の製造停止コードを知っている人間もプログラムコードの変更キーを知っている人間も、最初期の虐殺に巻き込まれて早々に死者の列に加わっていた。


 自業自得ではあったが、そのことは事態を著しく困難な状況へと陥らせた。


 止めることも修正することもできないそれは、ただ殺戮マシンを生み出し続けることに特化した要塞と化した。それは、残念ながら一か所ではなく既に地球のあちこちにあった。千年王国を実現するために、設計者・製造者が世界中に工場を建設していたからだ。


 そこから百年。

 機械天使エンジェルユニットが現れた場所はたちまち地獄の業火で焼き払われ、多くの人間が死んでいった。


 人口が多かった地域は真っ先に狙われ、多くの都市が焦土と化し廃墟都市として残された。


 少女は静かにすっと立ち上がり周囲を見回した後、遠くの改めて無人になったであろう廃墟都市を見つめる。

 不意に一陣の風が林間を通り抜け、都市型迷彩のバトルスーツに舞い上がった木の葉がいくつも叩きつけられていった。


 その名をナタリー。天使を狩り尽くし神の息の根を止めることを堅く誓った、小柄な一人の孤高な少女である。

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Shooting on the edge ―その少女は銃で天使を狩り神を穿つ― 涼風紫音 @sionsuzukaze

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