静かで乾いた筆致のなかに、濃密な余韻を残す作品でした。父の死をきっかけに田舎へ帰った主人公の目を通し、「家族の不在」「記憶の残滓」「抜け殻としての生」を描いています。
派手な展開や感情の爆発はなく、淡々とした日常の描写が続きますが、その静けさの奥に重層的な感情が沈殿していて、読み進めるほどに心に沁みます。とくに父の残したノートの断片的な言葉や、墓前で見た白い服の幻影は、記憶の曖昧さと喪失の痛みを象徴しており、忘却と生の空虚さを美しく刻んでいました。
最後に映る「抜け殻すら残せるのか」という問いは、作品を読んだ者の胸にも響き、読後に長い余韻を残します。夏の蝉の声とともに、人が何を残し、何を失っていくのか——その普遍的な問いを提示する、深い一作でした。