回転

はちさされやさん

回転

 夏休みが終わった。高校最後の夏休みだったが、ひたすら勉強していたから休みではなかったか。

 俺は家を出て学校に向かう。空は雲ひとつない。まだ8時前なのに気温は30度を越している。

 少し歩いていくと後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。同じクラスのタカシだった。走って追い付いてきた。

「佐藤久しぶり!あちいな!」

 汗だくのタカシがぜぇぜぇ言いながら俺と並んで歩き始める。妙にテンションが高い。

「おぅ久しぶり!朝から元気だな、それになんか楽しそうだな」

「そうなんだよ!聞いてくれよ!これを早くだれかに話したくてよ」

 タカシはそう言うとおもむろに胸ポケットからペンを取り出した。

「俺ペン回しよくやってるだろ、親指の上でくるくるって」

 タカシは授業中延々とペンを回している。技の名前はわからないが、親指の第一関節の上でペンを回す技を授業が終わるまでやっている。

「あぁやってるな、教科書ノート机に広げて落ちても大丈夫なようにしてな」

「そうなんだよ、落としたときうるさいからな。

クッションだクッション。んでさ、回すから見ててくれ」

 俺らは立ち止まった。タカシは右手でペンを回し始める。親指の関節の上でくるくる回っている。

「ここからなんだ」

 タカシがそう言うとペンの回転が早くなる。

「え、なにこれどうやってんの?」

 どんどん加速していく。回転するペンから風が起こる。ハンディファンの弱風くらいの風がペンから吹いてくる。

 そして風が強風くらいに感じられるようになったときペンがヘリコプターよろしく、浮かび上がってどっかに飛んでいってしまった。

「今のなに?」

 俺は呆然とペンが飛んでいった方をみてからタカシの親指に目を向ける。

「俺さ夏休み中ずっとペン回ししてたんだよ。飯と寝るとき以外な、トイレもか。んでさ気が付いたんだよ、ペンを1回も落としてないことに」 

 そう言うと今度は学生ズボンのポケットからペンを取り出して人差し指の腹にのせた。

「俺のバランス感覚でペンを回してると思ってたんだけどさ、そうじゃなくて俺がペンを回してたんだよ」

「どゆこと?」

 人差し指の腹にのったペンがひとりでに回転を始める。どんどん加速しヘリコプターよろしくどっかに飛んでいった。

「俺は物を回転させる力があることに気が付いたんだ。そして回転を他のものや俺自身に移したり流したりすることもできる」

「ちょっとまってまてまてまてまて」

 訳がわからない。

「待たない。今度はこれを見てくれ」

 なにも説明してくれないタカシは、ポケットからパワーボールを取り出した。握力を鍛えるボール状のトレーニング器具で、丸い容器の中にローラーが入っており、ローラーを回してから手首を回すことによって負荷がかかり、前腕を鍛えることができるボールだ。

 タカシはそれを右手で持ち、ローラーを回してから手首を回す。ある程度のところで、

「ここから回転を加える」と言って握ったボールを見せてくる。

 ボールがぐんぐん加速する。握っているからか飛んではいかない。回転する音がどんどん高くなる。

「これ腕の負荷大丈夫なのか?」

「まだ俺が回転させてるから大丈夫!そしてこれを俺に移す!!」

 タカシは足を大きく開いて腰を落とし、右手を脇腹に持っていき、左手を前に伸ばし、今から正拳突きします、みたいな体勢をとった。

「あばぁ!!!」

 次の瞬間、ガッとボールから音がした。ボールを見てみるとローラーの回転が止まっていた。タカシのほうはというと制服が捻れ体にびちっと纏わりついていた。

 いや制服に締め上げられていた。締め上げられているからか顔が真っ赤で苦しそうだ。

「ローラーの回転を俺に移動させた。まだ回転は俺のなかで生きている。そしてこれを解放する!!」

 タカシはボールを持った右手を前に突き出しだした。

 パッキャァァオ!!

ものすごく甲高い音が鳴り響き、タカシの装着物が破れ、はじけ、捻りが加わりながら前方にすべて吹き飛んだ。

 辛うじて下着は残った。

「どうだ?すごいだろ?」

「すごい…けどこれから学校なのにどうすんだよ?」

 するとタカシは神妙な面持ちになった。よく見ると目は血走っており、どこか虚ろだ。

「いいんだよ、これで最後だから」

 タカシはそう言うと吹き飛んだ制服やカバンを拾い、学校に向かって歩きだした。なにが最後なのか気にはなったが聞かなかった。そして並んで歩きたくないから離れて歩いた。


 俺は学校に着き、玄関に向かった。

 しかしタカシは1人道をそれて校庭に歩いていく。

「タカシどこ行くんだ?服貸してもらおうぜ」

「いや、いい。先に行ってくれ」

 そこまで親しいわけでもなかったので、そうですかと俺は玄関に向かった。

 教室に着くとみんな窓の外、校庭のほうを見て騒いでいる。

 タカシかなっと外を見てみるとタカシだった。正拳突きしますのポーズでなにかを叫んでいる。

「俺は!山田のことが…だったが…てしまった。だから…する!…」

 タカシの周りではつむじ風で砂埃が起こっている。さっきの回転の力で風が起こっているのかもしれない。

 タカシは雄叫びを上げると風が止み砂埃が沈む。拳を掲げ地面に向かって勢いよく叩きつける。


 叩きつけられると同時にタカシを中心に時計回りの風が起こり、砂が吹き飛ぶ。砂嵐だ、タカシを中心に砂嵐が起こる。


 教室の窓が震えた次の瞬間、砂と風が窓ガラスを破壊する。机や椅子、物が巻き上げられて飛ぶ。

 俺は威力が分かっていたから急いで鞄で顔を覆う。しかしタカシの砂嵐は容赦なく体ごと吹き飛ばす。轟音と叩きつける砂でどこにいるのか分からない。壁に叩きつけられた。意識が飛びそうになったがなんとか堪える。

 しばらくすると風が弱まり嵐が止んだ。


 教室中砂だらけだった。みんな無防備だったから砂嵐を直接食らい、うめき声を上げて転がっている。俺はなんとか立ち上がり窓に向かい外を見る。


 タカシが居た場所がすり鉢状に窪んでいた。中心にタカシが立っている。

 俺は痛む体をなんとか支え、学校を出てまっすぐタカシに向かって歩いていく。


 すり鉢にたどり着いた。俺はそのまま滑り降りていく。

 タカシは半裸だったが無傷だった。肩で息をしている。

「佐藤、すまんな」

「すまんなじゃない、なにがしたいんだお前は」

「終わらせようと思ってな」

「なにを終わらせるんだ?」

 するとタカシは地面に崩れ落ち大声で泣きはじめた。

「隣の席の山田に告白したんだ!!だが断られた!!だから後ろの席の山田に告白したんだ!!だが断られた!!だから隣のクラスの山田にも告白したんだ!!だが……だめだった…」

 呆れて言葉がでない。意味がわからない。今日意味がわからない。

「なんで告白したんだ?」

「名字が…」

「ん?」

「名字が一緒だったから」

「それだけなのか?」

「それだけだ!!だめなのか??3人に聞いたがそれだけじゃだめらしい!!意味が分からない!!」

 意味が分からないのはお前だ。それなら俺は佐藤姓のやつを何万人好きにならないといけないんだ。

「だから全てを終わらせるんだ。回転の力で全てを破壊しようと思った。だが俺が出せる回転ではここまでが限界だ」

 風が吹いている。そう思い目線を外すと、俺らを中心に砂が舞い上がっている。タカシがまた回転を始めていることに気が付く。

「おい!またやるのか!?」

「そうだ」

 やめさせようとタカシに触れると弾き飛ばされ地面に転がる。

「俺は今回転している。回転物注意だ!」

 風が強くなっていく。

「俺だけの回転ではだめだった。ならもっと強い回転を俺へと流す」

「やめろタカシ!」

 吹きすさぶ風のなかタカシが叫ぶ。

「回転、それは奇跡だ。生まれては死ぬ命のサイクル!血の循環!回転による奇跡のパワー!俺がぁ山田に告白して新しいサイクルを!回転を作るそれのなにがだめなんだああああああああ!!!」

 いやだめだろ。深いようで浅すぎる。ただやりたいだけだろうが。強風で声が出せない。


 タカシは地面に手を着く。

「ぉぐああああああぁ!!!」

 獣のような咆哮を上げる。突風で俺は窪地の上まで弾き飛ばされる。これ以上吹き飛ばされないよう地面に手を着け踏ん張る。


 風が急に止んだ。


 タカシが汗だくで地面に手を着けている。

 顔面が真っ赤だ。回転のせいか顔が歪みねじ切れそうになっている。

「これえええぇだめだぁ!おれじゃあぁ制ぎょできにぇええ!あばばばばばばばぁぁぁぁ」

 タカシは腕を振り回し、体を捻るととんでもない光を放ち消滅した。

 

 消えたと同時に景色がぶっ飛ぶ。建物も木も水も、なにもかも全て飛んでいる。もちろん俺も高速で吹っ飛ばされる。

 

 タカシは地球の自転を自分に流したのだ。それを制御できないと言っていた。自転とは反対に回転を放ってしまい自転が止まるあるいは緩やかになったのか。そうなればあらゆるものが東に吹き飛ぶだろう。

 

 ものすごい速度のなか意識を保ち冷静に思考を巡らせている。タカシを触って弾き飛ばされたときの回転がまだ生きていて、この速度から守ってくれているのだろう。頭の回転にも影響がありそうだ。ただ地面か海面に叩きつけられるまでの間だけだろうが。

 死の際に世界が遅くなると聞いたことがあったな。高速移動しながらあらゆる景色や考えが脳裏に浮かび消える。なんとか助かる方法を見つけようとしているが不可能だ。助かったとしてもこの回転による天変地異は耐えられるものではない。

 もう考える時間もなさそうだ。荒れ狂う海面が迫る。

 

 俺は水切りよろしく数十回海面や地面の上を跳ね谷に転げ落ち、叩きつけられた。

 やっと止まった。だが俺の思考は止まらない。体はとうに死んでいるだろうが考えることができている。

 谷だと思ったがここは海底だろう。海水が吹き飛びできた一時的な谷だ。

 そう考えた束の間、俺の体に瓦礫や水が降ってきて埋め尽くされてしまった。俺はそれを上から見ていた。これが死なのだろうか。

 もっと上空から眺めてみる。

 回転による天変地異はあらかた落ち着いている。自転はしている。自転が緩んだだけだった。ただ地球の1回転は24時間ではなくなったであろう。


 それから何千年、何万年、何億年と時が経つ。

 自転の遅くなった地球は、1週間ほどで1回転していた。

 太陽の当たる面は灼熱に、反対は極寒になり生き物ははもういない。

 だが地球に隕石がぶつかり、回転が早くなった。

 幾年と灼熱と極寒を繰り返し、次第に気温も落ち着く。微生物が生まれ、苔が生え植物が生まれ、命が生まれては消えを繰り返す。タカシが話していた回転の奇跡、サイクル。

 

 俺はそれをずっと眺めていた。




 





 彼は産声を上げなかった。心臓も止まっている。母親が必死にタカシと叫んでいる。

 背中を擦られているが産声を上げそうにない。


 俺のこの永遠の思考は、俺が回転しているせいなのだろう。

 この回転はこのときの為にあったのだ。


 体はとうに無いが俺はその子の背中に手を置くイメージを持ち、自分の回転を流した。


 この子はきっとあの時のタカシではないだろうけど、それでいい。

 だって名前が同じだから。

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回転 はちさされやさん @honsomewaknbera

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